第12話 夢見の腕輪

「七光りのクソ野郎が、ティアの妹の件がなければすぐにでもぶん殴ってやるのにっす!」

「七光りって?」


 立ち振舞いから貴族みたいないい家柄の出身には見えなかったけど。


「あいつは大商人の影縛えいばく商団の頭の息子っす。確か三男坊の末っ子で甘やかされて育てられたらしいっすよ」


 なるほど。

 だけど言っちゃ悪いが、なんであんな気持ち悪い喋り方になったんだろうか?

 商団っていうことはいろんなところを転々しとて育って、それでいろんな方言が混ざったりしてんのかな。

 知らんけど。


「悪いけど、妹の命はあいつに握られているようなものだから我慢してよね。ロイ君も気持ちは嬉しいけど、アイスリヴァイアサンの討伐は大丈夫よ。前に私たちが襲われてたドランゴンはまだ幼竜で、アイスリヴァイアサンはそれよりも討伐難易度が高いからね」

「う、うん……」


 トカゲよりちょっと強いくらいだったら全然大丈夫だと思う。

 だけどそれを言うとまた面倒になりそうだから言わなかった。

 それを見透かしたようにティアは言う。


「……何その顔は? 言ってる通りのアイスリヴァイアサンの討伐は大丈夫だからね。っていうか行っちゃ駄目よ!」

「わ、分かってるよ……」


 俺はティアと視線を合わせないようにする。

 そこでごまかす為に気になっていたことに話題を変えた。


「それにしても霊薬の結晶の錬成のレシピの独占っていうはなんとかならないの?」

「なんとかって言われてもねえ……」

「手はあるっすよ。締め上げて吐かせればいいっす!」

「それは犯罪でしょ。それにあいつにはちょっと面倒くさいのがバックについててね」


 ティアは近くの椅子に腰掛けながら言う。

 俺とフィオナも同様に腰掛ける。

 

「面倒くさいのって?」

「灰の血盟っていうマフィア組織よ」

「そんなもんぶっ潰してやるっすよ!」


 フィオナは拳を振り上げて言う。

 ほんとに血気盛んだなこの

 

「止めなさい! あんた灰の血盟からも借金してるんでしょ、ややこしくなるわ」

「何がっすか。邪魔な奴がいなくなってみんなうれしい。私も借金なくなってうれしいの一石二鳥っすよ!」

「借金の踏み倒してとみなされて捕まるかもしれないって言ってんの!」

「ゔーー、世知辛い世の中っすねー」

「あんたが自由に生き過ぎなだけよ」


 ティアは冷たく言い放った。


「じゃあ、俺はもらうものもらったので家でレナ姉さん待ってますね」


 そう言って俺は席を立つ。

 早く討伐して素材を手に入れたかった。

 そんな俺にティアは疑いの目を向ける。


「駄目よ。分かってるわよね」

「わ、分かってますって……」


 なんとかやり過ごした俺がギルドから出て、バタンと扉が閉められた後――


「うーん、大丈夫かなロイ君……」

「分かったって言ってたんだから分かったんじゃないっすか? ティアは心配性っすね。あっ生一丁お願いっす!」

「何が生一丁よ、ここは居酒屋じゃないわ!」


 離れた所からエミリーが突っ込む。


「いや、ロイ君の顔がね。いたずらとから悪いことをして隠そうとした時の妹の顔に重なるのよね」

「そんなもんすか? 一人っ子の自分には分からないっすね。ちょっとビールまだっすかぁーー?」

「だからここは居酒屋じゃねえつってんだろ!」


 今度エミリーは若干キレ気味で返した。


 で一方、ロイの方は。


「じゃあアイスリヴァイアサンの討伐にいくかな。今日中には討伐したいから急がないと!」


 白銀の森へ向けて地面を蹴って走り出した。




 

 ――で、しばらく町を走っていた時のことだった。


「お兄ちゃん」


 俺はすれ違いざまに少女に服の裾を引っ張られて、ズサーーっと盛大に転ぶ。


「痛てて……」

「ちょっと掴んだだけなのに大げさね」


 少女は簡素な灰色のワンピースを着ていた。

 身分が高そうには見えないし、どこにでもいるような町人の少女に見えた。


「お嬢ちゃん、何か用かな?」

「はい、これ!」


 少女は何かの腕輪のようなものを俺に手渡す。

 金属製で金色で何かの文様が刻まれている。


「何かなこれは?」

「夢見の腕輪! お兄ちゃんに上げる!」


 俺は今一度腕輪を眺めてみる。

 刻まれている紋章や言語のようなものは何を意味しているのか解読できない。

 夢見の腕輪というのが何かは分からないが結構お値段がしそうな腕輪ということは分かった。


「こんなのもらえないよ。この腕輪どこからもってきたの?」

「いいからちょっとつけてみて!」

「いや、だから……」

「ちょっとでいいからつけてみて! お願い!」


 おままごとみたいなものなのだろうか。

 それで満足して解放してもらえるならと腕輪をつけてみる。


 うん、ぴったりジャストフィットだ。

 軽いし、戦闘にも邪魔になりそうにない。

 何か効果とかあるのか分からないけど悪くないな。


 じゃあ、満足したみたいだから返すか……。

 

「ってあれ、外せない!?」


 腕輪は俺の腕にがっちりと組み付いて外せなくなっていた。

 先ほどまであった隙間と余裕がなくなってしまってる。


「ちょっ、何この腕輪?」


 俺が少女にそう尋ねた時だった。

 彼女はまるでトランス状態に入って、何かが降りてきているかのように変貌する。


「その腕輪は貴殿に真実を明らかにするであろう。貴殿はこれから数多の困難にぶつかることになる。その時にこの腕輪が貴殿を導いてくれるであろう。腕輪はいくつもの夢を貴殿に見せる。時には甘美なる夢を。時には真実の夢を。そして時には……」


 少女は眩い光を放ちだす。


「そして時には恐ろしい未来を貴殿に見せるであろう。だが貴殿はその未来に屈してはならない。なぜなら未来は自らの手で掴み取るものだから…………忘れるな……そして肝に銘じるがいい……貴殿はこの世界を……」


 眩しくて閉じていた目を開くと少女の姿はいつの間にかいなくなっていた。

 あれほどの光だ、騒ぎになっていてもおかしくはない。

 だが、他の通行人たちは何事もなかったかのように歩いている。

 まるで俺だけが幻を見たかのように。


「…………」


 夢見の腕輪はまだ俺の腕にしっかりはめられていた。

 今度は外すことができるようになっている。


「まあ、ちょっとつけとくか。別に呪いとかじゃなさそうだし…………いや、違うよな。呪いとかじゃないよな?」


 腕輪からは呪物特有の違和感などは感じられなかった。


「まあいいか。それより今はアイスリヴァイアサンの討伐だ!」


 そうして俺は再度地面を蹴って目指す森へ向かって走り出した。

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