宙賊狩りの用心棒

@abc2148

物語の終わりと始まり

第1話 復讐の完遂と区切り

 人類は母なる星から宇宙に旅立ち、広大な宇宙で出会った起源の異なる知的生物との交流を重ねながら生存領域を広げていった。

 宇宙進出によって新しい技術が生まれ、新資源が発見され、世界が拡張されていく繁栄の時代。

 だが、光あるところに影あるように、繁栄の裏には多くの邪悪がある。

 広大な宇宙において法の力が届かない領域もまた広大であり、其処から多くの無法者達が生まれた。

 そして無法者達は集まり徒党を組み多くの犯罪組織が誕生した。

 彼らは広大な海を根城にして略奪行為を行っていた海賊に準えて、宇宙の海賊<宙賊>と呼ばれ善良な人々を脅かす脅威となった。


 宙賊の主な収入源は違法薬物の売買、武器の密売、資源の違法な横流し、資金洗浄など手広く行われ、その中には当然の様に人身売買もあった。

 人身売買の標的となり、様々な手段によって宙賊に攫われた人間の末路は碌な物ではない。

 違法な仕事の片棒を無理矢理背負わされ人生が破滅する者。

 人権が消滅した違法な採掘場に機械よりも安い労働力として使い潰される者。

 人としてあらゆる権利を奪われ、権力者の慰み者になる者もいた。

 大抵の者達は己の不幸を呪い、絶望するしかなかった。


 ──だが時に宙賊の束縛から抜け出し、己の人生を歪めた宙賊に復讐する者もいる。


 その人物の名前はアシュラ。

 己の運命を捻じ曲げ、弄んだ憎き敵を殺し尽くそうと今日まで牙を研ぎ続けたのは憎き敵と戦い殺す為。

 敵を理解する為の知識を蓄え、敵を殺す為の技術を磨き、敵と戦う為に身体を鍛え続けてきた日々。

 その集大成が今、この時であった。


「漸くだ。漸く、お前を殺す事が出来る」


『舐めた口を聞いてんじゃねぇ、<宙賊狩り>!!』


 小惑星帯に作り上げた秘密拠点を堕とされた彼にとって最後の拠り所である宙賊の旗艦。元となった大型輸送艦に大量の武装を取り付けただけの歪な船は、度重なるアシュラの攻撃によって航行不可能な程の損傷を負わされ。至る所から黒煙を吐き出している。

 そんな沈没間近の旗艦の甲板でアシュラと宙族のボスは向かい合っていた。


「その宙賊狩りに自慢の艦隊を潰された感想を教えてくれよ?」


『殺す! 殺す殺す殺す殺す! ぶち殺す!』


 アシュラの視線の先にいるのは己の人生を歪め、弄んだ憎き敵である宙賊の首魁。

 記憶も名前も奪われ、弄ぶために偽りの記憶を何度も入れられ見世物となった日々。

 悪運によって宙賊の支配から逃げ出し、されど夢の中まで現れ心を苛め続けた敵。

 この憎しみと苦しみから解放されるためにアシュラはどん底から這い上がり、敵に与する宙賊を狩り続けて来た。

 これが憎き外道を血祭り上げ、殺す為に人生の全てを捧げたアシュラという男である。

 そして、何時しか宙賊狩りと呼ばれるようになったアシュラは多くの戦いを経て、首魁の元に辿り着いたのだ。


『肉片の一欠けらさえ残さねぇ! その機体ごと宇宙の藻屑にしてやるよぉお!』


『敵HWはSV-12、機体名称<ガリランカ>を元に幾重にも重武装化を施している。火力と防御に特化した機体だ』


 人類が宇宙に進出する過程で開発された人型重機。

 元はコロニー建造用だった筈の重機は拡張性の高さと使い勝手の良さ、習熟が容易いといった利点によって広大な宇宙に瞬く間に広まった。

 そして、当然の様に武装が施され開発された戦闘用人型兵器は通称<HW>として名付けられ、軍隊や民間軍事会社等に留まる事無く広まり人々にとって身近な存在となった。


 となれば、犯罪組織である宙賊もHWを持つのは当然の流れであり、宙賊の首魁が乗り込むHWは雑兵の物とは格が違った。

 質実剛健を実現したかのような機体であり突出した能力は無いが拡張性の高さと頑丈さが特徴の機体であるSV-12、機体名称<ガリランカ>を元に幾重にも重ねられた派手な装甲は見た目とは裏腹に戦艦の巡洋艦の装甲にも迫る代物である。

 両腕部には実弾式の大口径ガトリング砲と背部には大量のミサイルランチャーが装備された姿は小型の要塞と言っても過言ではない。

 実弾系で固めた装備は弾数制限があるものの、敵がHW一体であれば十分どころか過剰な程の火力を持っている機体である。


『敵機動兵器に速さは無いが只管に頑丈だ。今の機体の状況では厳しいぞ』


『勝率は?』


『10%以下だ』


『0じゃないなら殺せる』


 敵HWに相対するアシュラもまたHWに乗っている。

 そして機体に搭載された人工知能であり相棒であるナラクのしわがれた声が敵機と自機の状態を比較して忖度の無い勝率を導き出した。


『は、その壊れかけの機体で勝つ積もりか!』


「そうだ」


 アシュラの乗るHWは敵機体と比べれば細身であるが、それ以上に損傷が目立っていた。

 機体全身が焼け焦げ、左腕部は喪失、頭部も半壊状態であり機体性能は大きく低下しているのは一目瞭然。

 武装も細身のビームライフルが一丁と内臓式の近接部ブレードのみしかなく敵機体と比べれば貧弱と言う他ない。

 敵の嘲りに対してアシュラの声と視線に感情の揺れは一切ない。

 それどころか、相手を切り裂く様な冷たく鋭い視線のままコックピットのモニターに映る宙賊の首魁を睨みつけていた。


『だったら、今すぐに宇宙の藻屑にしてやる!』


 絶望も諦めも一切ないアシュラの視線は、宙賊の首魁にとって只管に不快であった。

 その不快な視線を消し飛ばそうと敵は叫びとHWに搭載した全ての火器を解き放つ。

 大口径ガトリング砲と背負っているミサイルランチャーから放たれ大量の砲弾とミサイルによって形成された嵐がアシュラのHWに迫る。

 前に逃げればガトリング砲の餌食。

 左右と上には挟み込む様に放たれる大量のミサイル。

 攻撃の嵐を避けようと後ろに下がればガトリングと方向転換したミサイルの餌食になる。

 冷徹な計算の元に放たれた攻撃を前に凡百のパイロットであれば機体の防御力とシールドに任せて耐えるしかないだろう。


 ──だがアシュラは違った。


『機体のセルフチェック完了。変形は可能だ』


『よし、飛ぶぞ』


 押し寄せる嵐を前にアシュラの操るHWが変形する。

 腕部が折り畳まれると同時に背負っている背部の機構が展開。

 僅かな時間でアシュラの機体が人型から戦闘機に変形、ミサイルを置き去りにする速度で上へと飛び発つ。

 アシュラを見失った弾丸は何もない虚空を貫いただけだが、ミサイルは軌道を変更してアシュラを追跡する。


『ここまで来て逃げるのか!』


「そんな訳がないだろう」


 人型兵器形態と戦闘機形態を持つ可変型HW。

 機体名称<シルフィード>の最大の特徴は人型形態と戦闘機形態の切り替えによる戦術の変化。

 人型形態において通常のHWと等々の機能を持ちながら、戦闘機形態ではHWでは出せない高速機動を可能とする可変型HWがアシュラの機体である。

 そして、今も迫る大量のミサイルを置き去りにして暗黒の宇宙を飛ぶアシュラのHWであるが旗色は良くはない。


『機体エンジンも限界だ。全速力が出せるのは長くはない』


『分かっている』


 戦闘機形態に変形したアシュラはガリランカの周りを飛びながら、腕部だけを変形させてビームライフルによる射撃を試みる。

 だが追加装甲と強固なシールドによってビームは阻まれ有効打には遠く、その事に気を良くしたのか宙賊は高笑いをしながら更なる攻撃を仕掛けて来た。


『アイツ、後先も考えないで実弾兵器をばら撒き始めたな』


『多数の取り巻きを引き連れている事が前提の機体だ。孤立無援の一対一の状況などは想定外だろうが此方の状況からしても的外れの戦術とは言えん。現に射撃は無効化され、ミサイルが一発でも当たれば此方は終わりだ。戦術としては正しい』


『確かにそうだ。残り稼働時間は?』


『残り40秒』


 復讐者が操作する機体の残存エネルギー量から導き出された稼働時間は僅か40秒。

 これまで潜り抜けて来た激戦を思えば、ここまでよく持ってくれたと言えるだろう


『そうか。ナラク、勝負を仕掛けるぞ』


『ああ』


 敵の実弾が尽きるまで逃げ続けるのは不可能であり、無理を承知で勝負を仕掛けるしか選択肢はない。

 だが、それ程までに追い詰められた状況にあってもアシュラに焦りはない。

 そして、ガリランカの攻撃に生じた僅かな隙である武装の冷却期間を狙って機体の進路を変更。

 後先を一切考えない、機体の推進装置が焼け付く程の速力を吐き出して敵に迫る。


『自棄になったか! だったら惨たらしく殺してやるよ!』


 ガリランカを操る敵にしてみれば自ら攻撃の的になるかのように一直線に進むアシュラは格好の的である。

 だが、散発的な攻撃では先程の様に躱されるだけだと考えた敵は、全火器の一斉発射によって逃げる隙を与えずに圧殺しようとした。

 そして全火器の照準が迫るアシュラに向けられ、ガリランカの砲門が一斉に開く。


 ──その瞬間をアシュラは待っていた。


 構えたビームライフルから攻撃が放たれる。

 無駄な足掻きと嗤った敵はビームの狙いがガリランカではない事に気が付かなかった。

 そして、ビームが直撃した箇所が何処であるか理解した時には遅すぎた。


『ミ、ミサイルランチャーが!?』


 シールドによって敵の攻撃から強固に守られていたミサイルランチャー。

 だが攻撃の為に一時的にシールドを解除した瞬間を狙って放たれたビームが内蔵していたミサイルに着弾。

 即座にミサイルは爆発を起こし、ランチャー内部に格納されていた他のミサイルにも連鎖的に誘爆が発生する。

 その大爆発は重装甲であったガリランカを破壊するまでには至らなかった。


 ──だが、態勢を崩す事には成功した。


『それでも、お前に俺は殺せない! その貧弱なライフルでガリランカの装甲は──』


「誰がライフルで仕留めると言った?」


『残存エネルギーを機体主翼に集中。シールドを最大出力で展開』


 復讐者はライフルを捨て戦闘機形態のまま突き進み、ガリランカに衝突する手前で僅かに機体を逸らす。

 今頃、ガリランカのコックピットでは断頭台の斧の如く迫る主翼が見えている事だろう。

 それは一種の曲芸染みた技、正気では思いつかない奇策であるが、奥の手としてこれ程優れた攻撃手段は無かった。


『ば、ばかな……』


「死ね、クソ野郎」


 アシュラが言い捨てると同時に機体主翼がガリランカの機体を引き裂く。

 HW用の近接武装である刀剣とは比較にならない質量と速度に加えシールドの強度が付与された翼は追加装甲ごと機体を引き裂いた。


『そ、そんな、俺様が──』


 胴体から上下に別たれたガリランカは一瞬だけスパークを放った後に爆発を起こした。

 パイロットに脱出する時間を与える事無く宙賊の首魁はアシュラによって諸共宇宙の藻屑となった。

 だが、ガリランカの爆発は満身創痍であるアシュラの機体にも襲い掛かった。


『対ショック姿勢!』


 ナラクが言うがまま機体の中でアシュラは脊髄反射に従って身体を丸める。

 エネルギーを使い切った機体に乗るアシュラに出来る事はそれしかなかった。

 そして、爆発がHWを大きく揺らし、アシュラの意識は失神する様に途切れた。

 次に目が覚めた時、アシュラの視界に映ったのは宇宙の暗闇と星々の儚い光だった


『……俺が意識を失っていた時間は?』


『694秒』


『長いな。それで機体はどうなっている?』


『出来る事は全てやったが……』


 失神から目を覚まして周りを見渡しても広がっているのは見慣れた宇宙の暗闇だけ。

 どうやら爆発の衝撃で戦場からかなり遠くに飛ばされたのは間違いない。

 加えて機体も限界を迎えたらしく最低限の生命維持機能を覗いて殆どの機能が沈黙していた。

 もはや、自分が宇宙の何処にいるのかアシュラには全く分からない。


『救難信号は出しているが低出力だ。余程優れたレーダーでなければ拾えないだろう』


『……後は自分の運を信じるしかないか』


 コックピット全体を省エネルギー状態に移行しても持つのは5日程度、損傷次第ではもっと短いかもしれない。

 もしかしたら救助が間に合わないかもしれない、此処で死んでしまうかもしれない。

 最悪の可能性が脳裏に過っても不思議とアシュラの感情は乱れなかった。

 それは、何時か自分は碌な死に方をしないだろうと考えていたからかもしれない。

 ある意味でアシュラは既に心構えが既に出来ていたのだ。


『すまん』


『謝る必要はない。俺は復讐を果せた、それで十分。何より一人じゃない』


 機体に搭載された人工知能であるナラクがアシュラに謝る。

 だが謝罪の必要は無いのだと、最期を共に迎えるのは長く連れ添った相棒がいるから心細くは無いとアシュラは優しい口調で答えた。

 何より死力を尽くした上での死なら受け入れられるような気がしたのだ。


『少しでも可能性を上げる為に仮死状態にする』


『ああ、頼む』


 ナラクは少しでも生存の可能性を上げる為にアシュラが着るパイロットスーツを操作。

 そのせいか眠気など一切なかったアシュラの瞼が次第に重くなってきた。

 それは酸素の消費を最低限に抑える為の休眠状態への移行だ。

 だが、これが今生の別れになるかもしれないと考えたナラクはアシュラに珍しく優しい口調で問い掛ける。


『アシュラ、復讐を終えた後はどうするつもりだった』


『……正直に言って何も考えていなかった。万全を尽くしても勝てるかどうかは賭けだったから』


『なら、今から考えてみるのも悪くない。お前はそれだけの事を成し遂げた。誰にも後ろ指を指される事は無い』


 ナラクが言ったのは事実である。

 現在いる宙域において最大派閥であり、多くの人を不幸に陥れた宙賊を組織の首魁ごとアシュラは壊滅させたのだ。

 その偉業は称えられてしかるべきものである。

 そんなナラクの言葉を聞きながらジアシュラは重くなる瞼を動かして答える


『……記憶、記憶を取り戻したい。継ぎはぎだらけの偽物ではなく俺の……、俺がアシュラになる前の記憶を取り戻したい』


 アシュラが宙賊狩りになった理由の一つ。

 自らの記憶を玩具の様に弄ばれ、破壊されたそれは魂の凌辱に等しい。

 その怒りと憎しみがアシュラを此処まで成長させた。

 そして復讐を果した今、アシュラは自らの記憶を取り戻したいと願った


『ああ。見つけよう。簡単にはいかないだろうが気長に探してみよう。だから今は傷付いた身体を休ませろ』


『ああ……頼む』


 パイロットスーツの操作によってアシュラの瞼は完全に閉じられた。

 生存に必要な最低限の生命活動以外が止まったアシュラとナラクは暗闇の宇宙を放浪する事になった。

 可能性で考えれば生存の可能性は著しく低いだろう。

 それでも人間ではない人工知能であるナラクはアシュラの生存を願い、自身も機能を停止させた。






『────』


『──で──』


『────さな反応────?』


『機体の中に────反応感知────!』


『急いで救助に取り掛かれ』


 そしてナラクの願いは叶った。

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