第9話 空クジラへ
竹藪を覆っていた霧が薄れ、空クジラの巨体が青空を背景にくっきりと浮かび上がっていた。カサブランカは脚を慎重に動かしながら、成長した竹を支え、足場を確保していた。
悠真とアスカはカサブランカのスロープに慎重に乗り込み、その内部の安定した空間で息を整えた。カサブランカは竹を抱えるように絡みつき、ゆっくりと上昇を始める。
カサブランカが竹を登るたびに、地上の景色が遠ざかり、眼下に広がる森の全貌が見渡せるようになった。風が次第に強くなる中、カサブランカの脚は揺れを最小限に抑えながら、着実に進んでいく。
「見て! 森がどんどん小さくなっていく!」
アスカが歓声を上げ、悠真も手すりにしっかりと掴まりながら、遥か彼方の地平線を見渡していた。
「すごい……こんなに高い場所まで来た」
竹の葉が風を切る音が心地よく耳に響き、時折通り抜ける鳥の影が空を横切る。高所に達するにつれて、竹の節が細くなり始め、風がさらに強まる中、カサブランカの脚が慎重に動き、次のステップを計りながら動作を遅くしていた。
「あと少し……!」
悠真が竹の先端を見上げながら呟いた。彼らのすぐ上空には、空クジラの巨体が静かに漂っている。その巨大な口がゆっくりと開かれ、中から柔らかな虹色の光が漏れ、竹の先端を包み込んでいる。
「私たちを誘ってる……」
アスカが低い声で呟いた。
だが、その時だった。カサブランカの虹色の光が徐々に薄れ始めた。脚の動きも遅くなり、ついにはほとんど止まりかけている。
「カサブランカ……どうしたの!?」
アスカが叫ぶ。カサブランカは弱々しく光を明滅させ、エネルギーが底をつきかけていることを告げている。それでも竹をしっかりと支え、二人を落とさないよう最後の力を振り絞っていた。
「もう限界なんだ……ここまで無理をさせすぎたんだ」
悠真が焦りの声を上げる。風がさらに強まり、竹が大きく揺れるたびに緊張が走る。カサブランカの脚が一瞬滑りかけたが、再びしっかりと固定され、二人を支え続けていた。
「カサブランカ、ありがとう。私たち、ここからは自分で行くよ」
アスカが決意の表情で翼を広げた。その瞳には恐怖と覚悟、そして揺るぎない意志が宿っている。
「悠真、私が飛ぶ。一緒に来て」
「駄目だよ、僕には翼がない……」
「大丈夫。私が抱えて一緒に飛ぶ。信じて」
悠真がその手を掴むと、アスカは深呼吸して翼を大きく羽ばたかせた。風が彼女の翼を押し上げるように流れ、彼女の体がふわりと浮き上がる。
「行くよ、悠真! 絶対に離さないで!」
アスカが力を込めて叫び、悠真をしっかりと掴んだまま、空中へと舞い上がった。風の音が二人の耳元を抜け、揺れる竹とカサブランカの姿が遠ざかっていく。
そのとき、空クジラの巨大な口がさらに大きく開き、彼らを受け入れるように虹色の光が内側からあふれ出した。その光は温かく、それでいてどこか冷ややかな威圧感も漂わせている。
「どうやら本当に僕らのことを迎え入れようとしてるみたいだ」
悠真が呟き、アスカも頷いた。風に抗いながら二人は光の中に突き進んでいく。空クジラの口へと入った瞬間、彼らの体は柔らかな感覚に包まれた。光の向こうには広大な空間が広がっていた。
地球の日曜日 戸井悠 @toi_magazine
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