第10話 ねずみ顔の商人

「ひょっひょっひょっ、相変わらずここは臭いでゅふ。貧乏人臭くて堪らんでゅふ!」


 ねずみのような顔をした小太りの背の小さな男がギルドを練り歩いていく。

 その間に俺たちと対峙していたエミリーは真面目な顔に戻り、受付にそそくさと戻っていった。

 

「おい、レナはいるでゅふか?」


 男はドサっと受付の椅子に腰を下ろすとエミリーに問いかける。

 彼の周りにはボディーガードと思われる、黒づくめの屈強そうな男たちが周りを固めていた。

 

「レナさんはまだギルドに来られておりません」


 エミリーは明らかにそうだと分かる営業スマイルを浮かべて男と応対する。


「ねえ、あれ誰?」


 俺は近くのティアに聞く。


「あれは商人のサイモンよ。金に物を言わせてギルドでも我が物顔で振る舞ってるわ」


 最近出会った商人のお爺さんの話を思い出す。

 

「え、でも……商人ってギルドでそんなに立場強くないんじゃ……」


 お爺さんの話しだと商人にとってギルマスは絶対に逆らえない存在だと聞いた。

 そんなギルマスが支配するギルドでここまで横柄に振る舞えるのだろうか。


「分かるわよ。普通はそうよね。だけどサイモンはこのギルドの商圏をまるまる独占的に手中に収めてるわ。いくら契約権や許認可権があったとしても、それを選ぶ先がなければどうしようもないの。それにギルマスがね……」


 彼女は俺に近づき、耳元で囁くように言う。


「ギルマスがサイモンに買収されてるっていう噂があるの。それもあってか、あいつはこの近辺で傍若無人に振る舞ってるわ」


 俺はサイモンに視線を戻す。

 彼は見下すようにエミリーと向き合っており、その傲慢さは表情にも現れているように感じられた。


「グズめ、速達でアイスリヴァイアサンの目撃情報を伝えてやったのにまだ討伐できてないでゅふか」

「アイスリヴァイアサンは討伐難易度が高い魔物になりますから。通常ならB級以上を集めて複数人でとうば……」

「うるさい! そんなことはこっちも分かってるでゅふ! それよ紅茶はまだでゅふか? 吾輩が来たら10秒以内に用意するでゅふ!」

「申し訳ありません。今すぐご用意いたします」


 エミリーはそういうとそそくさとギルド内部に消えていった。

 彼女がギルドを歩く音はカッカッカッと響いており、その音は彼女の怒りを表しているようにも感じられた。


 それまで冒険者たちの談笑の声が響いていたギルドはシーンとしており、いずれの冒険者たちもサイモンにいい感情は抱いていいないであろうことがその表情からうかがい知れた。


 そこでギルドの扉が開き、レナ姉ちゃんがギルドに入ってきた。

 彼女は疲弊してボロボロになっているように見えた。

 

「遅いんでゅふ! 吾輩を待たせるんじゃないでゅふ!」

「すみません、遅れまして」


 彼女は傷んだ身体を鞭打つようにサイモンの元へと向かう。

 痛々しいその姿は見ていられなかった。


「姉ちゃん……」


 レナはハッとするようにこちらに気づくと、無言で頷いてそのまま進んだ。


「こちらが今回の討伐で手に入れた浄氷の結晶になります」

「よしよし、でかしたでゅふ。じゃあ、行っていいでゅふ」


 サイモンは邪険にシッシとジェスチャーしてレナを追い払おうとする。

 ボロボロの彼女の姿から苦労して討伐したことは明白だ。

 ねぎらいの言葉一つでもあって然るべきだろう。

 怒りで頭に血がのぼりそうになる。

 

「あの……霊薬の結晶は?」


 レナが尋ねた途端にサイモンは不機嫌そうな顔になる。


「霊薬の結晶を錬成する素材は、まだまだ全然足りてないでゅふ! こっちが情報提供して急かすより、お前がもっと頑張って素材を集めてこいでゅふ!」

「す、すいません……頑張ります……」

「吾輩に意見するなんて百万年早いでゅふ! …………そういえばでゅふ。前に言ったお前が吾輩のメイドとしても働くなら、別方面に声かけをしてやっても――」


 サイモンはねちっこそうな目でレナを舐め回すように見つめる。


「それは結構です! 失礼します!」


 レナはサイモンから離れると、そのままギルドを出ていこうとする。


「レナ姉ちゃん、大丈夫?」


 俺が声をかけるとレナは不機嫌そうな表情から一転笑顔になって答える。


「大丈夫よ。でもちょっと傷を負っちゃったから治癒院に行ってくるわ。また後でね」


 そう言うとレナは颯爽とギルドから出ていった。


「大丈夫かな姉ちゃん……」

「大丈夫よ、レナ姉さんなら。殺しても死なない人だからね」

「それよりレナ姉ちゃんなんであんな奴の言いなりになってるの?」

「それは……」


 途端ティアは言いにくそうに暗い表情になる。


「べ、別に言いにくかったら……」


 センシティブな質問だったのか。

 俺は慌てて撤回しようとするが――


「いや、いいのよ。レナ姉さんはね、私の年の離れた妹の病気の為に頑張ってくれてるの」

「病気?」

「ええ、結晶病と言われる奇病で身体が結晶化してしまう病気なの。熱を伴い病状が進行してしまうと、寝ているベットから移動もできなくなるわ。その結晶病の唯一の特効薬と言われるのが霊薬の結晶なの。それを細かく砕いて飲むと結晶病は完治すると言われているわ」

 

 結晶病?

 それははじめて聞く病名だった。

 

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