第19話


洋風な喫茶店の窓から差し込む光は、私達を綺羅星のように照らしていた。玄関からは時々来客を知らせるベルが鳴り、部屋中には珈琲の良い匂いが満ちている。

なんとも現代風とは言えない、木製の椅子に、私と琥珀先輩は向かい合うように座っていた。


「じゃあこの珈琲を...はい」


彼女...もとい、琥珀先輩はメニューの珈琲を指差しながら、ゆっくりとそう言っている。

いつぶりだろうか。最低でも二か月は経っている。そう考えてみると思ったより期間は空いていない。だけど、なんだか超気まずい。

いやまぁそりゃそうだろう。元々私は彼女に恋をしていたんだから。


「にしても...久しぶり」


彼女はなんとか話題を引き出そうと、私の瞳から視線をずらしながらそう言っている。


「はい...お久しぶりです」


なんだか、言葉を出しずらい。


「元気にしてた?」


「...はい、一応」


私は短くそう返事する。なんだか息苦しくて、この場に漂う空気をどうにかしたかった。


「久遠は最近何してるの?」


彼女は視線を戻し、ゆっくりと私にそう問いかける。


「えっ、学校と..そうですね、案外普通かもしれないです」


これ以上の言葉は特に出てこなかった。


「そっかぁ、よかった。確か久遠と瑠璃は懸東だったよね?友達はできた?」


彼女は純粋そうな疑問を私に投げる。


「...はい、片手で数えれる程度ですけどね」


少し誇張してしまった。実際は芽衣一人だというのに...いや、決して友人がいないわけではないよ?ちょっとそういう友達作りが下手なだけで...。

彼女は私をいったことを噛み締めるように、数秒沈黙をした後「そっかぁ」と相槌を打ちながら、ゆっくりと柔らかな笑みを浮かべた。


「よかった...」


彼女は安堵の声を漏らす。


「もし、私があなたの事を振った事で、もう立ち上がれなくなっていたらどうしようかと思ってて...」


確かに、その可能性も一つではあった。彼女が心配していたのも無理はないだろう。

その未来へ航路を切るのを許さなかった、いや止めてくれたのは他ならない、瑠璃や芽衣のお陰だろう。

―――もし、瑠璃と芽衣がいなかったら?。

そんな未来は、考えるだけ無駄な気がした。


「でもよかった...なんとかなってるんだね」


「...はい」


私の返事は淡泊としたものだった。


「私、ずっと気になってたの。あの時のこと」


「...どういうことです?」


よくわからなくて、私はつい質問をする。彼女は数秒程黙り込み、ゆっくりと口を開いた。


「もしかしたら、自分勝手な返答をしちゃったのかなって。久遠の気持ち、私は真剣に受け止めたと思ってるけど、もしかしたらもっと向き合えたのかなって」


彼女は真剣そうに私の瞳を見つめ、まっすぐな声で私にそう答える。

驚いた。まさか、彼女がここまで考えていたなんて。

彼女なりに私の事を考えてくれていたんだ。それだけで、私の胸は少し軽くなったような気がした。

けれど、彼女がそこまで思い詰めるまでのことなんだろうか。彼女のあの答えも、真剣だったようなものに感じたのに。


「...そんなことないです。あの決断は、きっと一つの定めだったんです」


私は彼女を慰めるように、柔らかな声色でそう言う。

この言葉に裏はない。きっと、彼女に恋した時点で、この未来は決まっていたのだ。

というより、その言葉じゃないと、今にでも悲しくなってしまうから。


「...久遠」


彼女は出す言葉を失っていたかのように、私の名前を一回だけ呼んだ。


「...ありがとう、なんだか...今日は話せてよかった」


彼女はそう話すと、雪月花のような綺麗な笑顔を浮かべた。


「はい、私も」


私も笑顔を浮かべる。

なんだか、身体の中にある靄が一つ晴れたような気がする。まるで草叢くさむらの中から綺麗な一輪の花を見つけたかのような、一点の曇りすらない安らかな心情だ。

もし、あの頃の私ならもう一度彼女に恋をしていたかもしれない。それほど私の精神は脆くて、簡単なものだった。

けれど、今は違う。私が今愛しているのは―――。


「...頑張ってね」


彼女は私を労うように言葉をかける。それは、女性に恋するという私の事情と、心情的なショックを引きずっていた私を励ますようだった。

私の脳裏に浮かぶのは、あの子の姿だった。芽衣、今はどこで何をしているんだろう。

恋しいよ。そんな言葉は、簡単に出したくなかった。



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