第2話
朝食の用意を終えたところで、オレはユイのいる客間に向かう。
扉を叩こうとして、オレの手は止まった。
昨夜、ユイに冷たくしてしまったから。彼女はウィルの話をしただけで、何の悪いこともしていないのに。
「コリスくんなの?」
部屋の中から、扉越しにユイの声がした。
「起きているのか?」
「うん、さっきね。ちょっと待ってて」
ぱたぱたと足音が近づいてきて、扉が開いた。
ユイの栗色の瞳と目が合う。
「おはよう」
やわらかな笑みを浮かべて、挨拶をしてくる。
昨夜、オレが冷たくしたというのに、気にしていないのだろうか。
「朝ごはん、用意できたよ」
オレも気にしていないふりをして、ユイに伝えた。
「わかった。すぐ行くね」
オレは体をどけて、ユイを通す。
客間の扉を閉じようとして、気づいた。
ベッドの脇のテーブル。その上に、赤色の小さな布袋が置かれている。
中身は、コインほどの大きさの、そこらに転がっているような石ころだ。
「持ってきてたんだ」
オレがつぶやくと、ユイは足を止めた。振り返って、テーブルの上の布袋に目をやる。
「うん、なくしたくなかったから、逃げるときにとっさにポケットに入れたの」
布袋の中身の石は、3年前の厄災の火の後、ウィルが倒れていた場所に転がっていたものだ。
ユイはなぜか、この石を大事にしている。
ウィルとの思い出の物なら、他にもたくさんあるのに。
「だめだったかな」
「別に、ちょっと目についただけだから」
オレはユイをリビングに連れていく。
「おはよう、ふたりとも」
「ユイ、よく眠れたかしら?」
先にいたナトリとハンナが、オレたちを迎える。
父さんと母さんはふたり並んで座っていて、向かいのふたつの椅子が空席だ。つまり、このままだとオレは、ユイと隣同士で朝ごはんを食べることになる。
「お、おはようございます」
ユイは、テーブルに並べられた朝ごはんを見つめていた。サラダに、まだ湯気を上げている目玉焼きに、パン。4人分がきっちり並んでいる。
「朝ごはん作るの、私も手伝おうと思ってたのに」
「そこのコリスが作ったのよ。ずっと早く起きてね」
――母さんったら……!
「ばらすなよ」
「コリスくん、料理得意だもんね」
隣でユイに笑みを浮かべられて、オレは頬が熱くなる。
「す、座れよ。目玉焼きが冷めるだろ」
本当に昨日の夜に冷たくしたこと、気にしていないみたいだ。
「ありがとう、おいしそう」
ユイは空いている席に座った。
オレも仕方なく、ユイの隣に座る。
「いただきます」
ユイがフォークを手に持つ。
こいつ、オレが作ったと聞いて、遠慮がなくなったような……
でも、
「痛い」
ユイの手から、フォークがこぼれ落ちた。床に落ちて、大きな音が鳴る。
「ユイちゃん、大丈夫?」
「大丈夫です。傷がうずいて」
ユイは言いながら、昨日の襲撃者に切りつけられた腕を押さえている。
「ユイ、無理はしなくていい。まだうまく動かせないだろう。コリス、手伝ってあげなさい」
「イヤだよ、なんでオレが」
つい、ナトリに反抗してしまった。でも、隣のユイは、痛そうな顔をしている。
「……いいや、わかった」
立ち上がった。床に落ちたフォークを拾い、キッチンに行って、代わりのフォークを持ってくる。
そのフォークで、ユイの分の目玉焼きを食べやすい大きさに切り分けた。
「ほら」
目玉焼きのひときれを、ユイの口元に運んでやる。
「ごめんね」
「謝らなくていいよ。腕を怪我しているんだから」
ユイは、そのまま目玉焼きを口にした。
こんなこと、本当は嫌だ。
でも、ユイは腕を怪我しているのだ。片腕がうまく使えないので、できないことはたくさんある。
変な意地を張っている場合じゃない。
オレは自分の朝ごはんを食べるのを後回しにして、ユイの食事を手伝っていく。先にユイのお皿が空になった。
「ごちそうさま。おいしかったよ。あと、ごめんね」
「だから、謝らなくていいって。仕方がないんだから」
再びしおらしくなったユイをよそに、オレは急いで自分の朝ごはんを食べていく。
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