第3話 もうできないこと

 別に宿泊の予定もなかったが――町で宿を取った。

 買ってしまった奴隷、リズと落ち着いて話せる場所がほしかったからだ。

 私はまた改めて――彼女と対面する。

 好きだった人に似た少女と。


「……あの、わたしの顔に何かついていますか?」


 リズは気まずそうな表情でそう問いかけてきた。


「ああ、ごめん。そういう訳じゃないんだけど……」


 反射的に謝ってしまう。

 すると、リズは申し訳なさそうな様子で、


「い、いえ、謝られるようなことでは……」


 そこまで言ったところで、言葉を濁してしまう。

 しばしの静寂の後、私は改めて――自己紹介から始めることにした。


「私はロエナ・アレグリー。主に傭兵稼業をして生活してる」

「傭兵、ですか? わたし、戦闘もあまり得意では……」

「別に、戦ってもらうために買ったわけじゃないから」

「では、どういった理由で……?」


 ――当然、気になる理由ではあるだろう。

 だが、当然のごとく理由は話せるようなものではない。

 前世の記憶があって、好きな人に似ているから買った――そんな話をすれば、どう考えてもおかしな人だと思われてしまうだろう。

 どう答えたものか、と考えていると――


「……わたし、淫魔の血を継いでいるのに、その能力もまともに使えないから――奴隷として売られることになったんです」


 不意に、リズはそんな風に切り出した。


「正直、奴隷になってもいいとは思っていました。だって、それでも必要とされるなら。でも、やっぱり――わたしに求めることなんて、ありませんか?」


 リズの表情は不安そうだった。

 ――買った以上は、何か理由がある。

 私が上手く答えられないから、そんな疑問が生まれるのだろう。


「……変な話だとは思うけど、好きな人に似てたんだ」

「え?」


 私の言葉を聞いて、リズはきょとんとした表情を浮かべた。

 正直、私は取り繕うのが苦手だ。

 だから――最低な理由で買ったのは違いないんだから、嘘は吐かないことにする。


「好きな人にはもう会えないんだけど……その、姿が本当に似てたから。だから、あなたのことを買ってしまった。こんな理由、絶対によくないっていうのは分かっていうんだけどね」

「わたしが、ロエナ様の好きな人に、ですか?」

「うん」


 頷いて、私は視線を逸らす。

 ――あるいは、幻滅されたかもしれない。

 こんな人間に買われることになるなんて、という気持ちを持たせてしまったかもしれない。

 ただ、私が彼女を買ってしまった理由は、もはやそこにあるのだから。


「そんなに、似ているんですか?」


 リズはそう言いながら、私の顔を覗き込んでくる。

 視線が合って、思わずまた逸らしてしまうほどには。

 話し方や性格は違う――別人なのだから当たり前なのだが、その姿や雰囲気はそっくりだ。

 これもまた、あくまで前世の記憶に起因してるだけのはずなのに――見た目が一緒なだけの彼女のことをすでに好いている。

 やはり、最低なのだと思う。

 そんな私に対して、リズは言葉を続ける。


「……もし、そうなのだとしたら、いいですよ」

「……?」


 いい、という言葉の意味がすぐに理解できなかった。


「わたしが好きな人に似ているのだと言うのなら、その人にもう会えないのだと言うのなら――好きな人にしたかったこと、わたしにしてくださって構いません」

「――」


 私は驚きに目を見開いてしまった。

 そんなこと、考えもしかなかった――いや、考えなかったはずはない。

 好きな人に似ているから買った。

 その先のことを、少なくとも予想できなかったはずはない。


「いや、そんなこと……」

「わたしは、あなたの奴隷ですから。必要としてくださるのなら、どんな理由であろうと嬉しいです」


 リズはそう言って、まるで私のことを誘惑するようにして、手を握る。

 その手は少し震えていたけれど――先ほどとは違う。

 彼女は本当に、私に必要とされたいと願っているようだった。

 誰にも必要とされないから、どんな形であれ、必要とされないと願っている。

 まるで縋るようで――私はそんな彼女の手を握り返す。

 好きな人にしたかったこと、もうできないこと。

 もちろん一緒に出掛けたり、食事をしたり、やりたいことはたくさんある。

 けれど、そんな風に声を掛けられてしまっては――私も自分の理性を制御できなくなってしまう。


「本当に、いいの?」

「わたしは淫魔ですけど、才能も何もないですから。ただ、そういうことで必要としてくださるのなら」


 ――これからすることは間違っているのかもしれない。

 だって、好きな人に似ているだけなのに。

 それだけで奴隷の少女を買って、私のしたかったことをする――何度でも言うが、私は最低だ。

 でも、彼女も望んでいるのだから――そう言い聞かせて、私は彼女と口づけを交わす。

 押し倒すようにして、望むままに『もうできないこと』をする。

 ――好きだった人によく似た彼女と、私は不純な関係になった。

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転生したら前世で好きだった人にそっくりな奴隷少女を見つけてしまった 笹塔五郎 @sasacibe

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