第8話 借金取りから救ったはずが

「ロイ君、ごめん。お姉ちゃん急で片付けないといけない用事ができたから、ロイ君のお世話しばらくできなくなったわ」


 レナは便箋に閉じられていた手紙を読み終わった後、そう告げた。

 手紙に目を通している時に深刻な表情になって明らかに雰囲気が変わったので、彼女にとって結構重要なことが書かれていたのだろう。


「大丈夫? 何か力になれるなら手伝うけど」


 俺は心配になって尋ねる。

 それに、いろいろとしてもらってばかりでは申し訳ないので、何かお返しできるならお返ししたい。


「大丈夫、気持ちはありがとね。でもこれは解決しないといけない問題だから」

「……分かった」


 そんな言われ方されたら仕方ない。

 俺は素直に引き下がった。


 その後、レナは俺にいくつかの言付けを伝えた後に、いそいそとどこかへと出かけていった。


 家主がいなくなった家にぽつん一人でいると急に寂しく感じられた。

 一人暮らしで家に居るときに寂しいなんて感じたことはほとんどなかったのにな……。


 レナから生活に必要なものは自由に使っていいと言われていた。

 食料も豊富にあったので、まだ家に引きこもることは可能だ。でも――


「そろそろこの町の冒険者ギルドに行ってみるか……」


 ちょっと体もなまりかけているから動かしたいし、この町のギルドやそれ以外も見てみたかった。

 どのみちギルドにはトカゲの討伐報酬があるはずだから、受け取りに行けないといけない。

 善は急げだ。俺は片手に剣を取ってすぐに出発した。




 

「ちょっと離して欲しいっす! 止めてくれっす!」


 冒険者ギルドへ向かう途中、見覚えのある女性が路上で如何にもという風体の男に、華奢きしゃで細い腕を掴まれていた。

 

「うるせえ! 今日こそは借りた金、耳揃えて返してもらうからな!」


 人相の悪い男はスキンヘッドの頭に青筋をたてながらがなり立てる。

 一方フィオナは前に会った時と同じように丸メガネをかけて真面目で優等生タイプな、知的な雰囲気を漂わせていた。


「あんな法外な利息の借金返せないっすよ! 横暴っす!」

「あの……」


 止めとけばいいのに、またお人好しの虫が湧いて俺は声をかけてしまう。


「なんだてめぇは?」


 フィオナは腕を掴んでいた男の力が抜けた一瞬の隙を逃さず、それから逃れた。

 そして、すぐさま俺の後ろへ移動して、俺を盾に隠れるようにして言った。


「ロイ君! 助けて欲しいっす!」


 男は表情を険しくする。

 

「おい、兄ちゃん。痛い目にあいたくなかったら、その小娘こっちによこしな?」


 男は拳をボキボキと鳴らしながらこちらを威圧してきた。


「あのー、何にしても無理やりっていうのはよろしくないと思うのですが……」

「しょうがねえだろ! こいつは掴まえとかねえと、ちょこまかとねずみみたいに逃げ回りやがるんだからよ!」

「ロイ君、このままじゃ私、あのハゲチャビンに売られてしまうっす!」


 ハゲチャビンと呼ばれた男はゆでダコのように顔を真っ赤にする。

 

「誰がハゲチャビンだぁ! おう、売っぱらってやるぜ。胸は小せえし、出るとこ出てねえし、ガキみてえな顔をしてやがるけど世の中にはもの好きがいるんだ!」

「誰が貧乳ロリっ子っすか! さあ、ロイ君、目にもの見せてやるっす!」


 彼女は俺の背中に隠れて、虎の威を借りて言う。


「え、えっと……」


 そんなこと言われても暴力反対なのだが。

 戸惑う俺を無視して男は殴りかかってきた。


「邪魔するならてめぇも道連れだあ!」


 が、素人の攻撃だからそれはまるでスローモーションのように感じる。

 仕方ない。


 ひゅっ!


 俺は男の顎を人差し指で軽く揺らした。


「て……め……え……」


 男の巨体は地面にドスンと大きい音をたてて倒れて失神した。


「凄い! さすがロイ君っす! 姉さんが認めた男っす!」

「いや、そんな……」

「じゃあ、一旦ここから離れるっす。ロイ君はどこに向かってるっすか?」


 彼女は俺の腕を取って強引に歩きはじめようとする。


「討伐報酬取りに行かなくちゃならないんで、冒険者ギルドまで」

「じゅあすぐそこっすね。一緒に行くっす!」


 気づくと通行人たちが足を止めて俺たちの騒動を眺めていた。

 急に恥ずかしくなって、フィオナとともにそこから離れる。


 少し離れた所でフィオナに気になっていたことを尋ねる。

 

「ところで借金は大丈夫ですか。法外な利息って言ってましたけど、一体いくらくらいなんですか?」

「え? あーー、そうっすね。まあ利息は……多分大丈夫っす……」


 フィオナは途端、歯切れ悪くなって答える。 

 なんだろう……なんか嫌な予感がするんだけど。

 

「大丈夫って?」

「いや、さっきは売り言葉に買い言葉で言ってしまったっすけど。利息は別に法外ではないっす」


 彼女はしれっと言い放つ。


「え? …………じゃあ、売っぱらってしまうってのは?」

「それは本当っすね。でも別に長い間滞納した人が、借金のかたに奴隷化されるのはこの国の商法の範囲内ではあるっす」

「じゃ……じゃあ……あのおじさんは……」


 先程の顔を赤くしたまま、地面にのびていた男性の顔を浮かぶ。


「柄も顔も悪いけどやってることは別に悪くないっす。借金を返さない私が悪いっすね!」


 フィオナはいけしゃあしゃあと言い放った。

 

「じゃあ、俺になんで助けさせたんですか!」

「そりゃ都合よくロイ君が登場してくれたからっすよ!」

「俺、罪のないおじさんを失神させちゃったじゃないですか!」

「まあまあロイ君、聞くっす。ものは考えようっすよ!」


 フィオナは悪い顔になって、俺に肩を組んでくる。


「今のはロイ君が将来、借金取りに追われた時の予行演習っす。私の親切心っすよ!」

「いや、俺は将来借金なんてしないですし、そんな親切心いりません!」

「かぁーー、分かってないっすね。借金はするもんじゃないっす! 気づいた膨れ上がってどうしようもなくなっているもんっすよ!」


 彼女は訴えかけるように言う。

 なんなんだその理論は。


「……ちなみになんで借金は膨れたんですか?」

「それは……フィオナにはどうしようもなかったんっすけど……」


 一転フィオナは暗い顔になってうつむきながら言う。

 その表情から俺はフィオナの暗い過去が連想される。

 

 死別した両親に借金があったとか。

 悪い友人に騙されたとか。

 きっとつらい過去があるんだろう。

 借金なんてセンシティブな領域にズカズカと踏み込むのは考慮が足りてなかったな。


「あの、嫌だったら別に言わなくても……」


 俺だって浮気のことはできれば人に話したくない。

 それに仮にも彼女は女性なんだし。


 そうして俺が反省の念に駆られている時のことだった。

 フィオナは暗い表情から一転して、ニコッと笑顔と白い歯を見せて親指をたてて言った。


「ギャンブルっす! 注ぎ込んで注ぎ込んで、気がついたら大借金になってたっす!」

「…………」


 なんなのこのは。

 見た目とは真逆じゃん。

 俺の心の中にヒューっと隙間風が吹く。


「じゃあ、この件はレナ姉ちゃんに報告しときますね」

「ちょ、ちょっと、ロイ君、考え直すっす! 姉さんだけは!」


 俺たちは気がつくと冒険者ギルドまでたどり着いていた。

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