国旗はためく影に

F-35B 七月二日 2時43分

「3、2、1、マークインターセプト(弾着)」

十秒間の沈黙。

「目標の破壊を目視で確認した。任務完了。入間基地へ帰投する。泉二尉の冥福を祈る。」


突入部隊 ボート

隊員たちは茫然と沈みゆくネレウスを眺めていた。「隊長、中尉は……」

「起立できるものは起立。」

隊長が厳かに言う。

「泉健一二等海尉に対し、敬礼!!」

ザッ!

全員が敬礼した。一人の同僚に。一人の英雄に。誰かの息子であり、誰かの友人である彼に。

「隊長」

「池田しゃべるな!」

腕を失った池田三曹が急に目を覚ました。自分の腕がなくなったのもお構い無しに彼は急いで聞く。

「ネレウスは、ネレウスは停まりましたか?」

「ああ、たった今俺たちの仲間が止めたぞ。」

「よかった、本当によかった。隊長、私には嫁はありません。しかし故郷に残した姉が気がかりであります。姉に伝えてください。弟は死ぬまで仲間に囲まれて幸せでしたと。お願いします。」

そういうと池田も眠るように息を引き取った。いずもの緒方艦長から無線が届く

「被害状況知らせ」

「戦死二、重傷者一、軽傷者三、他は無事です。」

「……ご苦労だった。いずもに帰投せよ。」

「了解」


巡視船 さがみ


事件の経過を無線で聞いていた艦橋では死亡した二人のために一分間の黙とうが捧げられた。平時の海保、有事の海自で役割は大きく異なる。しかし同じ日本の海を守る人間が命を落としたのだ。せめて最大限の敬意を示そうという雰囲気が船を包んでいた。しかし悲しんでばかりではいられない。ここからはの出番だからだ。加藤船長は叫ぶ。

「ここからは海保の仕事だ!オイルフェンスを張れ!重油の拡散を防ぐぞ!」

応援の巡視船も続々と到着した。放水銃をネレウスに向け、船体の温度を下げる。

「漂流物を回収しろ。生存者がいれば救助せよ。しかし十二分反撃に留意せよ。」

放水銃とともに機関銃も周辺にむけておく。生き残った敵が発砲してくる場合があるからだ。海上保安官がボートに乗り、船に近づいていく。全員が拳銃を海面に向け構えながら、慎重に証拠品を押収する。

「加藤船長!突入した隊員の遺品を思われるものを回収しました!」

一人の職員が声をあげた。その手には自衛艦旗のワッペンが握られていた。加藤は拡声器を用い職員に命令を伝える。

「おそらくご遺体の回収には至らないと思う。すまないがそちらのボートは遺品回収を専門にしていただきたい。海自にそしてご遺族に一つでも多くのもの残して還してさしあげたい。」

海上保安庁は事態収拾と捜査に全力を尽くし、約一週間後に現状回復を完結した。犯行は東南アジア系のテログループにより行われたと発覚。目的は東京湾に侵入したのちに、放射性物質を脅しに使い。日本の公安警察にある敵対グループの情報を要求することと、日本の刑務所に収監されている仲間の解放であった。ヘリを操縦できるものが犯行グループにおり、ヘリを要求して撤退するつもりだったらしい。一連の捜査の結果、日本国内の拠点はすべて発見され各都府県警の組織犯罪対策課と機動隊により次々に制圧された。


事件対策本部


「作戦成功、自衛官が自身のGPSを目標にした空爆を要請しこれを成功させました。」

会議室にいた統幕長、国交大臣も胸が裂けそうな思いがあった。しかし一人だけ。

「ばんざーい。作戦成功だ!!やったぞ!大手柄だ!世界にテロに屈しない日本をアピールできる。」

金田国交大臣は黙って、子供のように、いやただのクソガキのようにはしゃぐ総理大臣に近づいて、

ゴッ!

思いきり股間を蹴り上げた。衛視も警官も誰も止めなかった。全員が冷ややかな視線を送る。

「ううう。」

豚のような醜い悲鳴をあげてうずくまる。

「現場の人間の命はあなたは何も考えていないのはよくわかりました。この場には他の大臣も野党議員もいます。次の選挙であなたは絶対に勝たせない!」

涙を流しながら女傑金田が叫んだ。


防衛省 殉職自衛官慰霊祭 事件発生三か月後


泉健一  二等海尉  三等海佐に特別昇任させる


池田康介 三等海曹  一等海曹に特別昇任させる 


命をすてて ますらおが 立てし勲功は 天地の

あるべき限り語り継ぎ 言い継ぎゆかん後の世に

妻子に別れ 親をおき 国家のためと 尽くしたる

その勲こそ 山桜 後の世かけてなほ語れ

親兄弟の名をさえに 輝かしたる丈夫は

この世にあらぬ後もなお 国の鎮めとなりぬべし


鎮魂歌「命を捨てて」より


総勢約1000人の自衛官の歌声が東京に響き渡る。ひとえに二人の同僚を弔うために。風は強く、防衛省の上に高く、そして力強く自衛艦旗がはためいている。弔辞には先の総裁選挙で交代した金田総理が登壇し、また泉健一三等海佐、池田康介三等海曹への感状を読み上げた。


泉健一の感状


日本国海上自衛隊の泉健一二等海尉は、特別警備隊の小隊長として従事していた際、2030年7月2日に東京湾で発生した一連の任務において、自衛官としての義務を超える勇敢さを示した。


いずもに乗艦していた泉二尉と彼の小隊は、テロリストに占拠されたタンカーにおける人質救出と放射性物質の保護という重大任務に迅速に対応した。彼らは速やかに艦橋を制圧し、全員の人質を無事救出することに成功したが、仕掛けられた爆弾の影響で成田二等海曹と堺三等海曹が負傷。泉二尉は即座にヘリによる救助を要請し、負傷者を安全な位置に退避させつつ、敵の待ち伏せを受けたデッキ後部で小隊員と共に応戦した。


その際、タンカーが石油コンビナートに接近していることを確認。テロリストがエンジンを停止させないよう細工していると見抜いた彼は、排気口から手榴弾を投げ込みエンジンを停止させる計画を立案。隊員たちの援護を受けながら、激しい攻撃下を排気口へ突進し、二名のテロリストを無力化するも、この過程で腹部に致命傷を負った。それでも彼は全隊員に船外への退避を命じ、意識が朦朧とする中でも援護射撃を続けた。小銃の弾薬が切れると敵の落とした銃を拾い、それも尽きると9mm拳銃を使用して最後まで戦闘を継続。敵部隊をデッキ後部に足止めし、小隊員全員の退避を成功させた。


その後、エンジン停止が不可能と判断した泉二尉は、自身のGPS座標を目標に空自へ直接空爆を要請。「私の覚悟を無駄にするな」という言葉を最後に通信は途絶えた。彼の行動はタンカー突入を阻止し、不特定多数の命を救っただけでなく、外国人船員の全員を無事保護。これにより日本国への国際的信頼を高め、わが国の国益に寄与した。


泉健一二等海尉の英雄的かつ自己犠牲を伴った行動は、自衛官としての最高の献身の伝統に完全に適合するものであり、彼および特別警備隊、さらには海上自衛隊全体への国民の信頼を著しく高めた。ここに栄誉を讃え、彼を三等海佐に二階級特進させるとともに、第一号防衛記念章を授与する。


二人は自衛隊初の第一号防衛記念章の受賞者となった。それは名誉と呼ぶべきか悲劇と呼ぶべきか、しかし命を賭して祖国を守った人間は国家の誇りと思われるべきだろう。今回の一件をただの悲劇ではなく、日本国自衛隊初の特殊作戦の成功として記憶し忘れぬこと。それが生き残った人間の使命だと。あの地獄から帰った隊員たちは誓った。最後に彼女の弔辞の一節を紹介してこの物語を締めくくろうと思う。


「私たち日本国民はそのに尊い自衛官や海上保安官の方々の犠牲があることを努々わすれてはならなりません。日本人は祖国のためにどこの誰が血を流したか決して忘れは致しません。」


「国旗はためく影に」完



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

国旗はためく影に 鉄のクジラ @steel_whale_88

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ