第2話
でも、建物の陰から現れた人物に、オレは呼びかけることも忘れた。
「嘘だろ」
現れたのは、大人に近い見た目の少女だ。オレやユイよりも5歳ほど年上だろう。金色の髪に、青色の瞳、やわらかそうな白い肌。
きれいで、かつてオレは、ウィルにぴったりな女だと思ったことすらある。
3年前より少し背が伸びたくらいで、あまり見た目に変化はない。
「スレア、さん?」
ユイが、その名を口にする。
3年間、行方をくらませていたウィルの恋人が、オレたちの目の前にいた。
「久しぶりね、ユイに、それからコリスも」
スレアが口を開く。落ち着き払った、知性すら感じる声。
青色の瞳は、オレたちを見つめていた。
ウィルと目を合わせると、幸せそうに輝いていた瞳。
「い、生きてたんだ。よ、よかった。ずっと会えなくなってたから、心配していたんだよ」
ユイが、再会を喜ぶ言葉をかける。でも、ユイの声は震えていた。手も、髪も、恐怖で揺れている。
オレも、体がこわばるのを感じていた。
スレアが現れるのがあと数分だけ早ければ、少なくとも、ユイが家を襲ったかもしれない者の名を口にする前ならば、オレは何も知らないまま単純に再会を喜んでいただろう。
「ええ、ふたりともずいぶん背が伸びたね。3年前はあんなに小さかったのに」
スレアが、にっこりと笑みを浮かべる。
3年も行方をくらませ、街のみんなを心配させていたにしては、図々しいくらいに親しげだ。
「今まで、どこにいた? 心配していたんだぞ」
「それは言えない」
「じゃあ、どうして今ごろになって帰ってきた。オレたちに何の用だ?」
本当は、スレアを信じたい。
ウィルは、ユイと同じくらいに、スレアを大事にしていた。スレアもウィルを、妹やオレを大事にすることも含めて好きだったはずだ。オレやユイと4人で街に遊びに出かけたことだってある。
ウィルとスレアの後ろ姿を見るのが、オレの新しい楽しみだった。
ユイの家に火を放ち、恋人の妹に傷を負わせる真似をしたなんて、信じられない。
ユイの見間違いであってくれれば……
「私に用事があるのは、ユイよ」
「わ、私に?」
「ええ、コリスは関係ない。本当はこの魔法、ユイだけにかけるつもりだったんだけど、コリスまで巻き込まれるなんてね。きっと手をつなぐなりして、巻き込まれたみたい」
スレアは、魔法のことを知っている?
でも、だとしたら、わけがわからない。ユイに何かしたのか?
「何が言いたいんだ? 魔法はもうなくなった。街に使える人なんていない」
「本当は魔法のことを知っているんじゃないの? コリス」
スレアは、魔法のことは知らないはずだ。ウィルも、魔法のことを打ち明けるのはまだ先だと言っていた。
「あなたは、3年前にウィルの魔法で生き長らえたんだから」
「えっ?」
返す言葉が浮かんでこない。
代わりに、3年前の災厄の火での痛みが頭をよぎる。
暗闇に包まれた街。そこでウィルと一緒に倒れていたオレ。煙に嗅覚をやられ、炎と瓦礫に囲まれているのに、立って逃げることも、まわりに助けを呼ぶこともできずにいた。
腹に、爆風で飛んできた木片が刺さっていたから。
「3年前の災厄の火で、コリスは死にかけた。それを助けたのはウィルでしょう。魔法で傷を癒して、自分を犠牲にして」
「コリスくん、それどういうこと?」
背後のユイが聞いてくる。
スレアの言葉に惑わされるな、と言うことができない。
ずっと、ユイには話さなかったことだ。3年前の厄災の火で、爆発があった街区にいたのに、オレが無傷で戻ってきた理由。
「でも、あなたはウィルを置き去りにしたよね。ウィルは、一緒に死にかけていたあなたに治癒魔法をかけた。助かったあなたは、そのまま安全なところまでひとりで逃げた。そうでしょう?」
スレアの言葉は、事実だ。
爆風に飛ばされて、地面にたたきつけられて、気がついたときには、腹にものが刺さっていた。
血が噴き出ていた。
体が引きちぎられるばかりの痛みに叫ぼうとすると、口から声の代わりに血が吐き出された。嗅覚が煙でやられ、炎に囲まれているのに、オレは立って逃げることもできなかった。
ただ、怖かった。
だから、ウィルが魔法をかけて、刺さった木片が体から抜けて傷が癒され、再び立って動けるようになったオレは……
「やめて、それ以上は」
「あなたはウィルを見殺しにした。助かったかもしれないのに」
スレアが、容赦もなく追求してくる。
あれは、怖かったからだ。
あそこにいたら、死ぬだけだった。今よりも小さかったのに、大人と変わらない背丈のウィルを運んだりできるわけがない。
……でも、そんなのただの言い訳だ。
「コリスのせいで、彼は死んだ」
青色の瞳から怒りが向けられる。さっきの取り繕った親しさは微塵もない。
ウィルの仇だと、明確に敵意を向けていた。
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