犠牲

泉がエンジンルームへの手りゅう弾の投擲を成功させた。そのことは特警隊を一時を安堵させたものの、そのあとすぐに作戦は失敗したとわかった。エンジンは止まるどころかむしろ加速しているのが感じ取れた。


ネレウス甲板 突入から27分 石油コンビナートまで47分

「畜生ダメだったか」

泉は唇を噛み締めた。戦いを続けている後部デッキに目をやると弾が切れたようだ、二人とも標準装備の小銃を捨てて、敵の死体から拾い上げた銃を使って応戦していた。腕は圧倒的に我らの方が上だ。しかし、撃っても撃ってもゴキブリのように湧いてくる。よく見ると幸村准尉も左手をかばいながら戦っている。撃たれたようだ。暗がりでよく見えないが、訓練で見せる精強さに陰りが見えた。海自の精鋭班全員が死ぬ気で戦ってこの様だ、一般部隊なんか突入したものなら今頃死体の山を築いていたことだったろう。息を殺しながら自分の弾も数える、小銃に15発、拳銃が7発。死体からはぎ取った方がいいな。「AK47、カラシニコフ」、へっ、テロリストどもの標準装備じゃないか。よく映画で見たな。そもそも俺が海自に入った理由もネイビーシールズの映画に憧れてだっけ、こんな状況で俺は何を考えてるんだ。隊長の叫び声、空から飛来するF-18攻撃機、いや現実と映画のシーンが混じってきている。生臭い鉄の臭い、硝煙の臭いが鼻孔をくすぐる。空爆で吹き飛ばされる。まずい本当にげんじ、待てよ。

「おい三班!ウランは持ち運びだせるか!?」

「少量だから持ち運べるがどうした?」

よかった。やはりカタギじゃないから少量しか積んでない。

「何分かかる?」

「どこにもってく?」

「船外だ!そとにボートで持っていけるか?」

「何を考えている?」

「もっていけるかと聞いている!質問に答えろ!」

よしこの作戦なら絶対この怪物は止まる!!!

「隊長すぐに船外に退避してください!!」

「何を馬鹿なこと言っておるか?」

「自分に考えがあります。こいつを止めるにはそれしかない。たぶん敵の残党はエンジンルームにこもってます。舵も効かないようです。」

「どうするんだ。」

「空自に沈めさせる。自分が誘導します!!」

「危険すぎる承認できない!」

「死ぬつもりはありません!私は特警ですよ!」

その覚悟を決めた言葉に隊長は首を縦に振らざるを得なかった。

「わかった。」

「こちら海自部隊、航空支援の要請をする。」

「どういった内容か」

「対艦ミサイルでタンカーを沈めてほしい。」

「無理だ、近くに船舶が多すぎる。誤射のおそ……」

「俺が誘導する!!頼む時間がないんだ!!」

泉が空自とコンタクトを取る中でも、退避は着々と続く、ケガをしてない人質の力を借りて次々と救命ボートが海の上に咲いていく。艦橋から降りてきた二人の隊員が杉元らと合流し、重傷者二人を守りながら安全にボートに収容していく。成田は意識があり、なんと自分でロープを結んで見せた。杉元が「流石だな」とほほ笑むと火傷で真っ黒になった顔の唇が少し動いた。笑ったんだろう。

「わかった、F-35Bを向かわせる。要請者の所属、階級、氏名は?」

「泉健一、二等海尉。海上自衛隊特別警備隊、横須賀小隊だ。」

「了解した。あと15分で到達する。貴官も船を離れられよ」

突入部隊がタンカーが離れていくのを見た泉は何かを察したような目でほほ笑んだ。タンカーの竜骨(キール、船の背骨、ここを破壊すると船は真っ二つにさける)の当たりまで最後の力を振り絞って走り出す。視界がかけている。痛みはないがしびれたような気持ちの悪い感覚が腹のあたりいっぱいに広がっている。だが行かなければならない。今、この日本を守り抜けるの俺しかいない。その誇りだけが泉を前に前に進めていた。キールの上にくるまでにもう一度敵と白兵戦を演じた。視界は白黒だが必死にあがく。敵のヘルメットを奪い、髪の毛を重いきり掴み、そのまま壁に何度となく打ち付ける。殺意とは違う。しかし、鬼のような形相で前に進む。止血しているとはいえ流血はある。手足が冷たくなってきている。急がなければ。

「誘導方式は?」

管制官が問う。

「GPSだ。」

「GPSの番号を教えよ。」

「JMSDF-SBUYP-011」

「もう一度!」

「JMSDF-SBUYP-011」

「それは貴官のGPS番号だろう!」

「そうだ!俺を目標に爆撃しろ!」

「そんなことはできない!」

「俺一人死んで、首都圏を護れるなら本望だ!いいか、俺の覚悟を無駄にするな!」

「しかし……」

「おい貴様、それ以上口答えするなら貴様は国防の義務を放棄した裏切り者だぞ!」

「っ……本気なんだな。了解。貴官の覚悟を尊重する。目標はJMSDF-SBUYP-011。」

「ありがとう。」

遠くから巡航ミサイルの音が聞こえてくる。その破壊力は悪魔のようであるが、泉の耳には天使の歌声に聞こえた。入隊した日、特警隊の選考に進んだ日、全ての選考を修了して徽章を手にした日。いろんな日が脳裏に甦る。この28年の人生の終わりがこんな終わり方をするとは夢にも思わなかった。でも全く悲しさも辛さもなかった。やり遂げたことへの誇り、今までだれ一人として経験したことのないであろう戦闘による興奮で頭がいっぱいであった。

「これが戦場ドラックか」

戦地では極度の緊張から脳内にドーパミンが出る量は性行為の三倍以上に達する。戦争から帰還した兵士が戦場を懐かしく思ったり、二度と同じ快感が得られないと絶望し自殺することすらあるという。泉はもうすでに自分が普通ではない人間になったと確信した。そして同時に安堵した。家族や友人の中の記憶に残る自分は戦場ドラックに染まった自分ではなく、優しい自分であるはずだと。ミサイルの飛行音がさらに近づく、日本の独立と平和を守る、自衛官としてこれ以上栄誉ある死があろうか。泉健一二等海尉は静かに目を閉じた。

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