一鳥一会

プラセボ

1話完結

『見ろまるで卵が黄金のようだ』

 私は熱々の湯気が出ている親子丼を見てそう叫びたくなりました。卵は食堂の照明で光輝いていて湯気は天井へと上がっていきます。湯気とともにだしの匂いが私の鼻孔と食欲をくすぐりだしました。親子丼が入っている容器も釜揚げうどんを入れる桶みたいなのを使っていてなんだか本格的です。カウンターしかないさびれた食堂で期待していなかったけれど、穴場のお店を見つけたかもしれません。

 ですが問題は見た目より味です。

 私は親子丼の中心に乗っているお月さまみたいな卵黄をスプーンで割ってみました。すると何ということでしょう! お月さまはオレンジ色の川になって黄金の地面を勢いよく流れて行くではありませんか! 私は心を踊らせながら親子丼をパクっと口にいれてみました。

 おいしい。

 口の中で卵黄と卵がうまく絡み合っていきます。卵は固すぎず柔らかすぎず。さっきまで卵の中に隠れていた鶏肉も脂身が少なくて私にはありがたいです。ご飯も親子丼のだしを吸って良い味がします。かといって吸いすぎてもいないのでご飯がふにゃふにゃになってもいません。

 卵も鶏肉もご飯も文句なしの百点満点です。

「良い食べっぷりだな、お嬢ちゃん」

 一心不乱に食べていて気がつきませんでしたが、右隣の席にはいつのまにか作業服のおじさんが座っていてスタミナ定食を食べていました。作業服の背中の面には会社名がでかでかと書いてあります。

「はい。お腹がぺこぺこだったんです。大学の講義が長引いて昼休みが潰れてしまったので」

「おお! そりゃ大変だったな。俺は卒で大学なんか物好きで変なやつばっか思ってるんだけど、大学ってどんなやつがいるんだ?」

 私はどういう説明をしたらいいのか迷いましたがこう答えました。

「大学はいろんな方がいますよ。外国人の方もいれば私の友達には女性なのに坊主の方もいます。確かに皆さん変わってらっしゃいますし、私も変わってるとよく言われます。」

 おじさんはご飯をかきこみながら「やっぱり変わったやつが多いのか」と私のほうを見て言いました。

「でもそれでいいと思います。自分と全く同じ人生を歩んできた人間なんてこの地球上にはいません。調べたわけじゃありませんが、ずーっと同じ学校に通って会社も同じで定年退職後の老人ホームも同じになる人はいないはずです。だから、自分から見たら他人はどこか変わっていて当たり前なんです」

 私はなんで食堂でこんなに熱弁してるのだろうと恥ずかしくなりました。ふとおじさんを見るとなぜか箸を持ちながら私を見て固まっています。

「そうだよな。なんだかちょっと感動したよ。変わってないやつなんていないよな。なんか失礼なこと言って悪かった」

 おじさんはそう言って立ち上がって「親父! お嬢ちゃんの親子丼も俺のにつけといてくれ」と厨房の奥に叫びました。

「困ります。初対面の方にご馳走になるなんてできません」

 私がそう言うと「いいって。いいって。こうやって食堂で出会えたのも運命だ。払わしてくれ」とおじさんは言いました。

 私はこれ以上断るのもかえって申し訳ないと思って、おじさんのご好意をありがたく頂くことにしました。

「分かりました。その代わりまたどこかでお会いしたら今度は私がご馳走させてください」

「おう。期待しとくぜ」

 おじさんはそう言ってレジへと歩いていきました。

 まさかこんな体験ができるとは。親子丼は私のお腹を満たすだけでなく、私とおじさんを引き合わせてくれました。

 私は感謝の気持ちをこめながら親子丼をまた食べ始めました。


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