第22話


文月の中旬だった。月明りが窓から差し込み、外から吹く風は庭にある草木達を揺らしていた。そんな家のリビングにて、ある二人の少女は机に向かいあいながら座っていた。


「...皐月。なんで帰国してきたの?」


一人は質問を投げかける。

もう一人はその言葉をかみしめるように数秒黙り込めば、少し微笑みを浮かべた。


「だって、必要だったんだもの」


あはは、と軽く笑いながらそう返答した。彼女の名前は皐月だった。


「必要?」


一人の少女は懐疑そうな声をしながら、彼女の言葉をつついた。


「勿論、仕事もそうよ?でも...あなたにとっては、この方が都合よかったでしょ?瑠璃」


皐月はにこりと笑顔を浮かべながらも、彼女にそう聞く。


「...いや、それはそうだよ。だって、久遠が会いたがってたし」


瑠璃はバツが悪そうに頬を人差し指でかきながら、皐月から目線を外していた。


「そう。その久遠って子、私名前だけ聞いたことあるのよ。確か、芽衣の友人だったかしら...でも、よく交友関係を続けられてるわよね」


皐月は興味深そうに、じっと彼女の瞳を見つめながら、そう言葉を発していた。


「...偶然の産物だよ。たまたま同じ高校だったの」


「瑠璃が勧めたの?」


「...いや、まさか。私は久遠についてっただけ」


瑠璃は目線をずらしながら、ゆっくりとそう言った。

皐月は「そう...」と相槌を打った後、言葉を止めた。


「にしても...どうして私を呼んだの?もっと楽しげな話題なら...場所があったと思うけど」


皐月の問いに、彼女は言葉を整理するかのように、少し考える素振りをした後、ゆっくりと言葉を綴り始めた。


「...最近、あなたの会社、経営が不味いって聞いたよ」


「何それ、脅し?」


皐月の声色が変わった。怒りを含んでいることは、誰が見ても明らかだ。

瑠璃は軽く笑った後、「脅しならもっと強引にしてるよ」と言った。


「じゃなくて、あなたの会社を助けるぐらいの口添えは、私の父さんならできるけど、どう?」


皐月はその言葉を聞いた瞬間、一瞬言葉を失った。じっと瑠璃の方を見ながら、脳内で思考を巡らせている。

承諾すべきか、そうでないか。その裏にある条件は一体なんなのか。

けれど、彼女の事は信頼していた。

第一、皐月と瑠璃の交友関係が始まったのは、会社繋がりだ。きっと彼女の父親ならどうにかできる、と皐月は理解していた。


「...わか、った」


皐月はため息をつきながら、ゆっくりと承諾の言葉を口にした。多少の躊躇いはあったものの、彼女を信頼していないわけではない。


「...それで、条件はなに?」


皐月はゆっくりと、腫物を触るように慎重に喋りかけた。

その言葉を聞いた瑠璃は、とびっきりの笑顔を浮かべながら、簡単なことを口にした。


「数日後、あなたは久遠と話すことになると思う。だから__」


彼女の言葉は全ての未来は見透かしているかのように、力強い声でそう言った。


「あの人のことについて聞かれたら、全て吐いて」


「はっ?」


皐月はあっけらかんとした声しか出なかった。

あの人とは芽衣の事を指しているだろう。だから、芽衣の全てを吐くってことは、あの病気も?。


「なにそれ、芽衣の全てを吐けってこと?そんなのして、瑠璃にメリットはあるの?!」


部屋中に怒号が響き渡る。そこには怒りというよりも、どうしてという疑問の方が多かった。


「...ないよ?」


「だったら!」


「...まってよ皐月。話を聞いて」


「...わかった」


彼女は深呼吸をついた後、ゆっくりと了承の言葉を吐いた。


「私的にはね?久遠が幸せだったら、なんでもいいの」


その言葉には、裏表ないようだった。

皐月は意味がわからなくて、つい「は..?」と声を漏らしてしまう。

だって、言っていることは女神のようで温かだ。自分の幸せより先に、大切な友人の幸せを優先するなんて、


「久遠は頑張ってるんだ。琥珀さんに確実に恋情を抱いてたし、その為の努力もしてた。なのに、振られてたの。久遠は泣いて、もう恋なんて捨てると言ってた。でも今は...きっと芽衣さんに恋してる」


皐月はしばらく黙ったまま、彼女の言葉を脳内で反復させていた。彼女の感情からは重いものを感じ、当てる言葉が見つからなかった。


「...それで?」


「だから、必ず報われるべきだと思ってるの」


「でも...病気のことを話したって!なんにもならない」


「...うん」


瑠璃は相槌を打ち、皐月の言葉を待っていた。


「それに!あの病気は!もう治らないの...」


治らない。その言葉を口にした瞬間、皐月は手で自身の瞼を覆った。

嗚咽が聞こえ、瑠璃はその時泣いていることを理解した。


「...いや、改善はできる」


「どうやって!」


皐月は叫ぶ。この世の不条理を嘆くかのように、芽衣のことを考えるが故に。


「あの病気は...精神の強烈な衝撃で改善される」


「うそだ!」


「ほんと!」


瑠璃も思わず叫ぶ。彼女は立ち上がり、皐月の隣まで行く。

震える皐月の身体を慰めるように背中を摩りながら、あたたかな表情を浮かべる。


「...だから、協力してほしい。あの子たちの両片思いを成就させるために、そして...病気を改善させるために」


「...」


皐月は彼女の言葉を噛み締めながら、黙り込んでいた。


数秒経った頃だろうか、皐月はゆっくりと口を開いた。


「わか...った」


それは、彼女たちの恋情を祝福する、というのを含む一言だった。

全ては、久遠と芽衣の為に。

そして。


皐月を、まだ日本に引き留めるために。


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2025年1月8日 07:00

恋が嫌いな少女は誰かを愛したい 七瀬りんね @darapuras

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