第7話 甘々生活

「はい、ロイ君あーん」

「あ、あーん……」


 俺は一抹の恥ずかしさを感じながらもレナが運ぶスプーンから食事を口で受け取る。


「美味しい?」

「うん……」

「よかった!」


 レナの自宅に招かれて今日で二日目になる。

 今日は朝食にとろとろ卵のオムライスを作ってくれていた。


 レナの作ってくる食事はいつも美味しい。

 今まで男一人で自炊では芋を蒸しただけとか、肉を焼いただけとかで済ましてたから、日常でこんな美味しいものを食べられるのは至福のひとときだ。

 まあ、お菓子だけは作るのが好きで、凝ったものを自分で作っていたんだが。


「レナ姉ちゃんも食べないとだから後は自分でやるよ」

「別にいいのに……ぶぅーー」

 

 レナは口を尖らせて頬を膨らませている。くそ……かわいいな……。

 俺は途中から自分でスプーンを使って食事を済ませた。


「美味しかったよ、ありがとう」

「よかった……量は足りた? おかわり作らなくていい?」

「うん、大丈夫」

「そう、じゃあ歯磨きをしないとね。ちょっと待ってね」

「じ、自分で……」

「いいからいいから」

 

 レナはいそいそと今度は歯ブラシと口を注ぐようのカップとそれを捨てる用の桶を用意した。


「はいじゃあ、あーん」


 レナはまた俺の口を開かせて歯磨きをはじめる。

 これまた気恥ずかしいが、いつも強引に押し切られてしまう。


 このようにレナは俺の身の回りの世話を甲斐甲斐しく焼いてくれている。

 これ以上、甘えてはいけない、甘えてはいけないと理性は働くのだが、ずるずると甘々な生活に引きづられていった。

 俺が恐れていたのは、こうしてレナに甘やかされて駄目人間にされてしまうことなのだ。



 話が変わるようだが、レナや師匠、それに他の姉弟子たちと一緒だった頃の話をしよう。


 最初、俺とレナは仲良くなかった。

 レナが人見知りで俺が師匠のはじめての男の弟子ということで警戒感もあったのだろう。


「あんたみたいなヘタレが師匠から学ぶのは気に入らないわ。同じ弟子って名乗られるの凄い不快だから、師匠の弟子って名乗らないでよね!」

「お、俺だって少しでも強くなろうと頑張ってるんだよ!」

「この前、レッドグリズリーと対峙した時に震えてたらしいじゃん? あんな大したことがない非力な魔物相手にさ!」

「俺じゃまだ敵わないんだからしょうがないだろ! 俺は姉ちゃんみたいにゴ…………いやなんでもない」

「なによゴ……って! ゴリラみたいに力が強いとでも言いたいの! レディに向かってなんてこと言うのよ!」

「姉ちゃんたちのどこがレディなんだよ!」

 

 今では考えられないが最初の頃はきつく当たられることもあったし、言い合いになることもあった。


 そんな時、レナが狩りに行った地域にS級魔獣が出没したという情報を師匠たちが不在の時に俺は受け取り、彼女を助けに走ったことがあった。

 結局それは杞憂でレナは狩りになど行っていなかったし、S級魔獣の目撃も見間違いだったのだが、まだ未熟だった俺は瀕死の重症を負いながらも命からがら家へ帰ることになった。


「なんで私なんかの為にあんな危険なところに行ったのよ! 馬鹿!」

「ごめん、考えるより先に行動しちゃって……」

「なんであんたが謝ってるのよ……謝るのは私の方なのに……。ごめん、助けられずに、ごめん……ごめんね……」


 彼女は俺のことを思い、ぼろぼろと大粒の涙を流してくれた。


 レナと俺との関係性が劇的に向上したのはこの時からだった。

 あんたからロイ君へと呼び方が変わり、時にはロイきゅんになった。

 恥ずかしいから止めてくれと言っても聞き入れてはくれなかった。

 本当は元々弟が欲しかったらしくて、俺への愛情は留まることを知らなかった。


 それからは徐々に俺への甘やかしがエスカレートして、俺の成長の妨げになると師匠から注意が入るようになった。

 だが、レナはそんな師匠の指示を無視して、師匠の目を盗んでは俺を甘やかそうとした。

 見つかる度に師匠からレナは拳骨をくらい、そんな師匠のことをクソババアよばわりしてまた拳骨をくらっていた。


「もうあの子がロイを可愛がるのは病気ね。ロイは向けられた愛情については否定することはないけど、ああいう母性が強すぎるタイプの女は時に男を駄目にするから気をつけないといけないわよ」


 師匠はそんなレナに対して呆れていた。


 そんな日常を過ごしながら、俺が冒険者ランクAまでに至り、ランクSの分厚い壁にぶち当たった時のことだ。

 師匠は俺を限界以上に追い込まなければならないと、レナに俺への接触禁止命令を出した。


「レナはロイの近くにいると我慢できないだろうから、しばらくここから離れた別の場所に行きな」

「ここじゃないどこかって、一体どこに行けっていうのよ!」

「レナはもう冒険者としては十二分に一人前なんだから、どこへでも一人でやっていけるでしょ。一人が不安だったり寂しかったりするなら、あんたが知らない私の別の弟子のことを紹介してあげてもいいわよ」

「…………」


 レナは瞳に涙を溜めながらプルプルと震えていた。


「ロイのことをレナが本当に大切に思うんなら、ここから離れなさい。レナの存在はロイの成長の妨げになる。これは断言できるわ」

「…………分かった、ロイ君の将来の為に私はロイ君から離れる」


 こうして俺はレナと別れて離れ離れになったのだ。

 だからまた俺がレナと出会い同じ生活を送れば、その生活は甘々なものになって俺が駄目人間にされるのは自明なことだった。



 再び出会った彼女の献身と愛情によって、死にかけた俺の心は少しずつ癒やされ、失恋の痛みも軽減されることになった。

 とは言っても、まだ夜中に夢でリリスとバンデラスの口づけの場面がフラッシュバックして飛び起きることはある。

 

 そんな俺とレナとの甘々生活はある一報によって、終わりを告げることとなる。

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