闘技都市アルムディラ 午前最終試合 拳闘士アレンvs大盾の戦士クリス

赤松和熊

拳闘士アレンvs大盾の戦士クリス

 闘技都市アルムディラ。複数の円形闘技場を有しており、ナイドレア大陸中から闘争の技術を競い合うために戦士達が集まる場所。

 雑兵の集まりであるノンクラスから始まり、いっぱしの戦士と認められるC級闘士。常人の限界に数えられるB級闘士。人でありながら人を超えた戦士とされるA級闘士。


 常に闘士達がしのぎを削り合う中で、第五円形闘技場では午前中最後の戦いが始まろうとしていた。



『さあ始まります!B級昇格戦への挑戦権がかかった試合です!』


 若くはつらつな女性の声が響くと、観客達の声援やヤジで円形の闘技場が揺れる。

 アレン・アンフィがここに来て1ヶ月。C級昇格戦の日はあまりにもうるさ過ぎて動揺していた事をアレンは思い出していた。


 『地道に勝利を重ね、B級昇格も見えてきたベテランの闘士クリス! 対するはC級昇格から一ヶ月で19戦無敗を積み上げた闘士アレン! どうですか解説のエドワードさん!』


『最初のC級昇格戦を含め、これまでの試合でも闘士アレンは実力を出し切っていない印象があります。経験豊富な闘士クリスがそれらを跳ね除けるか、勢いに乗った闘士アレンがそのまま駒を進めるのか。双方とも魔法戦士なので見応えのある試合になると思います』


 会場にうずまく熱気とは裏腹な冷静な男の声が両者の評論を語った。


『ハードスケジュールを駆け抜け、B級昇格戦に挑めるのか闘士アレン!3年の歳月は実を結ぶのか闘士クリス!』


 両者の装いは真逆。クリスは頭こそ視界を確保するため鉢金だが、板金鎧の下に鎖帷子を着込む重装備。対してアレンは平服と変わりないように見える、強いて言うなら裸足である事くらいか。


『両者開始位置に着きましたね』


 両者とも防御魔術の基本である防殻を纏うと、アレンは左前中段構えに構えて前後に跳ねるようにステップを刻む。クリスもアレンから全身を隠すように左腕に持った大盾を構える。


 これまでアレン自身がクリス氏の試合を見る機会こそ無かったが、クリス氏の戦歴は確認している。目下C級最上位の闘士、油断はできないが恐れ過ぎても意味がない。師匠達と比較すれば四病も吹っ飛ぶってものだ。


 彼我の距離は大体10m。俺の試合を一度でも見ていたなら、俺の初手は分かるはずだクリス氏。



『はじめっ!!!』



 大きな銅鑼が打ち鳴らされ、戦いが始まった。


 開始と同時にアレンが構えたまま前傾し地を蹴る。大気魔力を吹き出し推進力に変える魔術、絶影。これを併用した踏み込みによって瞬く間に加速し距離を詰めたアレンは拳の間合いまで踏み込み、速度と重さの乗った一撃をクリスに叩き込んだ。


 それへの答えは大盾の堅牢な守りによって返される、はずだった。がっちりと大盾を構えてアレンを弾き返しての追撃を考えていたクリスはあまりの衝撃に後ろに飛んで衝撃を流す。

 来るのは分かっていたが重すぎるぜ、こんな打撃を受け続けたら左腕が持たない。表情こそ変えないがクリスは内心で舌を巻いていた。


『やはり速い!ですが闘士クリス、反応しましたね!』


『申告によると絶影と呼ばれる魔術だそうです。動作の起こりが非常に分かりづらい高速移動ですね』


 受けられるのなんて承知の上だ。だが鎧で受けられるなんて思うなよクリス氏、身体の強化と防殻の重量を用いて金属鎧ごとぶち抜くのが拳闘士だ。

 アレンは距離を取ったクリスを追うように突っ込み間合いを詰めると、大盾を集中して攻め続ける事でクリスの行動を封殺している。


 とんでもない強打だ、大盾に強化と防殻を張ってなかったらそのままぶち抜かれちまう。

 大盾越しの重撃に左腕が軋む中、クリスは落ち着いて機会を伺っていた。一気に引いて誘い、合わせる。

 クリスはアレンの連打を嫌がったようにぐっと距離を離すが、逃さず大きく踏み込みアレンの左順突き刻み突きが刺さる。


 ここだ。クリス全力のシールドバッシュで順突きを弾き返しアレンの勢いを寸断した。アレンの体勢が崩れた瞬間を逃さず、大盾で半身を隠しながらクリスは長剣を差し込む。


 突く、突く、突く。長剣を腰だめに構えて刺突を繰り返し流れを掴むクリス、大盾と長剣の連携でアレンに迫る。クリスは要点を押さえるように、的確にアレンの接近を阻みながら攻撃を重ねていく。


『闘士アレン間合いを詰めきれない!大盾と長剣!攻防一体のスタイルで闘士クリスはのし上がって来ました!』


『流石闘士クリス、攻防のバランスの良さはC級でもトップクラスですね。得意な距離を押し付けていきたい所です』


『ですが闘士アレンもいい動きです!軽快に突きの連撃を避け続けています!』


 クリスに上手く切り返され、守勢に立たされたアレンは努めて冷静にクリスの刺突を避け続ける。

 腰だめに構えて素早く突き出す、引きも早い。なら、距離を取ってクリス氏に深く踏み込ませる。

 アレンがクリスの左側に大きく回り込むよう避け続けて深追いを誘うと、クリスは構えを崩さずに踏み込んで突きを放つ。


 攻撃から逃げるな、この攻撃の引きに合わせて間合いを詰める! 突き終わりの引きに合わせてアレンが拳の間合いに飛び込む。


 そう来るのは分かっている……! クリスが踏み込み左前から右前にスイッチすると、強化された身体能力により速度の乗った長剣が振り抜かれる。


 スイッチした!右足が前!切られる――


 クリスの全重量が乗った袈裟斬り。誘われたことに気づいたアレンはとっさに踏ん張って急制動をかけ、絶影ではじけるように大きく距離を離した。両者の間合いが大きく開く。


 一撃を外したクリスだが既に大盾をがっちり構えて戦意十分、アレンも体勢を立て直しステップを刻みながら己の油断を恥じていた。


 あぶねぇ、ステップインのタイミング読まれてたか? 違うな、クリス氏のペースに乗せられてたな。あのまま突っ込んでたら肩から腰まで一刀で両断されてた。

 間合いが離れれば回転の早い連続突き、インレンジは大盾耐えてバッシュで突き放す。クリス氏のミドルレンジに入れば威力精度共に高い袈裟斬りが振るわれる。動きも洗練されコンパクト、当然駆け引きもできる。


 強い。いままで闘技都市で戦った中でも随一と言っていい。

 肌で感じた実力にクリスの評価を改めるアレン。


 対するクリスもアレンへの評価を更新していた。

 素早い闘士なのは分かっていたが、ここまでシールドバッシュ以外は一撃も当てられていない。リズムを押し付け、誘いをかけて引き込んでの袈裟斬りが避けられるとはな。だがアレンもフットワークで崩せなかった以上、別の手段で崩しに来るはずだ。


 拳闘士であるアレン・アンフィにとっての戦いとは、武器を相手にいかに間合いを詰めるかが大半を占める。クリス氏にとってのミドルレンジは俺にとってのアウトレンジだ。引くことを考えず真っ向から打ち合って切り崩す!



『闘士アレンのステップが変わりましたね。跳ねるようなステップからその場で揺れるように変わりました!』


 クリスがじりじりと間合いを詰める中、アレンが飛び込む。これまでと同様に大盾越しの突きを繰り出すクリス。

 突き出される長剣に拳を当てると、滑るように長剣が逸れて空を切る。


『おぉ!アレン選手、刀身を弾きましたね!』


『武器の横から叩いて攻撃を逸らし、同時に体勢を崩すアレン選手の得意技ですね。対武器戦闘での防御技術の高さも彼の強みです』


『ですが闘士クリス動揺せず!絶やさず突いていきます!』


 突きの連撃に合わせるように攻撃を逸らし続けるアレン。顔色を隠してはいるものの、内心では一手しくじれば急所に突き立てられる恐怖と正面から対峙していた。

 過剰に弾く必要は無い、一つ一つ丁寧に逸らして間合いを詰めていく。


 ちっ、突きの動きを見せすぎたな。それなら――

 太腿狙いの下段突き。動きは中段狙いと変わらん、ここでアレンのスピードを殺す。


 狙いに勘づいたアレンはすぐさま重心を後ろに移し、左太腿に当たる瞬間を逃さず脚を内股にひねる。クリスの突きは太腿に張っている防殻をカリカリと削るが、それだけだった。


――馬鹿な。逸らされた!? いや防殻で受けて滑らしたのか!


 クリスの頭が驚愕に縛られたのを逃さずアレンは絶影を用いて密着できるほど踏み込み、クリスの間合いを完全に潰す。

これはいわば初見殺しの技だ、二度目は通じない。だからこそここで決める。


 踏み込みの勢いそのままに叩き込んだ左鈎突きレバーブローはクリスの肋骨を破砕し衝撃が肝臓に突き刺さる。

 四肢を武器とする拳闘士は大気魔力の制御力すべてを身体能力の強化と身を守る防殻に充てている。それがまともに直撃すれば同格同士の防御なら確実に打ち砕ける。


 っふざけるなよ!? 強化を施した板金鎧と防殻の二重装甲を、一撃で打ち抜くのか!?

 クリスの表情が激痛に歪むが、アレンは追撃の手を緩めない。


 そのまま二発目の左鈎突きレバーブローがクリスに突き刺さると、肝臓は潰され他内蔵も甚大な被害を被った。クリスの構えが前のめりに崩れ、引いていた顎が空く。


 これが最後の一撃だ、この三連撃でクリス氏の意識を完全に断ち切る!


 がら空きの顎にアレンの右拳アッパーカットが下から叩き込まれ、クリスの頭が引っこ抜かれるように大きく跳ね上がった。

 その勢いのままクリスの体から力が抜けて仰向けに崩れ落ちた。


 残心し警戒しながらもアレンは自分の勝ちをほぼ確信していた。

 危険な場面は何度かあったけど、真正面からの打ち合いにクリス氏が慣れる前に決めきれて良かった。


『闘士クリス仰向けに倒れましたっ!ですが闘士アレン、追撃しませんね?』


『闘士アレンが慎重なのか手段が無いのかは分かりません。あの三連撃を叩き込まれて立ち上がる事は無いという判断でしょう』



 無防備な状態で完璧に頭を揺さぶられ意識も混濁しているクリスだが、まだ意識を繋ぎ止めていた。


 …………まけられねぇ。


 ……負けられねぇんだよ俺は!


 闘技都市に来て3年、ずっと戦い続けてきたんだ! ようやく昇格が見えてきたんだ!

 肋骨がなんだ、内蔵がなんだ。ただぐしゃぐしゃになっただけで、諦められるかよ!


 反応の鈍い体を気合で起こし、大盾を支えにクリスが立ち上がり構えをとる。だが目に見えて限界、脇腹から血が流れており時折血を吐き出していた。


『――っ立ちました!闘士クリス、続行です!』


『体が心配ではあります。ですが闘士自身が続行する気ならば、我々に止めることはできません』


 負けねぇ、最後までやる。大盾越しのクリスの瞳が何よりも雄弁に意思を示している。


 そうだな、負けられない。負けられないのは俺も同じだ。強くなってあの夜を超えるために、今俺はここに立ってるんだ!



両者構えをとり、相対する。



 俺に残された力なんて無い。俺の持つ最長最高威力の一撃、それでアレンを倒す! 勝つ!


 見習うべき精神力だ。とことん付き合ってやるぜクリス氏!


 アレンが少しづつ間合いを詰める一方でクリスは動けない。既に限界を通り過ぎているクリスは残った力すべてを溜め、一撃で刺し貫くつもりだった。


 アレンにとってもクリスにとっても間合いの外。


 俺の間合いの少し外だ。まだ油断していてくれ、届いてくれ……!

 クリスが踏み込んで右前にスイッチ、残った制御力すべてを注ぎ込んだ一撃が突き放たれた。


 なにっ!?まだ間合いの――


 クリスが突き出した長剣が薄く光る。大気魔力が凝集され、形になる。狙いは喉、クリスの持つ能力すべてが込められた一突き。それが、伸びる。

 アレンは知っている。己を鍛えてくれた師匠の一人が同様の技を使っていた。


 それを知覚した瞬間、アレンは固形化された魔力の刀身に左拳を合わせ逸らしにかかる。


 ――重いっ。腕が、軋む。逸らせるか……!?


 クリス渾身の一撃はアレンの防殻を削りながら真っ直ぐ喉元へ進んで行き、アレンの左肩の肉をえぐり取った。


「……くそ、が」


 クリスは肉体の限界から意識を手放し地面に倒れ込んだ。


「……っふっーーー」


 構えを崩さずにいたアレンはすり減らした精神から膝をつき、長く息を吐き出していた。

 ……危なかった。あの突き、ほんの少しだけ俺の左側に逸れていた。そうでなければ今頃地に倒れていたのは俺の方だったかもしれない。



『そこまでっ! 勝者! アレン・アンフィ!』


 その一声とともに、選手入場時を上回る声援と拍手で円形闘技場が揺れる。


 勝利し栄光と上に昇る権利を掴み取った真の強者に万雷の喝采を。最後まで戦い抜き敗北した素晴らしき戦士に敬意をもって励ましの声援を。それが闘技都市の流儀だった。



『医療班! 急いで闘士クリス運び出して! こんな良い試合して死ぬのなんて許しませんよ!』


『白熱したよい試合でした。アレン選手も気づいていますが最後の一撃は固形化された魔力の刀身です。肉眼での視認性が悪く、間合いを誤認させる。アレン選手のように間合いを詰める闘士にはよく効きます。その上で――』



 実況と解説の談話が続く中、アレンは戦いを振り返りながら出口へ向かう。


 改めてクリス氏は良い戦士だった。だが全力を出し切れたか、で言えば否なのだ。最大開放の絶影は結局使わず、クリス氏の受けて耐える戦闘スタイルとの相性は俺にとっては良く、クリス氏にとって俺はすこぶるやり辛い相手だっただろう。


 次は、B級昇格戦。これまでの戦いが容易かった訳では無い。だが……


 格上の相手。望むなら、アレン・アンフィのすべてを出し切れる相手との闘争を。


 もっと、もっと強くならなければならない。奴に植え付けられたトラウマの夜を超えて、その先を掴み取るために。


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