第21話
「姉さんと話してみたい、ですか?」
目の前に居る彼女は、目を見開き驚きの表情を浮かべていた。
教室から差し込む光が彼女の事を照らしている。幻想的とはこのことを言うのだろう。なんだか感傷的な音楽が流れ、花の匂いがしそうな雰囲気だ。
「そう、夏休み中に会ってみたい」
私は淡々とそう告げる。
私の算段はこうだ。
まず芽衣の姉に会う→病気の詳細を聞く→聞いた後は、あの手紙にどのような意図があるのか聞く。といった感じだ。
これは天からの示しか、丁度彼女の姉さんは帰ってきているようだった。
「んー...まぁ、いいですけど...」
「ほんと?!!」
私は彼女が渋々承諾した後、目を輝かせながら体を前に出す。
彼女は目線をずらし、戸惑いながら手をあわあわと動かしている。
まるで小動物のようじゃないか?。愛らしい。
「...でも、条件があります」
彼女はそう言った後、目線をこちら向けた。その青天のような瞳をこちらへ揺らしながら、ゆっくりと言葉を綴り始めた。
「私の記憶に関することは、一切喋らないでください」
彼女の言葉は、剣のように深く私の胸に刺さったかのようだった。
「えっ?」
私はあっけらかんとした声しか出なかった。
「だって...姉さんは全て知ってるんですよ。私は教えてほしい、とは言いましたが深く私の心の中へ入ることは...少し、嫌なんです」
彼女は気まずそうに手を動かしながら、言葉を紡ぐようにそう言っていた。
私は一瞬言葉を失った。けれど、私は脳内で彼女の事が理解できたような気がした。
確かに、過去の記憶は取り戻したい。だけど、心の奥底まで入られるのは、きっと怖いのだろう。
だって、記憶を失ってしまう可能性があるから?と、自分の中で結論付けた。
もし彼女がその症候群で記憶を忘れている、ということが本当だったら、もしかしたら未来でもう一度記憶を失くしてしまう事があるかもしれない。
きっと、彼女はそれが怖いんだ。私はそう考えた。
彼女の事を傷つけたくない。それは本意だ。だから、この条件は了承するほかなかった。
「...わかった」
私は数秒黙り込んだ後、そう返事する。
私の言葉を聞いた彼女の頬は少し緩み、不器用そうに軽く笑みを上げた。
「...私の家に来るんですよね?」
「えっ?それはそうだよ?」
私は彼女の変な質問に対し、しゃがれた声しか出なかった。
何を当然のことを言ってるのだろう。そんな脳内の言葉は、彼女の様子を見ていると消え失せた。
「...そうですか、そうですよね」
彼女はにっこりと笑みを浮かべていた。
「じゃあ、夏休み中の...芽衣が空いてる日でいいよ」
私は彼女が納得したような言葉や表情をした数秒後、私は微笑みを浮かべながらそう言葉を綴っていた。
「わかりました...じゃあ、また連絡しますね」
彼女の笑顔は、天地をひっくり返せそうなほど美しかった。言葉では形容し難い安心感や、空気感が今は気持ちがいい。
「うん、私も!」
私は立ち上がり、嬉々とした声でそう答える。扉を足を向け、ゆっくりと歩き出す。
私は実感した、彼女の心の脆さを。記憶がトリガーとなり、心情的に断層的な空白の記憶の存在が、彼女の性格へ直結しているような気がする。
記憶を失う。そんな簡単であり複雑でもある言葉は、きっと彼女にとっては重荷すぎるのかもしれない。
「...夏休みの終わりには、きっと全部話せるよね?」
私は振り向き、彼女にそう問う。声は自分でもわかるほど震えていた。
この言葉は私にとって祈りや懇願と同然だった。もし、もしだ。彼女の症候群に関することが全てわかり、彼女との関係が進展する...そんな未来、私は見てみたい。
でも、これ以上に良い関係とはなんだろう。とはならない。
だって、この感情はきっと。
恋慕から出ているものだろうから。
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