可愛いのは、どう考えてもお前だろ!!

ななしあ

もう少し続く

 冬の早朝。あの子が好きな音楽のイントロが聞こえてすぐに、身体に掛かった重たい毛布を思い切り蹴っ飛ばす。その勢いのまま、洗面台へ向かい顔を洗う。今日は、月にいるのかってくらいに体が軽い。毎日食べているジャムパンも、優雅で華やかな味わいに感じる。多分。というのも、

 今日は、待ちに待った、好きな人とのデートの日なのだ!


 デート予定時刻まであと三十分ほど。白い息を吐きながら、マフラーを風に靡かせ、軽やかな足取りで最寄りの駅まで向かう。

 自分の中では着込んできたつもりだったが、思っていたよりもずっと肌寒い。日が差したら少しは暖かくなるだろうが、あいにくと今日は一日中、曇りらしい。私の心は晴れているが、寒いものは寒い。

 スカートにしなくて良かった……多分、死んでた。

 待ち合わせ場所の、駅前の大きな噴水を視認したので、着いたとメールを送ろうとしたら視界の端にあの子が歩いてくるのが見えた。スマホをコートのポケットにしまって、あの子のもとへ駆けていく。後悔した。走ったら風が勢いよく当たってめっちゃ寒い。

「なずな、おはよ」

「あっ!瀬那せなちゃん、おはよ!もう来てたんだね」

 なずなは私の顔を見て、足先まで視線を巡らせた後、軽く息を吸った。

 はいこれっ、と蓋のついた紙コップを手渡してきた。自販機で買ってきたココアらしく、蓋に空いた小さな穴から暖かそうな空気が昇っている。手袋越しにも伝わる飲み物の熱で心も温まったような気がした。

 ココアの湯気を目で追っていると、なずながこちらを見つめていた。

「鼻、すごく赤いけど大丈夫!?」

 なずなは手袋を外して、私の鼻先をちょんちょんと優しく触って、冷たいねとつぶやいた。不意の出来事に胸が熱くなって何も言えないでいると、急いで小さなカイロを、私の片方の空いた手に握らせた。

 なずなが一番寒いはずなのに。この子はいつも自分より他人を優先させる。そういうところが好きだ。さっき走ってきてよかった。

 お礼を言って、カイロをポケットにしまう。

「よし、行こう」

「行こっ!」

 太陽のように眩しくこちらに笑いかけ、前を向いてゆっくり歩きだした。隣を歩きながら、なずなのことをちらりと見やる。

 水色のダッフルコートに白のベレー帽という優しい色合いに、黒い長髪がとても映えている。そして止めに、ミニスカート。学校の時とは違い、思いっきり膝が見えていて、白い足が露になっている。外出の時はいつもこうなのだろうか。ここが世界遺産かと勘違いしてしまうレベルである。モンサンミッシェルにもイグアスの滝にも負けない映えスポだ。事実、通行人が世界遺産と勘違いしてか、ちらちらとなずなの事を見ている。

 なずなは、顔のかわいさや一つ一つの所作、性格の良さも相まって、学内で男女からとても人気があり、本人から、告白されたという話は何回も聞いた。全部断ってるとも聞いた。なんで?人気は、学内だけでは収まらず、外でもよく視線を集めたり、声をかけられている。当の本人は、自分の魅力には全く気付いていないようで、声をかけられるのは都会だから、とすべての責任を都会に押し付けている。

 改札を抜け、電車を待っているとなずなが、手招きをしてねーねーと囁くように声をかけてきた。急に距離がどんどん縮まっていくのにドキドキする。

「会った時言おうと思ってたんだけど、今日の瀬那ちゃんの、服とかマフラーとか、ふわふわしてて……め~っちゃかわいい!……いつものとギャップがあって……え、えっとぉ、……それでね?」

 なずなはいつも、急にドキドキさせてくる。

 急に褒められるなんて思ってなかった私は、胸の高まりと動揺を顔に出さないことに必死で、なずなの顔を見れずに、ただ白い息だけをぼーっと見ていた。

 なずなの笑顔が少しずつ薄れていき、そして困ったような顔をして、小さくため息をついた。

「ねぇ、瀬那ちゃん、気づいてる!?いろんな人が、瀬那ちゃんのこと、チラチラ見てるんだよ?こうやって話してる今も……!瀬那ちゃん可愛いから……気を付けた方がいいよ……ほんとに!」

 小声ながらも声の表情は起伏が激しい。焦っているのか、少し早口でまくし立て、そして、想像もしていなかった結論に着地した。衝撃で先ほどの心の高揚は治まってしまった。まさかのまさかで、なずなは、自分への視線だと気づいていないのだ。本当に自己評価が低い。

 なんだかよく分からなくて、ふふっと笑みがこぼれてしまった。

「え?ど、どうしたの?」

「いや、なんでもないよ。気を付けるね」

「うん。……可愛いだけで周りから見られるのって嫌だよね……でも、大丈夫!私が守ってあげるからね!」

 手を握り、そう言って、私に渾身の笑顔を向けてくる。


 なずなと出会って、そして好きになってから何か月もこの子と過ごす中で。どうやら、なずなは可愛いものが好きらしく、ぬいぐるみやら小物などを可愛い可愛いと私に見せてくる。自分の可愛さに気づかずに、その可愛らしく柔らかい強烈な笑顔で。私はそんな状況の中、心の中で何度も何度も叫んできた言葉がある。


 可愛いのは、どう考えてもお前だろ!!、と。

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可愛いのは、どう考えてもお前だろ!! ななしあ @nanasia74a

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