極短小説・憎悪のラビリンス
宝力黎
第1話 憎悪のラビリンス
冷たい床にうずくまっている自分に気づいた。
朦朧とする頭で自分が何故こうしているのか考えるが、判らない。
廊下のようだ。廊下は辺りを映すほど美しく磨かれている。広くはないが窮屈とも違う。両壁は手の届かない高さまであり、床同様に美しい。ただ、床のように辺りを映す物でも無い。それは天井も同じだ。
ゆっくりと立ち上がり、歩こうとしたがよろけてしまう。仕方なく壁により掛かり、壁を頼りに歩き出した。
「出なくちゃ……」
そう思うのは当たり前だ。ここがどこだかも判らない上、判ったとしても廊下で生きていけるはずもない。
「出るんだ……」
もつれる足で歩いて行く。自分の中に激しい怒りがあることに気づいた。誰に対するものかも今は判らない。だが、出口さえあれば――の思いが湧き上がってくる。
角まで来た。正面は行き止まりで、ソッと顔を出すと左右ともに床と壁が続いていた。
「どっちだ……」
入ったのだ。出口はあるはずだ。だが、右を選んで歩いてみても廊下はまた角になり、そこを曲がってもさらに続いているだけだ。少し進むと道は折れ、分かれを繰り返す。
「だれか……誰かいないのか……」
我ながらか弱い声だが、助けを呼んでみた。仲間がいたようなあやふやな記憶がある。だが返事はない。仕方なくまた進んだ。
しばらく歩き続けて気づいたことがある。
「これは、何処かと何処かをつなぐ廊下じゃないんじゃないか?」
ただひたすらに続く床と壁。進んだ先で道を選んでもまた壁と廊下は続いている。
「どうしてこんな場所にいるんだろう……」
思い返してみても判らない。ただ、朧にだが浮かぶイメージはあった。なにか大きなものに自由を奪われ、ひどく不快な目に遭ったような――。
ハッとして首の後ろに触れた。微かに痛みが残っている。不快なイメージの理由だと判った。
「一体何が……」
立ち止まり、来た道を振り返る。前を向いて先を見る。さっき通った道に見える。違うのかも知れない。どうすれば来た道を覚えていられるだろう?虚ろな頭で考え、思いつき、そうしてみた。
「先生!変化ありました!」
呼ばれた白衣の老人は若者の脇で箱を覗き込んだ。
「道の角でマーキングを……ほんの微かですけど残しています!」
「理解と反映行動か。学習能力だ」
老人は眼鏡を光らせた。
「最初は全く変化なかったのに、開発中の大脳刺激物質を投与してまだ五分でもうこの変化ですよ!本当にすごいわ!」
若者は興奮が抑えきれずに声を上げた。自分たちの時代ならこんな若い研究員はいなかった――と老人は若者をチラリと見て苦笑した。若者はシャツをはだけ、首に提げた細い金のネックレスを光らせている。白く細い首も露わで、およそ研究員には見えない出で立ちだ。
「よく観察をしてくれ。この薬には欠陥も見つかっている。大脳への刺激からなのか、奇妙なほど凶暴性が発現するからな。昨日などは研究員が指先をかみちぎられたほどだ」
若い研究員は大きく頷いた。
「大丈夫です。この通り、手には厚い皮のグローブをしているので」
老人は自分の仕事に戻った。若い研究員は箱の中を凝視した。出口は、辿り着けば中から押して開ける仕組みだ。
巨大な箱は迷路になっている。中から外は見えないが、上からは観察が出来る。白いラットは、マーキングを残しながら進むべき道をひたすら探した。嘗て経験無いほどの燃えたぎる憎悪を頼りに。
極短小説・憎悪のラビリンス 宝力黎 @yamineko_kuro
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