第3話
美香が声をひっくり返して電話してきたのは去年の夏ごろだった。穂乃花の婚約者の竹中という男が車に轢かれて亡くなったらしいとたどたどしく伝えてきた。健治はその報告を受けるまで穂乃花に恋人がいて、しかもプロポーズを受けたことさえ知らなかった。なんで知らせなかったんだという怒りは湧いてこず、ただ、穂乃果が心配だった。
竹中は穂乃花にプロポーズして、お互いの家路につく途中、赤信号を無視した車に衝突されたらしい。車の運転していた男は飲酒運転だった。それからの穂乃花の憔悴ぶりは見ていられなかった。一人にしておくと何をしでかすかわからない状態まで弱り切っていたので、会社を休職させ、実家に引き取った。あまり姉と会話することのなかった遥斗でさえも、リビングで茫然としている穂乃花によく話しかけていた。幸い、休職期間が終わる三ヶ月後には仕事復帰できるまでに回復した。
だが、その年の暮れ、穂乃花が帰省してきたときに、隣に謎の男が血まみれで立っていた。しかも美香や遥斗はその男が見えている様子はない。健治は竹中の亡霊だと直感した。
「竹中くん、穂乃花と結婚できず無念なのは心底同情するが、君は成仏して次の人生を生きた方が良い」
「お父さん、僕は穂乃花さんを幸せにすると誓いました。それは僕が生きていても死んでいても変わりありません。どうかお許しください」
健治は竹中を追い返すものの、穂乃花が帰省するたびに舞い戻ってきた。つまり、竹中はずっと穂乃花に取り憑いているのだろうと思った。
「最近、何か体が重くなった気がするんだよね」
穂乃花がオムライスにスプーンを落としながら言った。
「食べすぎ? 太った?」
「いや、体重は変わんない」
竹中が取り憑いているからだ、とは言えるわけがなく、リビングに目をやった。竹中が突っ立ったまま、こちらを凝視していた。額から流れる血がポタポタと垂れているが、床のカーペットには一滴もにじんでいない。
「ごちそうさま」健治は言った。「ちょっと出かけてくる」
「ちょっとって、どこいくの?」
美香が言った。どこか疑いを持っているようだった。
「読みたい本があるから書店で買ってくるだけだって。すぐ帰って来るよ」
竹中に目配せすると小さく頷いて後ろをついてきた。
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