皇太后の葬列
鈴ノ木 鈴ノ子
こうたいごうのそうれつ
大聖堂での葬儀が終わり皇太后の亡骸は黒塗りの馬車へと移されてゆく。
その棺の後ろを皇帝と皇后、つまり私の父と母が続き、娘の私と妹達、親族が連なる。大聖堂内で深く頭を垂れた臣下の貴族達の合間を威厳と礼節かけて歩き、やがて外の馬車へと棺が安置される。
大聖堂の周りには臣民や市民の人込みで溢れていたが、誰一人言葉を発する者は居らず、ただ、ときより咳払いと風の吹音、その風に交じってすすり泣く声が悲しみを際立たせていた。
「リンゼ、後を頼んだよ」
「はい、父上」
喪服に身を包んだ国王や皇后そして妹達とは違い、私は国防軍近衛師団の軍服を纏っている。詰襟の軍服に軍帽と丈の長いブーツ、腰に吊っているサーベルは祖母が送ってくれたものだ。帝室の慣例に沿って墓地までは一族の誰かが一人で付き添う、近衛師団長を拝命している私はその大役を仰せつかっていた。もちろん、任じて貰えるように立ち回るつもりでもいたが、父はそのあたりを理解してくれいたようだ。
「総員騎乗!抜刀!」
愛馬に跨り私はサーベルを抜き慣例通りに先頭に馬を進める、200名が棺の周りとその前後を威嚇するように守るのも慣例だった。
『リンゼ、正しいと思ったことをしなさい、大丈夫、誰でも初めは怖いものよ』
祖母が耳元でそう囁いた気がした。
沿道の臣民と市民の目は悲しみで満ち溢れている。いや、国全体がそうなのだ、各地よりこの葬儀に参列するために様々な人々が集っている、東方、西方、南方、北方、村々や町から代表者が選ばれ一張羅を着ては参列し涙を流していた。
臣民にも市民にも、いや国外の人々にも慕われた皇太后、かつて口さがない連中はこう口にして蔑んだりもした。
【額の十字架】と。
彼女は我が国が長い戦乱の末に併合した国の民だ。
彼らは生まれるとすぐに額に十字を刻む十字架教を信仰しており、とても戒律が厳しく、身分制度も厳しい教義。その国の下級貴族の末娘として生まれ極貧の幼少期を過ごした。私の祖父、つまり前皇帝は放蕩の限りを尽くすロクデナシであり、征服した領地にたまたま顔を見せた折り、貧しくとも誰よりも美しい二廻りも年下の彼女に目をつけ強引に初めてを奪い連れ去った。
見知らぬ土地、敵国の女、さらに誰よりも寵愛を受ける女。
私だったら自裁してしまうであろう過酷な日々を過ごしながらやがて父を身籠ったのだ。
子を宿した母は強くなる。
男の子が生まれたことで皇后の地位をあてがわれた彼女は、子供を教育しながら、ロクデナシの皇帝が全権を与えたことで国政にも関わらなければならなくなった。
貧しさゆえの苦労を知る彼女の政策は決して穏やかなものばかりではなかった、時には軍を動員し反対派を根こそぎ根絶やしにした苛烈ささえもある。
だが、政策は確かなものばかりで、それを司る官吏達も優秀な者ばかりであったために、十年と経たずして我が国は各国列強と肩を並べるまでなった。各地にあった貧民街は消え去り、新しい家と新しい生活を得た彼らが暮らしている。もちろん、すべてではないけれど。
帝室の対外を除く普段の生活は質素なものとなり、年老いた皇帝がその生活の新鮮さに落ち着きを取り戻した頃に敵国は陥落した。臣民や市民は皇后が敵国に対し寛大な措置をとるかと考えていたようだが、決してそんなことは無く、寧ろ特権階級と十字架教に対して徹底的な血の粛清を行った。彼女の血縁さえも粛清の対象で、十字架教はその末端の司祭に至るまでがこの国の国教である聖教の裁判で背信者として火あぶりの刑に処された。国が宗教で支配されていたようなものであったから致し方のない。
皇帝と共に併合した領土や国内を精力的に巡幸して回っては触れ合い、人々の架け橋となるべく奮闘した彼女、自らの額の十字架を隠すことなく、晒し続けて人々と触れ合った彼女の姿は、恨み辛みが募る世界を一変させたといっても過言ではない。
世界で一番愛された皇后であり皇太后であった。
「総員、納刀!」
私はそう指示を出してサーベルを鞘に納めた。騎乗した将兵が後に続いて納刀を行い付き従う。
皇太后の道は威嚇するような警護をつけるような道ではない、彼女は臣民と市民と共に歩み、人生のすべてを捧げたのだ。このような最期が許されるはずがない。
「前へ進め!」
号令を発し葬列を進める。
くしくも雨が降って来た。冷たい、凍てつくような雨。
けれども誰一人として傘をさすことは無く首を垂れている、乳飲み子を抱いた母親でさえ雨宿りの軒先から頭を垂れていた。それは遥か先の墓地まで永遠と続いているのが見えている。
雨音と馬の樋爪と車輪の音だけが墓地まで続く石畳の道に響く、私は手袋をした手で額に十字を切る。
立派な皇太后、そして優しい祖母、その志を受け継ぐことを決意して。
皇太后の葬列 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki
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