第3話

数週間が経ち、大学や電子機器に慣れ始めた頃。私は部屋でパソコンを前にしていた。


「あら珍しい。SNS?」


不意に後ろから理子りこに話しかけられ、身体がびくりと跳ねる。


叶木かのうぎくんから教えてもらったSNSというアプリで、まことのアカウントがないかと検索しようとしたところだった。会えなくてもいい、写真だけでも、今どんな生活を送っているのかだけでも見たい、知りたい。そう思って。


砂山すなやま まこと……ってだれ?」

すぐにパソコンの画面を畳もうとしたけど間に合わず、理子が首をかしげる。


「昔、付き合ってた人」

「……そうなんだ。ミドちゃんにそんな人がいたなんて知らなかった。まだ、すきなの?」


仕方なく答えると、理子は少しトーンを落として真面目な口調で聞いてきた。


「やっぱり、だめだよね。もう向こうにも家庭とか、あるだろうし」


「そんなことないと思う」

「え?」

「ダメなんてこと、ないと思う」


理子がまっすぐ私を見る。


「付き合ってたんでしょ?それでまだ、好きなんでしょ?だったら少しくらい調べたっていいと思う。してみようよ、検索」


背中を押されるがまま、私は虫眼鏡のマークを押す。しかし結果は該当なしで、他に何パターンかまことのやりそうな名前を調べてみたけど、全部だめだった。


「やっぱそう簡単にいかないよね。いいよ、諦めるから」

「電話番号は覚えてないの?彼の」


盲点だった。確かに私はまことの家の番号を知っている。誠自身に連絡はできなくても、彼の親にならできる。


「確かに、そうだね。ありがとう。少し、考えてみる」


でも電話というのはハードルが高くて、すぐには決められなかった。


数日悩んだ末、電話してみることにした。うまくいけば誠と再会できるかもしれないし、失敗してもすっぱり諦められる気がする。


手が震えるのをこらえて、記憶を頼りに番号を入力する。覚悟を決めて呼び出しボタンを押すと、昔と変わらない呼び出し音が鳴った。緊張で心臓の鼓動が速まる。


「はい、砂山すなやまです」


受話器が取られ、女性の声がした。


「あの。私、海土路みどろ香苗かなえといいます。覚えてますか?」


深呼吸して伝えると、返答はなかった。忘れているのかと付け加える。

「誠さんの幼馴染だったんです。高校まで一緒で、それで」

「もしかして、本当に香苗ちゃんなの?」

女性は驚きつつも落ち着いた声でたずねる。

「はい、そうです。今はその、少子化対策で」

「そうなのね。また話せるなんてびっくりだわ」

「それで、電話したのは……誠さんのことで」

「ああ、誠の。誠のね……」


本題に切り込むと、彼女はそういって一旦口をつぐんだ。


「ねぇ、香苗ちゃん。こんなこと言うのはとても苦しいのだけれど」


嫌な予感がした。


「誠のことはもう、放っておいてあげてくれないかしら。あの子はね、もう……。

あなたの死を乗り越えて、別の幸せを掴んでいるの。だから……」


全身から血の気が引いて、頭が真っ白になった。平衡感覚が狂ってゆかに倒れそうになる。

「そう、ですよね。今更なんだよって感じですよね。私、どうかしてました。ごめんなさい」


何かがこみあげて痙攣けいれんするのどを必死に抑えて、私は声を発した。いや、発せていなかったかもしれない。

でもそんなことはどうでもいい。


そのやり取りを最後に、電話を切った。ベッドに倒れこむと頬に涙がつたう。


当然の結果だった。私は30年間死んでいて、誠は生きていた。いい人を見つけて結婚して、子どもを作って家庭を持って。幸せを掴んだ。そんな彼の前に、私が現れていいわけない。


諦めよう。そうするべきで、それが最適解だ。なのに、どうして。


私の心はわかってくれないのだろう。


結局その夜、私は理子になぐさめられながら泣いた。

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