いつの間にか電車がやってきていた。なずなの横顔をチラチラ見ていたら、数分の時が経っていたようだ。先程の会話から、この子はチラチラ見なくても視線に気づかないんじゃないかと考えながら、ゆっくり車両に乗り込んだ。

 幸運なことに、席が空いていたのでなずなの手を取って急いで向かった。


「ねぇ」

「……どしたの?」


 囁くように話しかけてきたなずなの息が耳に掛かってくすぐったい。少しだけ顔を離して話を聞く体制に入る。


「勘違いだったら悪いんだけど……さっき、私のことチラチラ見てた?」

「えっ」


 まさか気づかれていたとは。……いやいや!あんなに大勢の視線に気づかないのに、私の視線に気づくわけない。いや、流石にあんなに近くで見てたら気づくか……

 急な出来事に焦り、数秒何も言えないままだった。イヤホンをしているかのように、電車の揺れる音や周りの人の話し声も聞こえなくなる。


「え~と、見てたよ。見てた」

「そ、そうなんだ……!」

「いや、えっとぉ……そっそう!なずなに、今日の服めっちゃ可愛いよって、いつ伝えようかなって。私だけ褒められてたし」


 我ながら結構良い言い訳を思いついた。多分。実際なずなは満足そうな表情で、可愛い……よ、良かった……、とつぶやいているので、おそらく誤魔化せただろう。


「そういえば、なずなって外では結構足出してるんだね。学校で膝出してるの一回も見たことないのに」

「えっ、そうだね?」


 チラチラ見ていたことを忘れさせようと、思ったことを口に出したが、こっちの方が普段からよく見ていて気持ち悪いということに今気づいた。というか、発言がおじさんすぎる。引かれていないかと、なずなの表情をちらと確認すると、顔を少し赤くして俯いていた。流石に引かれた……


「え、怒ってる?……えーと、なずな普段は真面目にしてるから、外では――」

「――ち、違う。……瀬那せなちゃんって、意外と私のことちゃんと見てるんだなって、嬉しくて」

「いやぁ、見てるっていうか……毎日話してるから、見えちゃう、みたいな。あはは」

「それでも、私のことちゃんと瀬那ちゃんの記憶の中に残してくれてるのが嬉しい」


 その瞬間、電車が大きく揺れ、私の体がなずなのもとへ少し強くぶつかる。


「大丈夫?」

「……うん。大丈夫」


 なずなの方を向くと、顔がすぐ目の前にあった。そして、私の右手となずなの左手が少しだけ触れているのに気付いた。びっくりして急いで顔を反対に逸らした。そして、手を離してごめんと謝ろうとした。しかし、なずなはその手をぎゅっと握った。


「また揺れたら危ないから、ね」


 頭が真っ白になった。手を離すことなんてできなかった。顔が自分でも分かるくらいに熱くなって、心音も加速していく。一生懸命に別のことを考えようとしたが、自分の右手に繋がれたそれが、嫌でも思考を阻む。

 今、普通の表情ができているだろうか、とか手汗は大丈夫だろうか、とかそんな悩みは一瞬で心臓の鼓動にかき消されていく。なずなの顔なんて見られる訳ないが、多分、なずなは何ともない表情で、窓から海でも眺めているんじゃないだろうか。

 私は、この電車が一生止まらなければ良いのにと、それはそれで困ることを考えた。

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可愛いのは、どう考えてもお前だろ!! ななしあ @nanasia74a

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