第6話

3週間が経った。その間私は一度も寮を出ず、大学の授業も欠席していた。


「また手紙来てたよ」

2週間くらい前から、手紙が届くようになった。送り主は叶木かのうぎくんだ。


「捨てといて」

読んだら会いたくなってしまうだろうから、私はいつも理子にそう伝える。


「事情はわかるけどさ、たまには読んであげてもいいんじゃないかな。叶木かのうぎくんが可哀そうだよ……って、なんだろ。これ」

「……どうしたの」

不意にでた疑問の声が気になった。


「なんか、送り主が違うの。叶木かのうぎ……わたる?」

「ちょっと見せて」

いつもとは違う茶封筒に、叶木かのうぎくんのとは違う筆跡ひっせき宛名あてなが書かれている。


「拝啓落葉の候、いかがお過ごしでしょうか。私はかなえの父、わたるです。血縁上は義父、継父にあたりますが、関係なく思っております」


中身を見るとそんな言葉から始まって、後に続いている。


けいから話を聞いたこと。その上で、もう一度会って話がしたいこと。叶木かのうぎくんは、絶対に同席させないこと。そんなことが書いてあった。


最初は無視しようと思った。でも最後の、「来てくれるまで毎日、決まった時間に指定のカフェで待つ」という言葉が私を引き留めた。


「負担を負わせてしまう」


最終的にそんなことを理由にして、翌日、私は指定されたカフェへと向かった。


「こんにちは。昨日は急にごめんね。来てくれてありがとう。なんでも注文してよ」

店に入るとスーツ姿のわたるさんがいて、正面に座ると彼はそんなことを言った。ソファは柔らかくて、店内にはコーヒーとたばこの混ざった香りが漂っている。


「来てくれたってことは、まだ叶のことが好きと捉えていいのかな」

しばしの沈黙の後、注文したコーヒーが運ばれてきたことをわたるさんが口を開いた。


「君の意思をいてるんだ。よくないだとか、倫理がどうだとかは無視して、答えてほしい」

どう答えていいかわからず沈黙していると、彼は優し気な声で催促する。


「好き……です」


「……そっか。よかった。嫌いになったのかと心配だったんだ」

するとわたるさんは安心したように表情を緩める。

「でも、こんな想いを持っちゃ……」

「少し、僕の話をしてもいいかな」

『いけない』と続けようとして、さえぎられる。


「……どうぞ」

「ありがとう」


そしてわたるさんは、けいとのことを話し始めた。

けいは会社の先輩だったこと。色々とお世話になったこと。やがて、恋をしたこと。


亘さんが恵のことを好きになった時、彼女は既にまことと結婚して叶木くんを産んでいたこと。


叶えられない、叶えてはいけない恋だったこと。


でもそんな矢先に、まことが死んだこと。すかさず、猛アプローチしたこと。

隙があろうとなかろうと会いにいって、仕事や家事、育児を手伝い、叶木かのうぎくんにも自分の顔と名前を覚えさせたこと。

そうして数年後、見事にけいと結婚したこと。


「こんなところかな」


「……。後ろめたさとかは、なかったんですか」

話し終わった彼にたずねた。普通に考えて、彼のしたことはあまり褒められたことではない。だから、気になった。


「まったく、ないよ。むしろ絶対に手に入れてやろうと思ったね」

「でも、倫理的に」


「そんなの関係ない。むしろ倫理がどうとか言うんなら、僕こそ彼女を手に入れるべきだと思ったね」

意味を理解できない私を他所よそに、彼は続ける。


「僕はまこととかいう、子どもに元カノの名前をつけるようなやつよりずっと、彼女のことが好きだ。先に死んだりなんて絶対にしないし、悲しませたりもしない。

もし彼女に先立たれたって、絶対に忘れない。ましてや、その気持ちを抱えたまんま他の人と付き合ったり、結婚したり、子どもを作ったりなんて絶対にしない!

僕は絶対に彼女だけを愛する!そのためならなんだってする!倫理的におかしいこともいとわないし、息子だって利用してやる!それはひとえに、彼女が好きだからだ。彼女を幸せにしたいと願っているからだ!!

だからもし僕が香苗かなえの立場だったとしたら、父親がどうとか、母親がどうとかなんてことを気にして別れたりなんかしない。これは僕と香苗の問題なんだから、親なんて関係ない!


だから僕は……!香苗と一緒にいたいって夢を、諦めたりなんかしない!!!


だから、香苗も……。諦めないでほしい」


段々とヒートアップしていくわたるさんに圧倒されていると、彼が少しずつ変なことを言い始めていたことに気付く。


「僕と私の問題」?「私と、一緒にいたい」?


「……少し、やりすぎたかな」


戸惑う私を前にわたるさんは急に冷静になって、つぶやいた。


そして店の入口に向かって手を挙げたかと思うと、叶木かのうぎくんが入店してきて席に着く。


「過去の話以外は全部、かなえの言葉だよ。このイヤホンで通話して、僕が代弁したんだ」


びっくりして固まる私に、わたるさんは耳をつつきながら言った。よくみるとそこには、何か補聴器のようなものがはまっていた。


「それじゃあ、あとは二人でね」

彼は伝票を取ると席を立ち、店を後にした。


だまして、ごめん。でも、あの言葉は本当なんだ。まこと……。僕の父さんのことは忘れて、僕を好きになってほしい」


瞬間、涙がこみあげてきて思わず泣いてしまった。

さっきの言葉の数々が、頭の中で叶木かのうぎくんの声で再生される。彼の気持ちが強く伝わってきて、胸を突く。幸せな感覚だった。感じてはいけないはずなのに、心が流される。

そんな状態の私を無視して、彼は続ける。


「また、僕と付き合ってくれますか」


こんなの、胸を張れた恋じゃない。美しくなんかない。不気味で、おぞましくて。びっくりするくらい汚れてて。


でも、それでも。私は。


彼と一緒にいたい。


「はい。よろしくお願いします」

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私の恋は四次元を越えて。 葉式徹 @cordite

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