第2章 翌日の朝

第1話

 3年前に、ウィルは死んだ。

 春の、あまりにも空の青がきれいな、晴れた日だった。


 ミササギの街の中心部で大きな火球が現れて、建物が吹き飛んだ。

 昼間なのに黒煙で空が暗くなり、燃えている建物の瓦礫が、灰と一緒に空から降ってきた。

 三百人を越える人が亡くなり、何千人という人が負傷して、家を失った人も多い。そのときの火球が地面をえぐった跡と、その周辺のかつて家だった瓦礫は、今も残っている。


 厄災の火。


 魔力が衰退する原因となった千年前の大戦からとって、街の人たちはその日の出来事をそう呼んでいる。


 原因は今も不明だが、街の人たちは噂している。ミササギの地下にいまだ埋まっているという、魔法石。魔力の根源であり、もう枯渇したといわれている鉱石が、今もミササギの地下に残っていて、それが暴発したのではないかと。


 そして、その犠牲者たちの中に、ウィルも含まれている。


 ウィルは、爆心地の近くで発見された。周囲を炎が囲んでいる中で、傷まみれで、爆発で砕け、尖った瓦礫が背中に刺さっていた。


 オレとユイが見つけたときには、すでに息絶えていた。


 ユイと距離をとるようになったのは、それからだ。

 学校へ行くのは別々になったし、教室でも、オレは男友達とからむことを増やした。ユイはそれでも、ことあるごとに話しかけようとするし、学校が休みの日に遊びに誘おうとしたこともあるけど、オレは相手にせず、誘いもほとんど断った。


 兄が好きなユイは、いつもウィルと一緒だった。オレにとっても、ユイのそばにはウィルがいて、妹を守っているものだと思っていた。

 だがユイと一緒にいると、彼がいなくなった現実を突きつけられる。

 それが、たまらなく嫌だった。




 朝、オレは目を覚ますと、キッチンへと向かった。エプロンをまとって、冷蔵庫から野菜や卵を取り出す。

 まずはレタスを切りにかかった。ユイも食べやすいように、いつもより細かく刻んでいく。

 家族の分に加えて、もうひとり分の野菜を切り終えたところで、コンロに火をつける。

 油を引いたフライパンに、卵を割って入れた。塩の瓶に手を伸ばしたところで、ユイは濃い味が苦手なことを思い出して、量は控えめに卵に塩をまぶしていく。


「おはよう、コリス」

 教会で朝の祈りを終えて戻ってきたハンナが、背中から話しかけてくる。

「朝食、作ってくれてありがとう。いつもはまだ寝てるのに」

「寝てるのに、は余計だよ。今はユイがいるんだから。ああ、パン切っておいてくれる?」

 オレは目玉焼きを作りながら、母さんに指示を飛ばす。

「ええ」

 息子がこき使うような言い方をしたのに、ハンナは素直に棚からパンを取り出した。

「ユイの分はなるべく薄くして。食べやすいように」

 オレはさらに指示を飛ばす。


「……張り切っているわね」

「朝食を作るのがひとり分増えたんだ。ちょっと急いでいるだけだよ」

「昨日もそうだったけど、ユイのためだったらがんばるのね。あまり話しかけようともしなかったのに」

「昨日あんなことが起きて、家にも帰れないんだ。あいつを放っておくことなんて、できないよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る