第4話

香苗かなえってキャッシュレス使ったことある?」


数日が経ち、いつものように昼休みの講堂で昼食をとっていると、叶木かのうぎくんが言った。


「キャッシュレス?」

「支払方法だよ。ほら」


首をかしげる私に、叶木かのうぎくんはスマホを取りだす。なにやらスマホにあらかじめお金を入れておくと、それで会計ができるようになるものらしい。

「お財布でよくない?」

「ポイントが付いたりして得なんだよ。例えば、ほら。今は水族館がポイント25%のキャンペーンやってる」

「ふーん」

「ふーんって……。絶対良さわかるって、やり方なら僕が教えるから。そうだ!せっかくだからこの水族館行こうよ。アプリ入れてさ」

いまいち興味が持てず答えると、叶木かのうぎくんは早口に言った。




「それ、ミドちゃんをデートに誘いたいだけだよ」

帰って理子りこに話すと、笑いながら言われた。


「やっぱりそうなのかな。どうしよ」

「行ってみればいいじゃん。気分転換になるかもよ」

「……わかった。行ってみる」




「おはよう、アプリは入れられた?」


約束の日。集合場所の駅に行くと、時間の10分前にも関わらずもう叶木かのうぎくんはいて、私に挨拶する。


「うん。これであってる?」

「そうそう、それ。じゃあちょっと貸して」


スマホを見せると、彼は私のスマホで何やら操作した。

「はい、これでOK」


返された画面を見ると、0円だった残額が3000円になっていた。


「あの、これって」

「電子化したお金だよ。僕が今送ったんだ」

「え、じゃあお金を……」

「いいよ。僕が誘ったんだからこのくらい払わせて」

財布を取り出す私を叶木かのうぎくんが制止する。

「……ありがとう」


水族館は駅から歩いて3分ほどに位置にあり、前には大きな橋とその先の島が見えた。

ここには何度か来たことがあるけど、島の灯台はあんな形だったろうか。島の山頂にそびえる塔を見て、私は首をかしげる。


「島が気になる?」

「うん。ちょっと塔が気になってさ。あんなだったかなって」

「展望台のこと?僕の生まれた時にはあれだったけど……調べてみようか」

叶木かのうぎくんがスマホを取りだす。

「2003年に改築されたみたいだね。あ、この水族館もおない年みたいだ。ほら、これ」


二つの写真を向けられる。一つは島の、もう一つは水族館のだった。どちらも見覚えがあって、高校時代のことを思い出す。

前に来たのは、確かまこととデートをした時だった。……なんて、こんなこと考えるべきじゃないか。

首を振ってかき消して、叶木かのうぎくんと二人で水族館に入る。

そのあとも何度かまことのことを思い出してしまいそうになったけど、色んな魚を見ていると心も落ち着いて、それなりに楽しむことができた。特にクラゲのブースが綺麗で、だいぶ長いこと眺めていた気がする。


島にも行ってみようという彼の誘いに乗り、橋を渡って景色を見て、神社にお参りした。そうして日が沈む頃にはもう私の心はすっかり満たされていて、楽しい一日だったと思えた。


「どうだった?今日は」

帰ってすぐ、理子りこが訊ねる。

「おー、よかったじゃん。次はミドちゃんの方から誘ってみたら?」


隠すこともなく正直に答えると理子は嬉しそうに、かつ少しいたずら心も混ざったような表情を見せた。


私もまんざらでもなくて、また彼と一緒に出掛けたいと思っていた。


ただ同時に、こんなにもすぐまことのことを忘れられてしまえそうなのかと、自分の適応力に驚く。


それから、叶木かのうぎくんとは何度か一緒に出掛けた。会うたびに私を楽しませてくれて、彼自身も楽しんでいるように見えた。それがまた私に伝わって、幸せなループを築く。


香苗かなえ、好きです。僕と付き合ってください」


その言葉を受けるまでに、時間はかからなかった。私の人生二回目の告白。免許を取った叶木くんが車で寮に送ってくれた時だった。

駐車した車の横にはゴミ置き場があった。誠に告白された時を思い出す。これはもう宿命なのだろう。


「よろしく、お願いします」


私はそんなことを考えながら返事をした。

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