第5話 偶然の再会

 馬車の上で寝転がっているとパッカパッカと馬の蹄が地面を蹴る音が等間隔で聞こえてくる。

 大空には幾つかの塊となった雲が気持ちよさそうに流れていっていた。

 ちょうどいい温かな日差しと、時折吹く風が心地いい。


「ロイ君と言ったか。君はどこを目指してるのかな?」


 馬車に同席している恰幅のいい白髪の老人が話しかけてきた。

 老人はその衣服や荷物から商人と思われた。


「え……あ、はい。正直に言うとはっきり決めてません。冒険者をやりながら世界中を巡ろうかと思ってます」


 俺は起き上がり、老人に返答する。

 町を出たあの日、俺は勢いのまま一昼夜を走り通し、次の日には隣国との国境まで到達した。

 その後は馬車に乗りのんびり気の向くまま旅をしている。

 

「いいのうそれは。若いうちに旅をして見聞を広めるというは良い。世間を知ることもできるからのう。だけど一つ忠告してもいいかな?」


 老人は柔和の表情をしながら穏やかな雰囲気で言った。


「はい、お願いします」


 そういえばと師匠に別れ際、釘を差されたことを思い出す。


 それは冒険者ランクなんてただの飾りで、世の中には俺よりも強いものはいくらでもいるということだった。

 きっと師匠が言った通りなんだろう。

 俺は冒険者としての経験もまだまだ浅い。

 もっと広い世界を経験しながら、奢らず精進していこうと思う。


 老人はゆっくり丁寧に話す。


「各地の冒険者ギルドのギルドマスターには気をつけなさい。下手するとその地を治める貴族よりも権力を持っている可能性があるし、ギルドマスターによって各地のギルドの運営はかなり違うからの。ギルマスに逆らっただけで冒険者としての将来の道を閉ざされるっていうこともある」

「そうなんですか? ギルドマスターってそんなに力持ってるんですね……」


 俺はまだ故郷の村と絶界の町のギルマスしか知らない。

 二人とも一見するとギルマスに見えないという点では共通していたが、とても強い権力者には見えなかったし、普段もそのように振る舞ってはいなかった。


「ギルマスはギルド内部で発生した問題や紛争の裁定権以外にも契約権に許認可権、徴収権まで持ってる。わしら商人からすれば絶対に逆らえない存在だのう」

「そうなんですね。それは知らなかったです……」


 じゃあ、今までギルマスと接していたのと同じようにフランクに接したりすると、問題になる可能性があるということか。

 それはいいことを聞いたな。


 故郷の村から絶界の町には出てきたがそれは師匠に連れてこられてだった。

 さっきまで馬車の乗り方もよく分からなかったぐらいだ。

 なので、こうして親切に世間を教えてくれるのはありがたい。


「ありがとうございます、一つ勉強になりました」

「ふぉっふぉっふぉ。若いうちはいくらでも失敗はできる。だけどギルマス絡みとなれば取り返しが付かないことあるからの。おや?」


 商人は遠くの空へと視線を向けた。

 そこでは一匹の羽つきのトカゲが空を浮遊しているようだった。

 トカゲは地上の森に向かって火を吹いている。

 どうやら人間と戦闘をしているようだ。


「なんかでっかいトカゲがいますね」

「ト、トカゲぇ?」


 商人は驚いた顔で、目を見開きながら俺の言葉を復唱する。


 あれはデカいトカゲだろ?

 師匠からはそう教わっている。

 よく悪さをするトカゲで終極しゅうきょく古森こもりにもよく生息していたから、重点的に狩りをしたっけ。


 すると戦闘が起こっていると思われる方向から赤色の狼煙が上がった。

 赤色の狼煙はA級以上の敵が出現した時に救援依頼として出されるものだった。

 

「なんか救援依頼が出されてるみたいなんで俺、加勢してきますね!」

「止めなさい! あれはトカゲなんかじゃない。あれは――」


 俺は荷物と剣を素早く手に取ると、商人の言葉を待たずに馬車を飛び出した。


 後方で何か言ってるのが聞こえたけど、走り去る。

 困っている人を見ると考えるより先に行動してしまう。

 俺の悪い癖だった。


 現場に到着すると、どうやら冒険者の3人パーティーとトカゲが戦闘になっているようだった。

 トカゲは傷一つついていないが、冒険者たちは満身創痍といった感じがする。

 珍しく女性だけで構成されたパーティーのようだった。


 俺は彼女たちとトカゲとの間に立ちふさがる。


「加勢します! トカゲ退治は慣れてるんで、俺に任せてください!」

「はぇ? ト、トカゲ??」


 冒険者たちは先程の商人と同じような反応をする。


「グギォオオオオオーーー!!」

 

 トカゲは乱入者の俺に対して牽制しているのか唸り声をあげた。


「駄目よ僕、逃げなさい! あれはトカゲなんかじゃないわ!」


 いや、あれはどうみてもおっきいトカゲだろう?


 俺は童顔で年齢以上に幼く思われることも多い。

 先程の商人のお爺さんといい、子どもだと思って侮られてるのだろうか?

 世間知らずだけど、それくらいは知ってるよ。


 辺りはトカゲが吐いた火炎の影響か、木々が消し炭に変わり果てていた。

 トカゲは俺に火炎は吐き出す。


「逃げて!」

「いやぁああああああ!!」


 冒険者たちの悲鳴が聞こえる。


 俺は迫りくる火炎ごとトカゲ方向へと剣を上下に大地を両断するように振り下ろした。


 すると――


 火炎だけでなくトカゲも綺麗に真っ二つに割れた。

 そこまではよかったのだが、後ろの小山まで両断されてしまった。

 彼女たちは口を大きく開けて唖然としている。


 やべ、またちょっとやり過ぎてしまったかな……。


「ご、ごめんなさ――」


 俺が冒険者たちに近づき、小山まで両断したことを謝ろうとした時のことだった。


「すごいじゃない! 一体どうやったのよ! あ、私はティアよ」


 まずは戦士風の女性から声がかかる。

 彼女は短く切り揃えた金髪に、引き締まった体つきが印象的だ。

 鎧の隙間から覗く腕の筋肉が戦士としての鍛錬を物語っている。

 

「私はエミリアなのだ。ちょっとその剣みせるのだ…………綺麗なのだ。この剣も凄そうだけど、少年も凄いのだ!」


 次はヒーラー風の女性だった。

 淡いピンク色の髪をふんわりと結び、優しげな表情が印象的。

 落ち着いた身なりをしているが、彼女の瞳には芯の強さが宿っている


「僕はフィオナっす。こんな少年がドラゴンを一撃で倒せるなんてめちゃすごっすね。かわいい顔してるし、僕、惚れてしまいそうっす!」


 最後は僕っ娘の魔術師の女性だ。

 肩まで伸びた濃い紫の髪に、大きな丸眼鏡が知的な雰囲気を漂わせている。

 ローブの裾には魔術の模様が施されており、その見た目に反して快活な印象だった。


「あ、ありがとうございます。俺はロイといいます。でも一応俺、17になるんですけど……」


 多分年上であろう女性たちに対してそう返す。

 なんか大分若くみられてるみたいだからな。


「17? まあ、そう言われてみれば見えないこともないけど…………それでも凄いわよ! ドラゴンを一刀両断なんてA級でもできるかどうかだもん」

「ロイは一体何者なのだ?」


 そこで顔色を変えたフィオナが訴えかける。


「おい、みんなそれより僕たち救援依頼かけちゃったっすよ。しかも赤色の救援依頼を。ってことは後少ししたら……」

「姉さんが来るのだ……」


 先程までワイワイと元気だった女性たちは一気にテンションが下がった。


 誰なんだろう姉さんって?

 だぶん本当のお姉さんとかではなくて、先輩としての姉さんなんだろうけど。

 テンションの下がりようから、その先輩が彼女たちにとって怖い存在なのだろうということは予想がついた。


「ちょっと俺は斬っちゃった小山の向こうを確認してきます。もし民家とかあったら洒落にならないんで」

「あ、うん……」


 俺は何も被害が出てないことを願いながら小走りで小山の向こう側へ向かった。



 


 小山の向こうには何もなく、特に人的被害もなくて安心して駆け足で元いた場所に戻っていた時のことだった。

 誰が一人知らない人が増えていた。


「ドラゴンの目撃情報は事前にあった訳でしょ? あんたたちじゃまだドラゴンには敵わないのになんで目撃情報がある周辺まで来たのよ! 今回はたまたま優秀な冒険者の人が近くにいたから助かったものの、私が到着するまで待ってたらあんたたち死んでたわよ!」


 どうやら救援に来たのであろう冒険者に、彼女たちは説教を喰らっていた。

 

「す、すいません、姉さん…………ドラゴンなんかとそうそう鉢合わせにならないだろうって勝手に思っちゃいました……」


 明らかに気落ちした様子でティアは答える。


「少ない目撃情報であっても自分より強い敵が出現するエリアには今後絶対に近寄らないこと! 私があんたたちを助けて上げられるにも限度があるんだからね!」


 厳しいことを言っているが、その言葉の裏には優しさが垣間見える。


 その冒険者の声には聞き覚えがあった。

 後ろ姿しか見えないが、手につけている白銀のナックルガードも見覚えがある。

 もしかしたら…………いや、きっとそうだろう。

 彼女は俺の姉弟子だ。


 急激に懐かしさが込み上げてくる。

 こんな所で出会えるなんてすごい偶然だ。


 冒険者の女性たちが戻ってきた俺に気づき、彼女たちの視線で姉弟子も後方に人がいることに気づいてこちらを振り返った。


「や、やあ。久しぶり……だね……」


 照れが出て、俺は頭を掻きながら言った。

 しばらくぶりに見る姉弟子は昔のまま美しかった。


 彼女の名はレナ・ヴァルカンだ。

 貴族出身らしい気品と魔拳士としての実力を併せ持つ魅力的な女性である。

 豊満な胸元と引き締まった腰の均整の取れた体型で、その姿は多くの冒険者たちを惹きつける。

 艶やかな赤みがかったダークブラウンの髪はポニーテールにまとめられ、戦場でも乱れることがなかった。


 レナは俺の姿を確認するやいなや、喜びを爆発させた。

 

「ロイきゅん! こんな所で何してるの!」


 レナは俺に飛びついて強く抱きしめた。

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