第8話 空への旅立ち

 翌朝、悠真とアスカは再び竹藪に戻り、目の前にそびえる一本の竹を見上げていた。その竹は他を圧倒するほど太く、空を突き刺すようにまっすぐに伸びている。


「すごい……これなら空クジラまで届くよ」


 悠真が呟くと、アスカが翼を広げながら頷いた。


「でも、この竹をどうやって登るの? 私が飛べたとしても、悠真は……」


 その言葉に、二人はしばらく黙り込んだ。竹は確かに壮観だったが、登るにはあまりに垂直だった。


 その時、カサブランカが虹色の光をゆっくりと明滅させながら、巨大な脚を動かし始めた。二人の間に立つと、その巨体を竹の根元に寄せ、まるで準備運動をするかのように動作を繰り返す。


「カサブランカ……何をするつもり?」


 悠真が首を傾げて見守ると、カサブランカはノズルのような構造を竹の表面に伸ばし、慎重になぞるように動かし始めた。その仕草はまるで、竹の状態を細かく確認しているようだった。


 そして、虹色の光が一瞬強く輝いた。次の瞬間、カサブランカは悠真とアスカの方を振り返り、体表からスロープのような構造を展開した。それは二人を迎え入れるための階段のようにも見えた。


「すごいよ……カサブランカは僕たちを運ぶつもりなんだ」


 悠真が驚きの声を上げると、アスカも気づき、嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう、カサブランカ。あなたも一緒に登ってくれるのね!」


 二人はカサブランカのスロープに慎重に足を踏み入れた。虹色の光に包まれた内部は驚くほど安定していて、心配していた揺れもほとんど感じられなかった。


 カサブランカは竹を巻き込むように脚を固定し、ゆっくりと上昇を始めた。その動きは静かで力強く、竹はしなやかに揺れながらもその強靭さでカサブランカの重量を支えていた。


「これなら安心して進める。カサブランカ、本当にありがとう」


 悠真が周囲を見渡しながらつぶやく。遠ざかる竹藪と広がる森の景色が、彼の胸に高揚感をもたらした。風が強まる中、カサブランカは慎重に脚を動かし、安定した登攀を続けている。


 その一方で、アスカはカサブランカが作り出した平らなスペースに立ち、翼を広げた。


「ここなら風を感じながら飛ぶ練習ができそう」


 アスカは翼を大きく広げ、バランスを取りながら風を掴む感覚を確かめている。カサブランカのゆっくりとした上昇が、アスカの練習にちょうど良い環境を作り出していた。


「まだ高く飛ぶのは難しいけど、少しずつ距離が伸びてきたよ!」


 アスカが笑顔で報告すると、悠真もその姿を見て微笑んだ。


「いい調子だよ、アスカ。その感覚をもっと掴めば、きっと空クジラまで飛べる」


 アスカはその言葉に力を得たように頷き、翼をもう一度広げた。風を切る音が心地よく耳に響く。彼女の瞳には確かな自信が宿っていた。



 夕方になると、空に不穏な雲が広がり始めた。風が強まり、竹の葉がざわつき、カサブランカの虹色の光が一層鮮やかに輝き始める。

 

 その中心から巨大な影が現れる――空クジラだ。

 

「空クジラ……!」


 悠真が指差す。空クジラは音もなく竹の上空に接近し、その巨体が彼らを覆うように影を落とした。柔らかい虹色の光が、空クジラの体からぼんやりと放たれている。それは美しくもあり、どこか不気味でもあった。


「まるで、ここに来いって言ってるみたい……」


 アスカが呟いた。その声には不安と期待が入り混じっていた。


「チャンスだよ、この位置なら竹が届く! 行こう!」


 悠真の言葉にアスカが頷くと、カサブランカが虹色の光を一層強め、その光は「任せてくれ」というの力強い意思表示だった。そして、カサブランカは脚を慎重に動かしながら、最終調整を始めた。


その時、後ろから勝二の声が聞こえた。


「おおい、悠真! アスカちゃん!」


 振り返ると、勝二が竹藪を歩いてこちらへ向かってきていた。足元をしっかりと確かめながら歩いてくる祖父の姿に、悠真は少し驚きながらも笑みを浮かべた。


「じいちゃん、ここまで来たの?」


「お前らを見送らんとな。せっかくこんな大それたことをやっとるんじゃ、わしが見届けんでどうする」


 勝二はカサブランカの虹色の光と、空クジラの巨大な姿を交互に見上げ、感慨深げに頷いた。


「お前さんらはきっと、この星にとって大事なことをやり遂げるんじゃろう。この先で何が待っとるか、自分の目で確かめてこい」


 その言葉に、悠真とアスカは力強く頷いた。


「ありがとう、じいちゃん。僕たち、絶対に空クジラを止めて、この星を元に戻すよ」


 悠真の目には強い決意が宿っていた。アスカも翼を広げ、風を受けながら勝二に微笑んだ。


「おじいさん、見守っててね。私たち、必ず戻ってくるからね」


 勝二は静かに頷き、両手を胸の前で組むようにして祈るような姿勢を取った。そして、目元を少し潤ませながら穏やかに言った。


「うまいもん作って待っとるよ」


 悠真とアスカはその言葉を胸に刻むように頷き、目の前の空クジラを見据えた。


「ここからが本番だね……」


 悠真とアスカは拳を握りしめ、目の前の空クジラを見据えた。


「行こう。この星の未来を取り戻すんだ!」

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