第20話


 文月の夏休み前の日。太陽が眩しく、空は空色という名前に相応しい、とても美麗な天気だった。

私は自分の部屋に居た。これだけではなんの変哲もない平凡な一日なように思えたが、私はふと思い出したことがあった。

彼女に、芽衣に大事なものを見せよう。

大事なもの。とは一概に言ったものの、それは彼女から貰ったものだ。勿論、昔の彼女からだが。


「...なるほど、つまり、私の記憶を呼び覚ます為に、昔の私が久遠さんに対し送ったものを見せようってことですか」


「そう!」


私は嬉々とした声で応える。

数秒後、私は隣にあった棚の、信じられない程埃一つない箱を取り出す。

いわばオルゴールのような、古びたものだった。

彼女はそれを興味深そうに見つめていた。


「この中に、芽衣が私にくれたものが詰まってるの」


私はそういうと、箱をゆっくりと開ける。少しずつ中身が見え始める。

少々錆びた金属に、趣深くなった木目模様。箱自体はコレクター以外、あまり目を引くものはないが、私には特別なもののように感じている。


箱の中身には、ある一通の手紙とオルゴールがあった。

懐かしい。これは、彼女が私に対しくれたプレゼントであるオルゴールと、私宛てではない手紙だった。

何故私宛てじゃないんだろうか。その理由はわからない。


「これは...」


彼女は埃が所々あった手紙を手に取る。


「どうしたの?」


私はきょとんとした声を出す。私の声を聞いた彼女は「いや..ちがうんです」驚いている様子だった。


「...見ていいですか?」


慎重そうに、ゆっくりと彼女はそう呟いた。私はすかさず「もちろん」と言い、笑みを浮かべる。

彼女は深呼吸をした後、腫物を触るように、丁寧そうに手紙を開けた。


「これは...」


彼女は驚きの声を小さく呟いていた。

「どうしたの?」と私が聞いても反応がなく、ただ手紙を見つめていた。

「これ...って」

彼女はゆっくりと手紙の内容を見せて来た。

ゆっくりと手紙を黙読する。


私はあなたの未来に少しだけ触れることが許された存在です。

だから、この手紙があなたの手に渡る頃、私がどこにいるのか、あなたにはわからないかもしれません。

でもそれでいいのです。


あなたが今見ている世界は、ただの通り過ぎる景色ではありません。

そのひとつひとつに、私たちの想いが込められています。

私がいつかあなたに残した言葉や記憶が、あなたを迷わせたり、支えたりするかもしれない。

その時は、この手紙を思い出してください。


私はあなたを信じています。

どんな過去を背負おうと、あなたの心が恋へレールが向いている限り、安泰であろうから。


過去のあなたより。

代筆。四条皐月。


手紙にはそう書かれていた。

私はそっと彼女の手を握りしめる。この動きがどのような心情から来ているものなのか、私はこの気持ちを...。

いや、まってほしい。

琥珀先輩と会ったあの日、心の中で成長したような感覚を覚えていた。

私が今愛しているのは、という言葉が湧いてきたが、その先はわからなかった。

けれど、私には恋人はいない。あの時感じた愛している、という言葉の意味は、到底友愛とはかけ離れたもののようだった。

瑠璃にも、他の友人とも感じたことのないある答え。

喉の奥につっかえた感情。それは全て、同じものなのだろう。

つまり、これは。


「久遠さん?」


彼女の声にハッとし、私は意識を現実へ戻す。彼女の瞳は不安げに私を見つめている。


「あ、ごめん。ぼーっとしてた」


私はついそう言ってしまう。

あの感情の答えは、最後の最後に出なかった。


「...そうですか。にしても、これは姉さんが書いたらしいです」


四条皐月。

それは、彼女の姉の名前だそうだ。

なぜ彼女が代筆を?、いや、代筆自体は何も悪い事ではない。第一、あの頃の芽衣の記憶力は酷かった。

自身の言いたいことをすぐ直し、 全く違う文章に仕立てたかと思ったら、また何か違う文章になる。

病気のせいなのだろう。それは火を見るよりも明らかだった。


私が気にかかったのは、彼女の姉、もとい皐月さんが看病にきていたという事実だった。

だって、おかしい。私は毎日、24時間寝るとき以外全て彼女と居たはずなのに。

皐月さんのことは見たことがない。顔や服装すら、一切わからない。


もしかしたら、この人が芽衣の全てを知っている?。

症候群であることを知ったあのメモだらけの部屋や、この代筆跡。全て、全て全て、皐月さんが彼女に理解を誰よりもし、全てを知り尽くしているからでは?。

つまり、皐月さんと出会い、彼女の事を聞けば病気、もとい症候群のことも全てわかるのでは?。

私のそのような結論は、私の未来への航路を切り開いたようだった。

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