第3章 友達の兄の恋人
第1話
スレア・エビス。
なんで、家を襲ったかもしれない人として、ウィルの恋人の名前が……?
「え、何?」
病院の建物に入ったユイが急に頭を手で押さえた。その場に膝をつく。
「おい、どうした? 具合が悪いのか?」
オレはユイを立たせようと、その手を取る。
そのとき、オレにも変なことが起きた。
體に痺れが走って、うまく力が入らなくなる。
「何だよこれ」
床の上に膝をつく。まわりの人に助けを求めたいけど、声も出せない。目をぎゅっと閉じて、苦しいのに耐える。
……と、体の痺れが急に消えた。オレは目を開けた。手は、思い通りに動く。立ち上がることもできた。
隣では、ユイも立ち上がっている。
変な感じは残っているけど。
「コリスくん、大丈夫?」
ユイは、普通に話しかけてくる。
「平気みたいだな」
「何だったんだろ。急に暖かいところに入ったからかな」
「そうかもな。とにかく行かないと。ソフィアさんにもさっきのことを……え?」
オレは、変な感じの正体に気づいた。
病院のロビーに大勢いた人たちが、いないのだ。長椅子に座っている人も、歩き回っていた看護師や医者も、いない。
病院の話し声も、行き交う人々の足音も、すべて消えた。
「何これ? 病院の人たちはどこ?」
ユイにも、見えているものは同じらしい。
「外はどうなってるんだ」
オレは引き返す。
街の異変は、病院の中と同じだった。
通りに人はいない。まだそんなに離れていないはずなのに、テトのふわふわ揺れる赤毛も見つからなかった。
人が、急に消えた。
オレたちふたりだけが、世界に取り残されたみたいに。
「誰かいないのか!」
オレは大きな声を出す。
街に声がこだまして、そして応じる声はない。
さっきまで活気に満ちていたミササギの街。
そこから人だけを取り除いたみたいに、無人の街となっていた。
「……魔法だ」
ユイがつぶやく。
「魔法?」
「神隠しの魔法。図書館の本に書かれてた。かけられたら、他の人たちに見つけてもらえなくなる魔法だよ。そこにいても触れることができなくなるし、声を出しても聞いてもらえない」
「まさか、ここの人たちみんなかけられたのか?」
「ううん、かけられたのは私たち。街の人たちは何もおきていないはず。私とコリスくんのことが見えなくなっただけで」
ユイは、足元を見た。
「ここに魔法が仕掛けられていたんだと思う」
まるで何者かが、ユイがここに来ることがわかっていて、待ち伏せていたような位置だ。
何かの意図を感じる。
「とにかく、みんな無事なんだな」
「私たちが急にいなくなって、変だって騒ぎ始めているかも」
でも、だとしたら、おかしいことがある。
「なんで、オレらがそんな魔法にかかってるんだよ。魔力を持っているの、ユイだけなんだろ」
世界から魔法は失われたといわれて久しい。
オレも、ユイやウィル以外に魔力を使える者を知らない。
ユイがかけたわけでもないだろう。そんなことをする意味がないし、街の人たちからオレたちが姿を消したように見られているとすれば、ユイが怪しまれるだけだ。
「ほかに魔力を持っている人がいるってことも。隠しているだけで」
ユイが言っていることは一理ある。
隠しているだけで、魔力を持つ者が他にいたとしてもおかしくない。みんなが魔法は失われたと言っているから、オレも考えたこともなかったけど。
「じゃあ、そいつは何がしたいんだよ」
そのとき、視界の隅で何かが動いた。足音が聞こえる。人が消えたはずの病院の前の通りを、歩いてくる者がいる。
「誰かいるんですか?」
ユイが声を飛ばす。
オレも期待した。
異常な事態に、人がひとりでも多くいれば助かる。
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