エンディング
011
卯遠坂先輩をおばさんの運転する車でおばさんが懇意にしている警察署へ護送することで、無事に事件は解決した。
この事件は殺人ではなく死体損壊の罪として処理されるし情状酌量の余地もあってそこまで大きな罪にはならないだろう。と、おばさんは帰りの車で説明してくれた。
心救われる話だ。
さて、お待ちかねの後日談。
という訳にはいかなかった。
「さてぱずるくん。君の推理を聞いて無事に犯人を警察署に送り届けて万事解決万々歳の一本締めで締めたいところだけれど、どうにも腑に落ちないところが多くてね。少し聞いてくれないか」
部屋に入るなり休む暇もなくおばさんは言う。
これは長くなりそうだと判断して、僕は制服を脱ごうとしたのに腕を掴まれて捕まってしまった。
「そう逃げるものじゃないだろう」
「おばさん、最近はタイパって言葉が流行ってるの知ってますか?」
「知ってるよ。対専用パーティの略だろう? ゲームはやってないけどそれくらいは知ってるさ」
「むしろそっちを知ってる方が僕は驚きなんですが」
「若者の流行りは押さえておかないと仕事に支障があるんでね」
そう思うなら長話はやめてほしい。そういうのは流行らないんだから。
「まあまあそう言わずに聞いてくれ。どうしても気になる事なんだ。鮫アリアさんが自殺した動機、これは今調べているところだからその内判明するとして、きみが動機に辿り着いたのも納得しよう。ただね、きみの披露した動機には少し引っ掛かることがあった」
「別に犯人が納得したんならいいんじゃないですか。真犯人捕まったんですよ」
「それは犯人が納得したのであって、犯人の本当の動機は別にあった可能性を否定することにはならないよ」
「……どういうことですか?」
「卯遠坂衣織ちゃん――衣織ちゃんも学校ではだいぶ敬遠されてたようだね」
「そうですね。
「それも学校で聞いたよ。けど、彼女だけはどうにも違った。彼女は恐れられて、畏怖されていた」
「まぁ……そういうところはありましたね」
おばさんに淹れられたホットココアをかき混ぜながら、次の言葉を待った。自分のココアを淹れ終えた後に、おばさんは続ける。
「衣織ちゃんは話を聞く限り、というか聞こうとしても情報が出て来なくてね。みんなどういうわけか彼女の事になると口を噤んでしまうんだよ。まるで何かを恐れてるように」
「それが何か今回の事件と関係があるんですか?」
「あるか無いかで言えば無い、とは言い切れない。けど今のままなら裁判には影響が無いだろうね」
「勿体ぶった言い回しですね。つまりどういうことですか」
「きみから見た衣織先輩は、慈愛に溢れた聖女のような人物なんだろう。けれどきみ達以外から見た衣織ちゃんは全く別の顔を持っていたという事だ」
「…………」
「きみは今回の事件を『自分が罪を被ってまで他人の名誉を守ろうとする気持ち』が動機だと言ったけれど、私は真逆の感想を持ったよ」
ホットココアを一口飲んで、間を置いて――まるで僕に覚悟させるみたいに――続けた。
「衣織ちゃんは生徒を支配していた。慈愛なのか暴力なのか恐怖なのか、それは判別しかねるけれど、中でも彼女の意のままに動いていたのは
「滅茶苦茶な理屈じゃないですか」
「滅茶苦茶な憶測だよ。けれど、説得力のある憶測だと思うよ。文化部の部室に木刀やダンベルがそう都合よくあるかな。アリアさんが自殺する前日に鍵を掛けず、自分と同じくらいの重量の重りをドアノブに引っ掛けていたのは何故かな。まるで首を吊ることを前提に動いていたようにしか見えないじゃないか」
「……そんな」
そんな、なんだというのか。
僕たちのことを何も知らない人間の滅茶苦茶な憶測だ。
「もちろん何の証拠もない憶測だ。けれど仮にもし自殺する理由が衣織ちゃんに由来するとしたら、その理由は推測できる」
「……なんですか?」
「それは……いや、よそう」
ふと、なにか思うところがあったのか。おばさんはそれ以上語るのをやめた。
「人でなしとはいえ、これは乙女の秘密を暴くのは野暮だ」
「そこまで言っときながら隠しますか?」
「大人になればわかるよ。あるいは雫石鏡学園でしっかり学べばね」
「意味が分かりませんよ」
「なら尚更学ぶべきだ」
「何をですか」
「人の気持ちをだよ」
それを分からない人が言う事かと思ったけれど、喉まで出かかっていたその言葉をココアと一緒に流し込んだ。
人でなしなんて、まったくいいものではない。
それとも、エンゼル様にドーナツを献上すれば人の気持ちが分かるようになるのだろうか。ついでにホワイトデーのお返しをドーナツで済ませれば一石二鳥だ。
春休みになったらエンゼル様を探してみようか。
雪が解けたらだけど。
つみきとパズルと奇異人倶楽部 ナインバード亜郎 @9bird
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