竜娘


 竜は俺達を吹き飛ばす為だろうか、尻尾を勢いよく振り回した。

 普段なら避けられる所だろうが、今の俺達には緊張と咆哮への恐怖心で隙が生まれていた。


 俺達は尻尾に薙ぎ払われ、大きく吹き飛ぶ。

 受け身を取るが、痛みは失われない。


 ルナは何とか魔術で尻尾で叩かれた以外のダメージは負っていない。

 マリアはお得意の身のこなしで完璧な受け身を取ったようだ。


 俺はというと、頭を強打し頭から血が流れている。

 大きなダメージだが、ここで動けなくなるわけにはいかない。

 力を振り絞り、立ち上がる。



「シェイドを、守れなかった……傷付けられた? シェイドが? 許さない。許さない許さない許さない!!!」



 マリアは怒りのまま竜に突進して行く。

 ドラゴンは爪でマリアの進行を阻害しようとするが、マリアは華麗に避け大きく飛び上がる。



「ハァッ! 【閃光十文字】!」



 マリアの素早い剣技がドラゴンに炸裂する。

 ドラゴンは少しダメージを負った程度でびくともしていない。



「ハハッ……! バケモノだ……! シェイド、逃げて!」



 マリアは瞬足の速さで動き、動きが鈍った俺を背負って俺達が降りてきた場所まで移動する。

 完全に足手纏いだ、俺。



「ルナ、急いで!」



「了解、でもドラゴンがここから逃げ出したら、世界はどうなるんだろう。でも、世界よりシェイド」



 ルナは俺達の方向に急いで駆け上がるが、ドラゴンがそれを許さない。

 口に何かが溜まっていく音がして、ドラゴンの口から漆黒のブレスが放たれる。

 瞬間、ルナが【バリア】を貼り俺達を守ろうとするが。


 バリアは破られ、俺達はブレスを真正面から喰らう事になった。

 ブレスを喰らう瞬間も、ルナは俺を庇っていた。

 そのお陰だろう、俺はある程度は動ける程度まで被害が緩和されていた。



「シェイド、逃げ……て……」



「私達は良い、から」



 ルナが居ない状態で、どうやって逃げればいいのか。

 俺は痛感する、二人に頼り切っていた自分の弱さを

 そして実感する、倒そうと言い出した俺の無能加減を。


 ドラゴンはその間にも、俺達に近付いてくる。

 俺は二人の前に行き、二人を庇う。



「この二人は殺させない。絶対にだ……! 俺を殺しても、ここにある無数の骨に取り憑いてでもお前を殺してみせる……!」



 すると、何処からだろうか。

 大人びた笑い声が聞こえて来た。



「ふふ、結構結構。人間は脆いのう、脆いが故に儚い生き物じゃ。少し話をしようか、人間よ」



 目の前の巨大なドラゴンが、急に縮み出したかと思うと、人間大の姿になってしまった。

 女性らしい風貌で、背丈は女性の平均より20cm以上は上だろうか。

 


「誰、だ……?」



「無謀にも、お主らが挑もうとしておった竜じゃ。人間の姿になれるのは人間の世界の話には書かれておらんのか……人間の記録係も無能じゃのう」



 如何にも余裕綽々と言った態度で俺に話しかける。

 女は俺に近付き始めた。



「シェイドに、近付くな……!」



 マリアは立ち上がる。

 無理矢理剣を杖にして立とうとしていた。



「お主達は少し眠っておれ、それ以上動くと本当に息絶えてしまうぞ。ほれ、【スリープ】」



 竜の女はそう言うと、二人に魔術をかける。

 二人は優しい吐息を出しながら眠ってしまった、



「話なんて無い……殺すなら、殺せ……!」



「そう言うな、昔と変わらず人間は付き合いが悪いのう。妾達竜と、人間は共存しておったのは伝わっておるな?」



 昔読んだ伝記に書かれていた、竜が突然人間の町を焼き滅ぼし始めたと。



「……? 共存してたのは知ってるさ。でも、突然裏切ったんだろ?」



「突然ではない、人間は愚かじゃった……利己的で、欲の為に醜く争う。お主も、その目的だったのであろう? だから妾は抵抗したのじゃ」



 俺もただの欲深い人間。

 俺は爪や角を狙おうとした、昔の奴らと変わらない欲まみれの人間なのかもしれない。

 


「話を戻そう、妾達竜は人間を滅ぼそうとしたのじゃ。だけれども……小賢しい人間の悪知恵で、妾達を各地の地下に封印したのじゃ」



 封印したのも聞いた事がある。

 だけど、それが真実だなんて思っていなかった。



「主は妾の古ぼけた封印を解いてくれた者の一人……妾もお主の事を出会ったばかりだが好いておる。お主も実を言うと人間が嫌いじゃろう? お主の記憶を覗かせて貰った」



「なんで、そんな事がわかるんだよ……俺は別に……」



「お主は父親と比較され、幼馴染のそ奴ら二人と比較されてばかり。表向きでは仕方が無い、俺にも出来る事はあると言いながら……本心では悔しさのあまり涙が出そうだったのであろう? だからお主は妾の角や爪を狙った。誰かに認めて貰う為に、の」



 俺はそんな事を思っていない。

 いや、本心の何処かでは思っていたのだろうか。

 けれど、それは俺の全てじゃない。



「どうじゃ? 妾と共に来て、人間に復讐を果たそうぞ? お主に『シェイド』の名に相応しい能力を与えてやろう。妾の闇の力そのものを、な」



 シェイド。

 その名前の意味は闇なんかじゃない。

 父さんは言っていた。


 昔の自分を思い出させる、勇気ある少年に育って欲しいと。

 シェイドは思い出させる物。

 絶対に、闇になんか飲まれやしない。



「確かに俺の名前はシェイドだ。闇という意味もあるだろうな……でも、人間には苗字って物があるだろ? 俺はシェイド。『シェイド・サンライズ』だ!」



「未だ希望を失わぬ、か。本当に愛い奴じゃのう……妾に着いてくれば、永劫の幸福を約束しよう。どうじゃ?ふふ……」



「断る、絶対に!」



「どうしてお主はそこまでそやつら二人を守ろうとする。別に良かろう、人間は他人なぞ興味も持たぬであろう?」



「他人じゃない! 二人は……二人は、大切な人なんだ!」



 二人は大切な親友で、俺の……俺を認めてくれる人だ。

 そして、俺の好きな人だ。



「大切な人、か……そうじゃのう、妾もその『大切な人』とやらに入れてくれぬか? お主に出来る限りの事はしよう、どうじゃ?」



「人間を滅ぼすなんて妙な事をするのは辞めろ。そして、この二人に危害を加えるな」



「まだ戦う目をしておるのか……ふふ、ふふふ! お主の事、気に入ってしもうた! 妾もお主の仲間に入れておくれ? 共に旅をしようではないか……」



「断る。 俺は、お前を傷付けようとしたんだ……この二人に、俺の責任まで負わせる訳には行かない」



 俺は私利私欲の為に、愛する二人を利用した様な物だ。

 そんな俺に、新たな仲間だなんて重荷を背負える訳が無い。



「ふむ、そうか……では、そやつらを治してやろう。【アクティブ・ヒール】」



 竜の女がそう唱えると、二人の血や怪我がみるみるうちに消えて行く。

 二人は目を覚ますと、臨戦態勢を取った。



「シェイド、気を付けて。……さっきので、魔力が尽きたみたい」



「シェイドを守らなきゃ……私が……!」



 二人はあれほどまで、俺に振り回されたのに俺を守ろうと立ち上がる。

 俺は罪悪感で、どうしようもなくなっていた。


「二人共、この……竜は俺達を襲うつもりは無いみたいだ。あれは、抵抗だったんだ……全部俺のせいなんだ……」



「シェイド……大丈夫だよ、私も乗り気だったし!」



「シェイドは背負いすぎ。少しは私達にも責任を負わせてよ」



 俺は本当に、二人の優しさに助けられている。

 この二人に恩返しをしたくなった。

 ……結婚ポイントの言う事、聞いてあげよう。


「お話は終わったかのう。戻れぬのであろう? 笑妾の羽で上まで届けてやろう。そして、妾もお主の仲間になろう」



「シェイド、どうするの?」



「妾は嫌でも着いて行くぞ?」



「……好きにしてくれ、俺にお前を止める権利は無いよ」



「ふふ、契約成立じゃな。それでは戻ろうぞ。地上へと、な」



 俺達の間に、新たな仲間が増えた。

 ここから先、俺達の関係がどうなるかは把握する事は出来ないだろう。

 

 俺の自責の心が、酷く痛む一日だった。

 だけれども、これは成長になってくれるはずだ。


「シェイドよ、妾の名はローゼじゃ。お主は妾が抱いて運んでやろうぞ♡」



「辞めてくれ、本当……!」

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─ 俺を好きすぎる幼馴染二人に勧誘されてる俺、昔の約束通り1人だけ冒険者になっても追いかけられる。─ たいよね @taiyonekun

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