第4話
その後、警察が来て、ユイは客間で話を聞かされることになった。
襲ってきた者の心当たりとか、特徴とか、火を放たれたときのこととか、いろいろ事情を聞かれて、落ち着いたころには、いつも寝ている時間になっていた。
「ソフィアさん、無事に助け出されたんだって」
警察が帰っていった後、オレは入れ替わるように、客間に入って、ベッドの上のユイに伝えた。
ユイの瞳がぱっと輝く。
「本当? お母さん、無事なの?」
「ああ。今、街の人が教えてくれた。足を怪我したみたいで病院に運ばれたみたいだけど、命に関わるほどじゃないって。ちなみに、家の火も消し止められたらしい」
「……よかった」
ユイは、目に涙を浮かべている。
「でも、犯人は捕まってないらしい」
怒りはある。
ユイとソフィアは、ただの親子だ。静かに暮らしてきただけ。
襲われて、家に火を放たれる理由なんて、これっぽっちもない。
「襲ってきた奴の心当たり、本当にないんだな」
「うん」
「とにかく、お前はここにいたらいい。警察の人も話していただろ。夜通しで警戒してくれるから。犯人だってへたに手出しできない」
「お母さんは、大丈夫かな?」
「ソフィアさんがいるのは病院だ。外の人間が夜中に襲うなんてできないし、あそこも警察が見張ってくれる」
「うん」
「じゃあ、もうこんな時間だし、寝なよ」
「そうだね」
ユイは、笑みを浮かべた。安心したように、オレをじっと見つめている。
「ユイ、どうして笑ってるんだよ」
「ほっとしたから。コリスくん、まだ優しかったんだね」
優しい? オレが?
「私を助けてくれただけじゃなくて、ここにいてって言ってくれたでしょ」
さっきオレは、ユイにここにいさせると言った。
後からいいってことになったとはいえ、父さんや母さんが許したわけでもなかったのに。
「当たり前だろ。家が燃えて、こんなに寒いんだから。ここにいられないってなったら、どこに行くんだよ? 優しいとか、そんなの関係ない」
「でも小さいときから、コリスくんは私が困っていたらいつも来てくれた。今日もだったね」
「偶然だよ。お前を見つけたのはたまたまだ」
「嘘でしょ。大急ぎで走ってきたの、私、見てたよ」
ユイが、笑みを浮かべる。
「ありがとう。すぐ駆けつけてくれて」
小さい頃と変わらない笑顔だ。ほんわりとした、見ているとこっちの気分まで和んでしまいそうになる。小さい頃のオレは、ユイのこの笑顔を見るたびに嫌なことも忘れてきた。
まだ、こんな笑顔を向けるのか。
3年間、ユイから距離をとり、近づかれるたびに冷たくしてきたのに。
「それにこの部屋、懐かしいんだ。覚えてる? よくお兄さんと3人で一緒に遊んだよね」
お兄さん――ウィル。
オレは大きな声を出しそうになるのを、必死で抑える。
「コリスくん、お兄さんが魔法でロウソクに火をつけたり、物を浮かせたりするのを見て楽しんでたでしょ」
オレは拳を握る。
このミササギの街では、魔法は滅んだと言われている。誰も魔力を持つ者はいない。
例外が、ウィルとユイの兄妹だった。兄妹は特別に、オレにだけ魔力を持っていることを打ち明けて、実際に魔法を見せてくれた。
本の中でしか見たことのない魔法を見て、憧れたのは本当のことだ。何もないところから火や水が出たりするのを、不思議に思いながら眺めたりした。
この部屋は、オレと兄妹の3人だけの、秘密の遊び場だった。
「なんだか懐かしくて、警察から話を聞かれているときも、私、ぜんぜん怖くなかったんだよ」
ユイにとってはいい思い出かもしれない。
でもオレにとっては……少なくとも、ウィルと過ごした日々のことは……思い出したくない。
ウィルは、3年前に死んでしまったから。
オレの、せいだ。
でも、こんなときなのに……
「コリスくんは、まだお兄さんのこと好き?」
ユイに悪気がないのはわかっている。
何も知らないから、こんなことが聞けるのだ。
「あっ、好きっていうのは、慕ってる?ってことだよ」
「おやすみ」
ごめん、ユイ。
なれなれしくウィルの思い出話はしたくないんだ。
オレはユイに背中を向けた。部屋を出ていく。
「え? どうしたの?」
ユイが戸惑っても、オレは聞こえないふりをした。
客間の扉を閉めて、そのまま自分の部屋に急ぐ。
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