異世界で猫に囲まれスローライフ、時々公開処刑

へびうさ

異世界で猫に囲まれスローライフ、時々公開処刑

 誰だって一度ぐらいは、人が処刑されるのを見たいと思ったことがあるはずだ。


 絞首刑、ギロチン、はりつけ、火あぶり、電気椅子。

 死刑にはいろいろ種類があるが、現代日本に暮らす平凡な大学生である俺には、どれも目にする機会はなかった。


 だが信じられないことに、俺は今異世界にいる。

 中世ヨーロッパ風の世界のようだから、きっと公開処刑が行われているだろう。ぜひ見たいものだ。

 ということを目の前のに告げると、相手は汚らわしいものを見るかのようににらみつけてきた。


「たしかにこの世界では公開処刑が普通に行われています。でも私があなたに期待しているのは、魔王を倒すことなのです。あなたならそれが可能と見込んだからこそ、ここに呼んだのですが」


 俺が今いるのは、周囲を石壁に囲まれた狭い部屋。地球とは次元の異なる場所だ。

 ついさっき自分は聖女であると主張するこの美女が、魔術によって俺をここに召喚したのだ。


 彼女がそんなことをしたのは、神託によってこの世界に魔王が出現することを知ったかららしい。


「それはあんたの見込み違いだ。俺は他人の処刑を見ることを人生の目標としているだけの、普通の大学生だ」

「どう考えても普通ではないと思いますが」

「もちろん今では、表立ってそんなことを言う奴はいない。だが過去には、演劇を見るように公開処刑を楽しんでいた時代もあったんだ」


 聖女は不愉快そうに顔をしかめた。


「実を言うと、この世界でも公開処刑は娯楽になっています。人が死ぬところなど見て、なにが楽しいのでしょうか?」

「人間は本質的に、他人が処刑されるのを見るのが好きなんだ」

「まさか、そんなはずはありません」


 聖女は納得できないようだ。

 仕方ない。処刑を見ることの意義について講釈してやろう。


「俺のいた世界には、かつて『鉄の処女』という処刑具があった。外見は女性型の像だが、観音開きの扉を開けると中が空洞になっていて、そこに人間を1人入れることができる。扉の内側には鉄のとげがたくさん生えていて、扉を閉めると中の人間が串刺しになる仕掛けだ」


 鉄の処女は中世ヨーロッパで使われていたとされる、伝説的な処刑具だ。


「ひどい殺し方ですね」

「ただし最近の研究によれば、鉄の処女はあくまでも伝説であり、実際には使用されなかったようだ。現存する鉄の処女は、すべて近代に製作された模造品だ」

「そうなのですか」

「だが偉い学者の先生がわざわざ調べなくても、鉄の処女が虚構であることは俺には自明だった。あれは処刑具としては致命的な欠陥があるからだ」

「なんですか、それは?」


「鉄の処女が木製だったにしろ鉄製だったにしろ、

 体を刺し貫くときに扉を閉める必要があるからだが、肝心の場面を見ることができないんじゃ処刑具としては欠陥品だ。人間は視覚情報によって犠牲者が死ぬところを確認しないと満足できない生き物だからな。こんな当たり前のことに今まで誰も気付かなかったのが不思議でならない。

 拷問ごうもんに使われていたという説もあるが、もちろんそれもあり得ない。拷問をするなら相手が死なないように注意深く加減をしなければならないが、見えないのではそれができない」


 鉄の処女についての考察は、いずれ論文にまとめたいと思っている。


「はあ……」


 なぜか女神は俺の独創的な考察に感心する様子を見せず、ため息をついた。


「わかってもらえたか?」

「ええ、よくわかりました。そんな異常な話を嬉々として語るあなたは、精神に欠陥を抱えたゲス野郎だということが」

「ひどい言い草だ」

「たしかに私の見込み違いだったようです。ゲス野郎に魔王討伐などという難しい任務を任せることはできません」

「俺だってそんなことはやりたくない。用がないんなら元の世界に帰してくれ」

「残念ながら、もう戻ることはできません。せめてあなたがこの世界で生きていけるよう、便宜を図ってあげましょう」


 ふざけるな!

 故郷に戻ることができない絶望を、こいつは理解しているのか! 2度と家族や友人に会うことができないんだぞ!


 ……………………。


 でもまあ、こうなったからには仕方がないな。せっかくだから異世界を楽しもう。


「王侯貴族のような暮らしをさせてもらえるのか?」

「それも可能ですが、あなたのような人間に大きな権力を与えるわけにはいきません。自分の楽しみのために罪のない人間を処刑するでしょうからね」

「そんなことをするわけがない。人の命を奪うことには大きな責任がともなうんだ」


 聖女は俺の言葉に感心する様子を見せたが、さらに俺は続ける。


「だから俺は処刑を行うのではなく、処刑を見る側になりたい。さっき公開処刑を演劇にたとえたが、演出家ではなく観客の立場で処刑を楽しみたいんだ」

「…………」


「俺は権力なんて欲しくない。毎日たくさんの猫に囲まれて遊び暮らすような、のんびりした生活が理想だ。

 そして公開処刑が行われる日には着飾って見に行くんだ。老人よりも若者が処刑されるのが見たいな。特に、気が強そうな美女が絶望に打ちひしがれた顔で刑場に引き出される光景を見れば、おかずなしでご飯3杯は――」


「衛兵!」


 聖女が大声で呼びかけると、剣を持った兵士たちがぞろぞろと部屋に入ってきた。


「このゲス野郎を私の目に入らないところへ――教会領から遠く離れた町へ捨ててきなさい!」




 俺は強引に馬車に乗せられ、3日かけて知らない町に連れて来られた。


「さあ、今日からここがおまえの住む町だ。何をしてもいいが、教会領には戻ってくるなよ。聖女様はゲス野郎と同じ空気を吸うのはいやだと言っておられたからな」


 市門を抜けたところで馬車から降ろされ、兵士にそんなことを告げられた。


「いくらなんでも、こんな雑な扱いはひどい。ここは俺にとって全然知らない世界なんだぞ。せめて住む家と当面の生活費、そして世話をしてくれる人間を用意してくれ」

「そんな命令は受けていない」


 兵士たちは去っていった。

 なんて薄情な奴らだ! 金もないのに1人でどうやって生きていけというんだ!


 ……………………。


 でもまあ、嘆いていても始まらないな。まずは居場所を見つけよう。

 俺はあてもなく歩き出す。大通りの左右にはエキゾチックな石造の建物が建ち並び、薄暗い路地には猫の姿が多い。いかにも中世ヨーロッパの小都市という印象だ。


 道ばたに座っているキジトラの猫と目が合ったので、そうっと近づいてみる。


「にゃー」


 キジトラは逃げようとせず、頭をなでさせてくれた。この世界の猫は人なつっこいのだろうか。

 キジトラとじゃれ合っていると、他の猫も近寄ってきた。


「にゃーん」

「なーご」

「ふにゃー」


 どいつもこいつも、あざとい声で鳴くものだ。

 餌をもらえると期待しているのだろうが、残念ながらその期待に応えることはできない。餌がほしいのは俺のほうだ。


 それにしても警戒心が強いはずの野良猫になつかれるなんて、初めての経験だ。まあ餌を持っていないことがわかれば、去っていくだろう。


 ……と思ったのだが、いつまで経っても去っていかない。それどころか、さらに多くの猫が集まってきた。20匹はいるだろうか。

 どの猫ももっとなでろと言わんばかりにかわいい声で鳴き、体をすりつけてくる。


 いくらなんでもおかしい。

 周囲の人間たちも俺を遠巻きにながめながら、不審げな顔でささやき合っている。


「ちょっとアンタ! そんなに猫を集めて何をたくらんでるんだい?」


 意地悪そうな顔のおばさんが声をかけてきた。


「別に俺が集めたわけじゃない。勝手に集まってきたんだ」

「餌もやらないのに野良猫が集まってくるはずがないだろ」

「いや、そう言われても」

「ひょっとしてアンタ、じゃないのかい? 猫といえば魔女の使い魔だからね」


 周囲の者たちは魔女という言葉に反応し、大きくざわついた。

「悪魔と交わったゲス野郎」「異端審問官に通報を」などと不穏な言葉が聞こえてくる。


 ひょっとしてこの世界では魔女狩りが行われているのか?

 俺が知っている地球の歴史では、魔女狩りは15世紀から18世紀までヨーロッパで行われ、数万人の無実の人間が魔女とみなされて処刑された。

 魔女というからには女だと考えがちだが、魔女として訴えられた者のうち4分の1程度は男だったらしい。


 まずい。このままでは魔女として処刑されてしまう。他人の処刑なら見たいが、自分が処刑されるのはごめんだ。


「俺は魔女じゃない。猫とたわむれていただけで魔女と決めつけるなんて、ひどい言いがかりだ」

「野良猫をなつかせるなんて、魔術でも使わないと無理だろ。そもそもアンタ何者だい? 見たことない顔だね」

「ついさっき、この町に連れて来られたばかりなんだ」

「はっ、よそ者かい。こんな何もない町にやってくるなんて、あやしいね」

「それは聖女のせいで……ああ、そうだ、聖女だって魔術を使っていたぞ」

「聖女様が使う魔術は白魔術だよ! アンタ聖女様を魔女扱いするつもりかい!」


 おばさんは目を吊り上げ、声を荒らげた。聖女がこの世界で尊敬されているとすれば、今のは失言だったかもしれない。

 どう言い訳しようかと考えていると、


「シャーッ!」

「ひゃあっ!」


 最初になでたキジトラが飛び上がり、おばさんの顔を鋭い爪でひっかいた。

 なぜ? ひょっとして俺を守ろうとしたのか?

 だとすれば逆効果だ。周りの者たちもおばさんに加勢し、俺を魔女だと言い出した。


「猫が人間を守ろうとするなんて、あり得ねえ!」

「やっぱりその男は魔女だったんだ!」

「早く通報しろ!」


 もうだめだ。一度魔女の疑いをかけられれば逃れられない。魔女だと白状するまで拷問され、最後は火刑に処されるだろう。

 この世界に神はいないのか。


「待ってください!」


 人ごみを押しのけるようにして、女が前に出てきた。目鼻立ちのきりっとした、20歳ぐらいの女だ。


「その方は魔女ではありません」

「なんだって? なんでそんなことが言えるのさ」


「私は見ていました」


 女は金色に輝く長い髪を揺らしながら、熱をこめて説明した。


「その方は教会領の兵士に護送され、馬車でこの町にやって来たのです。教会領の兵士が魔女を解放するはずがありません。それに魔女の使い魔はただの猫ではなく、黒猫のはずです。集まった猫たちの中に黒猫はいません」


 まさか、この状況で俺に味方してくれる人が現れるとは!


「たしかに、教会領の兵士が魔女と一緒にいるはずがないですよね」

「猫になつかれただけで魔女ってのも、ひどい決めつけだよな」

「こんな間抜け面の魔女がいるとも思えないしねえ」


 周囲の者たちも女の言葉にうなずいている。


「ふんっ……もういいよ!」


 自分の不利を悟ったおばさんは、俺に背を向けて歩き出す。


「待ってください」


 女が呼び止めた。「その方に謝ってください。あなたのせいで、危うく魔女にされかけたのですよ」


「ちっ……ああ悪かったね!」


 おばさんは振り返ると、忌々いまいましげに俺をにらみつけて謝った。続けて女を問いただす。「あんた、名前は? どこに住んでるんだい?」


「私はユッタ。ハーフェン地区で薬師をやっています」


 わざわざ答えなくてもいいのに。根が素直な人間なんだろうな。


「ふん、このことは忘れないからね!」


 おばさんは捨て台詞を残し、今度こそ去っていった。




 俺が一文無しで泊まるところもないことを知ったユッタは、自分の家に招待してくれた。彼女は両親が死んでから、ずっと1人暮らしらしい。


「お口に合うかわかりませんが、どうぞ召し上がってください」


 さらに食事まで用意してくれた。

 目の前のテーブルには、ユッタがつくってくれた料理が並んでいる。


 ライ麦のパン、キノコと豆のスープ、野草のサラダ、ソーセージ、リンゴ、そしてビール。

 俺のために精一杯の御馳走を用意してくれたのだろう。


「命を助けてもらっただけでなく、こんな豪勢な食事まで……いったいなんてお礼を言ったらいいか」

「気にしなくていいですよ。困った時はお互い様ですから。さあ、冷めないうちに食べてください」

「はい、いただきます」


 手を合わせてから、食べ始める。


「うまい!」


 腹が減っていたこともあるだろうが、お世辞抜きで美味しい。


「そんなに美味しそうに食べてもらえると、作った甲斐があります」


 赤の他人である俺に食事を振る舞ってくれるなんて、彼女こそが聖女ではないだろうか。

 知らない世界に1人で不安だったところに、この優しさは心にしみる。


 さらに彼女は今晩泊まっていくように勧めてくれた。屋根と床がある場所で寝られるのは嬉しいが、そこまで世話になっていいものだろうか。


「困っている人は助けるのが、神の教えです」


 まっすぐな目でそんなことを言った。

 俺はありがたく泊めてもらうことにした。彼女とは寝室が別なことは言うまでもない。


 翌朝、大勢の人間の騒ぐ声で目を覚ました。


「嘘です! 私は魔女なんかじゃありません!」


 ユッタの声だ。慌ててベッドから起き上がり、声のするほうへと駆けつける。

 玄関先で、僧侶の恰好をした男がユッタを問い詰めていた。兵士たちもいる。


「おまえが魔女であると密告があったのだ。若い女が1人暮らしをしているのはあやしいし、気味の悪い薬草を調合しているのも見たそうだ」

「1人なのは両親が死んだからです。私は薬師なので、薬を調合するのが仕事です」

「それだけではない。おまえが四月祭の前夜にほうきにまたがって森へ飛んでいき、悪魔崇拝の集会に参加したのを見た者もいる。この町に原因不明の疫病が流行ったのは、その後だったな」

「誰がそんなでたらめを!」

「でたらめかどうかは、法廷で明らかになるだろう」

「わかりました。きちんと調べて、私が魔女でないことを確認してください」


「ダメだ!」


 俺は割って入った。「まともな裁判なんかするわけがない。拷問で自白を迫り、無理やり魔女に仕立てようとするに決まってる」


「何を言うか! 我々はその女を悪魔から救い出そうとしているのだぞ!」

「あんたらに救われる必要なんかない! ユッタのような心のきれいな女性が、悪魔と関係があるなんて――」


「大丈夫ですよ。心配しないでください」


 ユッタは俺に向かって微笑みかけた。「私が無実であることは神がご存じです。神がきっと真実を明らかにしてくださるでしょう」


 ユッタは連れて行かれた。これから魔女収容所に収監され、尋問が行われるらしい。

 残った兵士たちが家宅捜索を行うとのことで、俺は追い出された。自分の無力さが悔しい。


 俺は居ても立ってもいられず、町に出て情報を集めた。

 わかったことは、魔女の疑いを掛けられた時点で助かる可能性は限りなく低いことと、ユッタを密告したのは昨日のおばさんだということだ。


 彼女は俺を助けたせいでクソババアの恨みを買い、魔女に仕立てられたことになる。こんなひどい話があるか。

 今ごろユッタはひどい拷問をされていることだろう。想像したくもない。

 やはりこの世界に神はいないのか。




 町の広場でユッタの公開処刑を行うと告知があった。

 ユッタは自分が魔女であることを告白し、裁判官が死刑判決を下したとのことだ。


 俺にとって念願の公開処刑を観覧する機会が訪れたわけだが、まったく喜ぶ気にはなれない。

 公開処刑を楽しむための前提条件として、受刑者は自分と無関係な人間か、あるいは殺したいほど憎い人間でなくてはならない。


 ユッタは俺にとって命の恩人であり、一宿一飯の恩もある。

 そして彼女が魔女にされたのは、俺と関わってしまったからだ。他人事のように見物などできるはずがない。なんとしても助けなければ。


 公開処刑の日、俺は懐に短剣を忍ばせて広場に向かった。

 広場には処刑を見物するため、大勢の人間が集まっていた。


 どいつもこいつも笑顔なのに腹が立つ。ユッタが処刑されるのがそんなに楽しみなのか。

 とはいえ処刑されるのがユッタでなければ、俺も彼らと同じ顔をしていただろう。


 処刑場はサッカーフィールドほどの広さがあり、中央に処刑台がある。

 処刑台は火刑用のもので、大量の薪の山の上に柱が立てられている。柱は受刑者を縛り付けるためのものだろう。


 処刑台の周りには席が用意され、偉そうな男たちが参列している。裁判官とか異端審問官とか聖職者とか、その類の奴らだろう。


 俺は強引に人ごみをかき分け、最前列へと移動した。処刑台との距離は30メートルほどだが、兵士たちが警備をしているので、これ以上近づくことはできない。


 ユッタが刑吏に連行され、処刑場に入ってきた。

 驚くべきは、その表情だ。もはやすべてを諦めきったかのように、生気がない。あれから5日しか経っていないのに、別人のようにやつれ果てている。


 敬虔な彼女も、神など存在しないことを悟ったのだろう。

 彼女が鎖で柱に縛り付けられたところで、司祭の説教が始まった。


「主よ。この罪深き女はあなたを冒涜ぼうとくするような行いをいたしました。ですがそれは悪魔に誘惑されたがためです。これから聖なる炎によって悪魔をはらいます。罪深き女が許され、その魂が神の国へ迎え入れられんことを」


 司祭がひざをついて神に祈ると、見物人や兵士たちも一斉に目を閉じて黙とうした。このような場面では神に祈ることが常識なのだろう。

 しかし俺はこの世界の神など信じてはいない。


 黙とうしている兵士の横をすり抜けて処刑場に足を踏み入れると、一番偉そうな参列者のところまで走り、そいつの体を後ろから抱え込んだ。

 そしてその首筋に短剣を突きつける。


 兵士たちが異変に気付いたが、お偉いさんを人質に取られているために動けない。

 ユッタは信じられないという顔で俺を見ている。

 俺は優しく彼女に微笑みかけてから、広場に集まった全員の耳に聞こえるように大声を出した。


「聞くがいい、公開処刑を見物するために集まったクソ外道ども!

 貴様らは人間の顔をしているが、悪魔にも劣るクソ外道だ! 貴様らが公開処刑を見たい理由は、俺にはお見通しだ!

 おまえらは単純に他人の不幸が楽しいんだ!

 他人が不幸になっているのを見ると、自分の劣等感が軽減されて気持ちよくなる。これは多くの人間に備わっている心理だが、なんと卑しい感情だろうか!

 もし人間が神の被造物だとするなら、人間にこんな感情を植え付けた神はよっぽど下劣な奴だろう!」


 群衆が悲鳴を上げた。これほど冒涜的な言葉は、今までの人生で一度も聞いたことがなかったに違いない。

 俺は彼らの悲鳴をかき消すように、さらに声を張り上げる。


「それに他人が殺されるのを見れば、自分は安全であることを実感できる!

 ああ、なんて恥ずかしい心根だろうか! 性根が腐った神にはふさわしいじゃないか!」


 俺に短剣を突きつけられている男の体が小刻みに揺れている。俺を――いや、神を怖れているのだろう。


「教会や為政者は魔女裁判、そして公開処刑を行うことによってそんなクソ外道どもを喜ばせ、信頼を得ようとしている!

 魔女を共通の敵と認定し、為政者と民衆が一体感を得ようとしているんだ! 悪魔の味方である魔女を裁くことで、自分たちは正義だと勘違いできるからな!

 偉大なる神が天災や凶作や疫病を起こすはずがない! だからそれは魔女のしわざに違いない! そう信じこもうとする貴様らこそが、下劣で腐った神にたぶらかされた犯罪者だ!」


 群衆の悲鳴と怒号が、これ以上ないほど大きくなった。まだ暴動が起きていないのが不思議なくらいだ。

 ユッタは悲しそうに俺を見つめているが、責める様子は見えない。


 俺がここに来たのは、もちろん彼女を助けるためだ。

 だが彼女の死を悲しむ人間が1人もいないのを見て、それが不可能なことはすぐに悟った。


 だからせめて、俺はあいつらとは違うということを示しておきたかったのだ。

 これから俺は暴徒と化した群衆に叩き殺されるだろう。まあユッタと共に死ぬなら、それも悪くない。


「にゃー」


 場違いなかわいい声が聞こえた。

 どこから現れたのか、足元に猫がいる。この町に来て最初に見かけたキジトラだ。


「ふにゃー」

「ごろろろ」

「なーなー」


 キジトラだけではない。いつの間にか処刑場を大量の猫が絨毯のように埋め尽くしている。まるでこの町の猫がすべて集まったかのようだ。


「にゃー」


 キジトラが一声鳴くと、その体がもやっとした黒い煙に包まれ、人間の男に姿を変えた。

 いや、人間ではない。その体を覆うのは茶色と黒の縞模様の毛。頭には羊のツノ、背中にはコウモリの翼、そして虎のような獰猛な顔。


 俺のイメージする悪魔そのものの姿だ。



 悪魔は俺に向かって、わけのわからないことを言った。


「いや、俺は異世界から連れて来られただけの普通の人間で――」

「普通の人間が、あそこまで神を冒涜できるはずがありません。私は――いえ私たちは、あなたが現れる日を待っていたのです」


 その言葉に続いて、他の猫たちも次々と姿を変えた。

 見た目はバラバラだが、どいつもこいつも悪魔としか言いようのない凶悪な姿だ。


 俺の人質になっている男は、ショックのあまり気を失った。兵士や見物人はパニックを起こし、算を乱して逃げ出した。

 悪魔たちはそんな者たちを気にする様子もなく、俺に対して説明を続ける。


「私たちは神の目を避けるため、魔王様が現れるまで猫に姿を変えていたのです」

「ひょっとして、この町の猫はみんな悪魔なのか?」

「この町だけではありません。すべての猫は悪魔の化身です」

「そうだったのか」


 地球の猫もそうなのだろうか。


「さあ魔王様、どうか私たちの指導者となってください」


 悪魔たちは期待に満ちた目で俺を見ている。

 くっ、魔王になって悪魔たちを率いるなんて、冗談じゃないぞ! 


 ……………………。


 でもまあ、ユッタを助けるためにはやむを得ないな。


「わかった。俺は何をすればいい?」

「まずは私たちの居城へとご案内いたします。その娘も連れて行きましょう」




 人里を遠く離れた、深遠な森の中にそびえ立つ巨大な城。

 俺は悪魔たちにここに連れて来られて以来、のんびりとした日々を送っている。


 もちろんユッタも一緒だ。魔王である俺と交わった今は、本当に魔女になったと言えるかもしれない。


「私は生涯をかけて、魔王様に忠誠を誓います。もう神にも人間にも愛想をつかしましたので」


 ユッタは以前と変わらぬまっすぐな目で俺を見つめ、そう言った。


 それにしても俺が魔王とは。

 聖女はよりによって魔王を召喚したわけか。

 いつか間抜けな聖女と対決する日がくるかもしれないが、今はスローライフを楽しむことにしよう。


 俺とユッタは城の処刑部屋にやってきた。そこには悪魔たちや、気まぐれで猫に戻っている奴らが集まっていた。


「魔王様、ご注文の処刑具が完成しております。最初の受刑者も捕らえてあります」

「うむ」

「それにしても、このような残虐な処刑具を考案されるとは、さすがは魔王様です」


 キジトラ悪魔の報告を聞きながら、俺は部屋の中央に鎮座するを見つめた。

 悪魔たちに命じてつくらせたのだが、ヨーロッパの鉄の処女とは決定的に違う点が1つある。


 それは、突き刺すための鉄のとげ以外が、すべて透明なガラスでできているということだ。

 殺す瞬間を見ることができない欠点を解消するためであることは、言うまでもない。


 この世界のガラス加工技術では、これほど巨大で複雑な形状のものをつくるのは不可能かとも思ったが、さすがは悪魔だ。魔術を使って見事につくり上げてくれた。


「すばらしい仕事だ。褒めてやる」

「ははっ、ありがたき幸せ!」


 俺は悪魔たちをねぎらってから、受刑者に目を向けた。

 ユッタを魔女として密告したおばさんだ。すでに鉄の処女の中に入れられており、あとは扉を閉めれば処刑完了だ。

 魔王であることを自覚した今の俺には、処刑を行う覚悟がある。


「ゆ、許してください魔王様。あなたを魔女と決めつけた私はバカでした。もちろんユッタさんを密告したことも」


 おばさんは震える声で、俺に謝罪した。


「謝らなくていい。実際に俺は魔王だったんだから、あの時のあんたは間違っていなかった。俺は今、ようやく処刑を見る機会を得て興奮しているんだ。その最初の犠牲者になれることを誇りに思ってくれ」


 俺が手を挙げて合図をすると、処刑役の悪魔はうなずき、ゆっくりと扉を閉めていった。

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異世界で猫に囲まれスローライフ、時々公開処刑 へびうさ @hebiusa

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