オマケ「スカウト」編
軽い気持ちで配信したヒカリとメイちゃん(桂川さんの名前だ)の結婚式動画がバズった。
数日後、大手芸能事務所のルミナスプロダクションから連絡が来た。ようするに、スカウトだ。
正直、迷っている。ルミプロは大手で、有名な配信者が多く所属している。ルミプロに入れば、ヒカリの人気は不動のものとなるだろう。
だがそれは、今以上に他人の目につく機会が増えることを意味する。万が一、会社の上司や同僚にヒカリが僕だとバレたら、全てが終わる!
「……というわけで、ルミプロのスカウトを受けるか迷っているの」
結局、一人では決められず、メイちゃんに相談した。「ヒカリ」の悩みなので、このためだけにわざわざメイクをして、女装して、同じマンションの別フロアにあるヒカリルームへ移動した。
メイちゃんは驚くでもなく喜ぶでもなく、神妙な面持ちで話を聞いていた。
「最近やけに難しい顔をしていると思ったら、そういうことだったのね。いいわ、私に任せて」
「何をするつもり?」
「そうね……まず、ヒカリちゃんのスマホを貸してくれる?」
僕は言われるまま、メイちゃんにヒカリのスマホを渡した。学生の頃から使っているお気に入りで、シールやラメでデコってある。
メイちゃんは慣れた手つきでロックを解除すると、どこかへ電話をかけた。
「あ、もしもしー。ヒカリのマネージャーをしております、阿田間賀メイと申しますー。先日いただいたスカウトの件ですが、ぜひお受けさせてください!」
「ちょ、メイちゃん?!」
スマホを取り戻そうと、手を伸ばす。メイちゃんはひらりひらりと僕をかわし、あっという間に通話を終えた。
「はい、解決したよ。明日、事務所に面談に行ってね」
「行ってね……じゃ、なくて!」
僕は語気を荒げる。いくらメイちゃんでも、今回ばかりは勝手が過ぎる!
「ぼ……私、まだスカウト受けるか悩んでるって言ったじゃん! 勝手にオッケーしないでよ! だいたい、メイちゃんはいつから私のマネージャーになったの?!」
「正確には、マネージャー兼プロデューサー
ね。ヒカリちゃんは知らないと思うけど、私だって裏でいろいろと活動しているのよ?」
「例えば?」
「ヒカリちゃんを動画やSNSで紹介したり、非公式ファンクラブの管理をしたり、グッズの製作・販売したり、アンチコメや二次創作物の見回りしたり、盗撮されないようにパトロールしたり、この部屋に盗聴器が仕掛けられていないか調べたり、とか」
「め、めちゃくちゃ働いてくれてるぅー?! あ、ありがとう」
「当然よ。それが私の趣味……じゃなくて、マネージャーの仕事ですもの。安心して? 私が撮った写真以外は世に出回っていないし、盗聴器も私がつけたもの以外は破壊したから」
「それは安心……"私がつけたもの以外"は?!」
「事務所に入った後も、マネージャーは続けるつもりよ。ヒカリちゃんの良さを一番分かっているのは、私だもの。いくら相手がルミプロでも、これだけは譲れないわ」
「私、まだ所属するか決めてないんだけど……」
メイちゃんは僕の鼻先を指差した。
「いい? チャレンジしたいと思ったときに、都合よくチャンスが転がってくるとは限らないのよ? 特に、タレントは鮮度が命! 人生は一度きり! 行けるとこまで行っちゃいな!」
「お、おっす!」
そのメイちゃんの言葉は、迷っていた僕の心に突き刺さった。
翌日、僕はルミプロの面接を受け、晴れて所属が決まった。メイちゃんも僕のマネージャーを続けるために隣の部屋で面接し、ルミプロに転職した。
ついでに、芸名もHIKARI☆に変えた。「ヒカル」と「ヒカリ」……本名と一文字違いなんて危険すぎる。よく今までこの名前でやってきたな、とゾッとした。
ルミプロ加入を境に、HIKARI☆は人気配信者の仲間入りを果たした。あの時、メイちゃんの後押しがなければ、僕はここまで成功しなかっただろう。
会社の人にも、今のところ気づかれてはいない。たぶん。
「ヒカルって、HIKARI☆ちゃんにちょっと似てるよなー。もしかして……」
(ぎくっ!)
「妹だったりして?!」
(ホッ)
気づかれて……ないよな?
カツラもバレたし、女装もバレた 緋色 刹那 @kodiacbear
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