赤い先輩
七草葵
赤い先輩
「助手くん助けて!」
爆発音とともに、絹を裂くような悲鳴が聞こえる。
「しょうがない人ですね。今日は一体どんな失敗をしたんです?」
わざとらしく肩をすくめつつ尋ねる。
「それがね、実は……」
賢い先輩は、パニック状態でも理路整然と経緯を説明してみせる。
そのギャップに、僕は思わず吹き出してしまう。
これが僕たち――魔術学校機械魔術科の日常だ。
* * *
とある海の果て――そんなものがあればの話だが――のとある国の、果ての果ての田舎にある街。そこに、魔術学校はある。
人間は誰しも潜在的に魔術的能力があり、その力の特性を正確に把握し、活かし方さえ間違わなければ確実に魔法を使えるようになる。というのが、ここ数世紀の通説だ。
魔術を生かして何かを成したい、という志望動機の元に入学する生徒たちは、適性検査を経て己の特性にあった科へと配される。
そこで僕は、機械魔術への適正を認められたのだった。
「かのアーサー・C・クラークは言った。『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』と」
先輩は、精巧な子犬ロボットの頭を撫でながら得意げに言う。
「だから、科学技術と機械魔術の境目というのは非常にあいまいなんだ。魔術を用いて機械を操るよりも、科学に基づいて機械を動かすほうがずっと分かりやすくて実用的だとする向きもある。だから機械魔術の才能を持つ者が、機械魔術を活かそうと志し、さらにその思いを保ち続けるのは至難の業なんだよ」
僕の代わりに相槌を打つように、子犬ロボットが「わん」と鳴いた。
「機械魔術科唯一の一年生である君に、私は多大な期待を抱いているんだ。分かるね?」
今度は子犬ロボットさえ相槌を打ってはくれなかった。この話は入学以来毎日のように聞かされているからだ。愛想がいいことに定評のある子犬ロボットでさえ、ほとほと愛想が尽きたのだろう。
仕方がないので、僕自ら口を開くことにする。
「そこまで期待をしてくれているなら、命の危険を覚えるような実験に巻き込まないでくださいよ」
「おや、私がいつそんなことをしたかな」
「毎日のようにしてるでしょう。昨日も旧校舎の一角を吹き飛ばすレベルの爆発を起こしたばかりじゃないですか」
「建築魔術科の生徒たちは、良い練習になると好評だったのだからいいじゃないか」
「最初のうちはそうでしたけど、近ごろは『またか』ってうんざりされてますよ」
「おや、そうなのか? 堪え性のない奴らめ」
「なんて理不尽な……。今の発言を聞かれたら、次は壁に埋められますよ」
「ほう、『黒猫』かい? 古典を引くとは、君もなかなかやるじゃないか。ポーならば私の好みは……」
「それとなく話をズラさないでくださいよ」
まったく飄々としてつかみどころの無い先輩だ。困った人だが、しかしどうにも憎めない。
眼鏡の奥で輝く、好奇心に満ちたなつっこい瞳のせいだろうか。
先輩のキラキラした目に見つめられると、不思議と負の感情が霧散してしまうのだ。
それどころかこちらまでつられて好奇心の塊となってしまう。先輩の行動に、つい惹きつけられて目が離せなくなってしまうのだ。
「機械魔術科の生徒がふたりしかいないからって、私物化していると先生たちに怒られますよ。先輩の実験って、だいたい授業の課題と無関係じゃないですか」
先輩の瞳の呪縛から逃れるように、つい憎まれ口をきいてしまう。
「ふふ、私に手抜かりがあると思うかね? すでに根回しは済んでいる」
先輩は白く細い指で、眼鏡の縁をクイと上げた。度の強そうなレンズが白く光る。
「い、一体何を」
「私が卒業するころに教えてあげよう。この秘密は一子相伝だ」
「学校の一学科に一子相伝の秘密なんて作らないでくださいよ……」
先輩が何をしたのかは謎だが、彼女を敵に回すのはどうやら危険であるらしい。
「そうそう。今日の放課後は空いているよね、助手くん」
「はあ、まあ……」
「昨日の失敗を活かして、今日も実験を行おうと思っているんだ。それを手伝ってもらおうと思っていてね」
「昨日の今日で大丈夫なんですか……?」
きっと今日も建築魔術科の人たちにお世話に頼るハメになるだろう。
分かってはいるけれど、先輩の瞳の輝きを曇らせる気には、どうしてもなれないのだった。
* * *
「やあ助手くん」
ある日の放課後。
いつものように科学魔術科の教室へ行くと、いつものように先輩が待っていた。
「さあ、今日も実験を始めようか」
さもいつものように、先輩が微笑みを向けて来る。
「…………」
「どうした、助手くん?」
首を傾げる彼女から、僕は目を逸らした。
「助手くん?
彼女が訝しそうな声を出す。
その声のもっともらしさに、少し胸が痛んだけれど、そんなものにほだされているいる場合では無かった。
「……先輩、どこにいるんですか? どこかでモニターしてるんでしょう」
「何を言っているんだい、助手くん。私はここにいるよ?」
目の前の先輩らしきモノが、ぎこちなく笑う。
その微笑みに、胸が締め付けられるような痛みを感じた。
「…………」
思わず歩み寄り、そのまま冷たい身体を抱きしめる。
「助手くん?」
狼狽した声が耳元で聞こえる。
僕は彼女の首筋を指先でなぞり、襟の中へと指をもぐりこませた。
目的のものを探して、服の中をまさぐる。
「…………!」
ビク、と先輩らしきモノが震える。
首の付け根に、とうとう目的のものを見つけた。
「君は先輩じゃない」
突起を押下する。
瞬間、糸が切れたように先輩らしきモノの身体が頽れた。
「先輩」
僕は虚空に向かって声をかける。
コレが先輩ではないことは分かっても、巧みに身を隠している先輩の潜伏場所までは分からないからだ。
魔力を集中すれば、モニター用のカメラの位置くらいならば把握できるかもしれないけれど……正直、先輩の姿を模したものを抱きかかえているという状況に、今さらながら動揺が生まれていた。こんな精神状態では、まともに魔力を行使できそうにない。
「やれやれ」
やがて、根負けした様子で先輩が現れた。……ベランダから、鏡を携えて。
「てっきりカメラを仕掛けて、別室でモニターしているのかと」
「隠匿魔術をかけていない機械を置いておいたら、すぐキミにバレてしまうだろう。さっきはただでさえ、彼女への魔術で手いっぱいだったし」
先輩は唇を尖らせた。「まさかこんなにもすぐ気付かれるとは思わなかったな。生体偽装は完璧だったはずなんだけど」
「僕が先輩を見誤ると思ってるんですか?」
思わず言ってしまってから、失言だったと気付く。こんな言い方、僕が先輩を特別視していると証言しているようなものだ。
「…………」
案の定、先輩の顔が少し赤らんでいる。
「あ、あの、先輩。今のは……」
「…………」
弁明が追い付かないほどの速度で、先輩が近づいてくる。そして、自分によく似たロボットへと手を添えた。
「ひとまず、彼女を返してくれ。君に抱きしめられているのを見ていると……その、妙な気持ちになるのでね」
「は、はい……」
先輩に、先輩によく似た機体を明け渡す。ぐったりとした彼女を、先輩はそっと椅子へ座らせた。
「私の生体偽装魔術もまだまだだな。いや、君の勘が鋭いのか。今日のために何度か実験はしたが、丸一日の授業くらいなら教師の目ですら誤魔化せたというのに……」
「先生相手に何をやってるんですか……」
僕が第一の犠牲者かと思いきや、先に被験者がいたとは。
「なんでまた、こんな機械を作ったんですか?」
いつもの先輩の実験とは、種類が違うように見える。
「だって……」
先輩はもごもごと口ごもる。
いつも立て板に水と理屈も屁理屈も並べ立ててみせる先輩にしては珍しい。
「先輩?」
問い直すと、先輩は観念したように肩を落として目を逸らした。
「私が卒業したら、助手くんが寂しがると思ってね」
いつになく自信なさそうな先輩の顔は、真っ赤に染まっていた。
つられて僕まで顔が熱くなる。
「そりゃ、もちろん、寂しいですけど」
羞恥心をかなぐり捨てて、絞り出すように言った。
「……先輩の代わりなんて、誰にもなれませんよ」
僕の言葉に、先輩は顔を上げた。
噛みしめるように、たっぷりと時間をかけて、まじまじと僕を見つめる。
やがて。
「そ……そうか」
先輩は照れたように笑った。
眼鏡の奥で、他の誰とも見間違えようもないキラキラと輝く瞳が、いつも以上に潤んで見えた。
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赤い先輩 七草葵 @reflectear
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