第9話 本人なんですが
「おい、フィオナ。ちょっといいか?」
ギルドに入ると、早速フィオナは顔見知りであろう冒険者に声をかけられる。
「ちょっと行ってくるっす。ロイ君の討伐報酬は受付に言えば分かるっす」
フィオナはそれだけ言うと、声をかけてきた顔見知りの冒険者の方へと向かった。
仕方ない。
人見知りの俺は少し緊張しながらギルドの受付のお姉さんに声をかける。
「あ……あの、すいません」
俺の呼びかけに気づいたギルド受付の女性がこちらに視線を向ける。
柔らかなカールの栗色の髪に整った顔立ちの美人で、微笑むその表情には母性の温かさが感じられた。
「あら、いらっしゃい。僕、見かけない顔ね。どうしたのかしら、今日は? 冒険者登録?」
「あ、いえ、冒険者にはもう成ってて……」
「そうなの、ごめんなさいね。あんまりにも可愛い顔をしてるものだから、勘違いしちゃったわ」
そう言った後に、彼女は俺を上から下まで舐め回すように眺める。
その視線になぜだかゾクッとした。
それに俺の勘違いだろうが、彼女は一瞬に舌なめずりしているようにも見えた。
「あ……あの……」
「ああ、ごめんなさいね。ちょっと考え事をしてて……それで何のご用かしら?」
「あ、すいません。あの、俺ロイっていうんですけど、俺宛に討伐した報酬があると思うんですが」
「ロイ君宛に? ちょっと待ってね……」
しばらくすると彼女は膨れた袋を手に戻ってきた。
袋を机の上に置くとジャンと音がしたので、硬貨が入っているのだろう。
彼女の表情には戸惑いの色が見えた。
「あのねロイ君…………」
少し迷った後に彼女は続けた。
「お姉さんね、嘘はよくないと思うんだ。きっとロイ君にも事情があって、やむえずにこういうことをしてるんだと思うんだけどね」
彼女は首を横に振りながら残念そうに言った。
「あの……一体なんのことを言ってるんですか?」
彼女は一つため息を吐いた後に、意を決したような表情を見せると、俺を指差し胸を張って命令するように言った。
「お姉さんに君の本当の名前を教えなさい! これはドラゴンの討伐の報酬でロイっていう人宛てのものだけど、他人を騙ってお金を騙し取ろうとしてはいけないわ!」
他人を騙ってお金を騙し取るなんて随分と人聞きが悪いな。
俺はすぐさま抗議した。
「いや、僕がそのロイなんですけど……」
「君みたいな可愛い青年が、ドラゴンなんて高難易度の魔物を討伐できるわけないでしょ!」
「いや、可愛いとか関係なくないですか?」
どんな理屈だよ。
すると大声を出したからだろうか、一人二人と冒険者が集まってきた。
「エミリーどうした?」
30は超えているであろうベテラン風の冒険者が受付嬢に尋ねる。
「この子がドラゴンを討伐したっていうのよ。可愛いから見逃してあげたいんだけどね」
すると集まった冒険者たちは大声で笑う。
「はっはっは! よりにもよってドラゴンかよ! 坊主、嘘つくならもうちょっとマシな嘘をつくんだな。ドラゴンなんて俺みたいなベテランでも手に余るぜ?」
「だから嘘じゃないですって! 俺が討伐したのは間違いないんですから!」
そこでエミリーは大人の色気を振りまくように髪をかき上げながら言う。
「そこまで言うなら、もし僕がそのロイ君だったら、私がロイ君の女になって上げてもいいわよ?」
「は?」
いきなり何を言い出すんだこのお姉さんは。
「おいおい、エミリー。俺にはつれねえのに、こんなガキンチョにはそんなサービスしてやんのかよ?」
「だって可愛いんだもん。もし本当だったら可愛いのに強いって、一挙両得じゃん」
なんだよその理由は。
その時、聞き覚えのある声をかけられる。
「あれ? ロイ君じゃない。討伐報酬引取りに来たの?」
声の方を振り返るとそこにはティアの姿があった。
今日は戦闘が無いためか前に見た戦士風の装備ではなく、薄手のタンクトップにズボンだけという軽装だった。
渡りに船だ。
早速、俺はティアに泣きつく。
「あのティアさん。俺がロイ本人だって言ってるのにみんなに信じてもらえないんです!」
「あら、そうなのね。エミリー、この子がロイ君で間違いないわよ。その討伐報酬渡して上げて」
エミリーは狐につままれたような顔をする。
「え? ほんとにこの子がロイ君なの?」
「うん」
「あんたたちが殺されそうになったっていうくらいに強敵だったドラゴンを颯爽と現れて、一撃で倒したの? この子が?」
「うん、だからその子がロイ君よ」
エミリーと集まっていた冒険者たちは驚きで口を大きく開ける。
「こりゃ、驚いた! ドラゴンをこんな小僧が倒すとはなぁ!」
「凄いじゃないロイ君! ドラゴンなんて種別によるけど最低でもBランク以上が複数人で討伐するような魔物よ!」
彼らは一転して手の平を返して称賛を送ってくれる。
褒められるのは嬉しいけど、俺がいくら言っても分かってくれなかったので微妙な心情だな。
「じゃあ、しょうがないからお姉さん、ロイ君の女にならないといけないわね。約束したもんね!」
エミリーはウィンクしながら言う。
「いや、あれは別に勝手に約束されて俺は同意した訳じゃないですから……」
俺は後退りしながら言う。
そこでエミリーは唐突に俺に抱きついてこようとしたが、俺はそれを野生の勘で素早くかわした。
「ちょっとぉ、どうして逃げるのよ、ロイ君!」
逃げる俺をエミリーは追いかけ回す。
「いや、逃げますよ! いきなり俺の女とか言われても」
「私からしたら、私の男よ!」
「知らないですよ、そんなの!」
そこでエミリーの前にティアが立ちふさがった。
「ちょっとエミリー、それは聞き捨てならないわね」
二人はお互いに腕を組みをしながら対峙する。
「何よ、あんたもロイ君のこと狙ってんの!?」
「ち、違うわよ! わ、私は……別に……」
ティアは顔を赤くしながら、チラチラとこちらを伺う。
「ロイ君はこんな脳筋女なんかより、私の方がいいわよね?」
「誰が脳筋女よ! ロイ君、こんな年中発情女にひっかかっちゃ駄目だからね!」
「誰が年中発情女よ!」
「「何よ!」」
二人は一歩もひかずに顔を近づけてがんを飛ばし合って火花を散らす。
もう俺、帰ってもいいだろうか?
そこでティアは思い出したように言う。
「いいの、あんた? そこのロイ君はレナ姉さんのお気に入りなのよ?」
「ぐっ……レ、レナさんの? …………それじゃあ仕方ないわね」
エミリーはあっさりと引き下がった。
レナ姉ちゃんの威光はギルドの受付嬢にも通じるのか。
流石だな。
すると彼女たちはなぜか俺に憐れみの視線を向けだした。
「可哀想にね……まだ若いのに……」
「ほんとよね……こんなに可愛いのに……いや、可愛いからか……」
可愛そうって……一体レナ姉ちゃんはみんなにどんな風に見られてるんだ?
その時のことだった。
ギルドの入口のドアが勢いよく開いたと思ったら、片手に扇子をもった小太りの商人を中心とした一団がギルドに入ってきた。
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