第3話 秘匿階級者

【リリスside】


「ロイ、ねえ待って! ねえ、ロイーーーーー!」


 こちらの呼びかけが聞こえているのか、いないのか。

 ロイはこっちを振り向きもせずにもの凄いスピード走り去っていった。


「あいつ逃げ足だけは速いようだな」


 後方で話すバンデラスの方を振り返る。


「ねえ、どうしよう……」


 不安に駆られて相談する。


「どうするもこうするもねえだろ。あんなクソモブの雑魚野郎はほっとけよ」

「でももしロイに浮気のこと言いふらされでもしたら……」


 所属する王都のギルドではリリスとバンデラスの関係は公然のものとなっているが、田舎に残してきたロイとの関係は知られていなかった。

 そのロイと付き合っていることが明らかになれば、リリスの評判は間違いなく地に落ちるだろう。

 今まで積み上げてきたものが崩れ去ってしまうのだ。

 当然のその影響はバンデラスにも及ぶ。


「そうだな…………」


 バンデラスは片手であごを撫でながら思考する。

 ギルマスであるバンデラスは権謀術数は得意としていた。

 単なる人望と業務の遂行能力だけではギルマスは務まらないのだ。


「じゃあ、こうしよう。リリスはロイに告白された。だけどリリスは俺という恋人がいるからロイの告白を断った。それを逆恨みしたロイはあることないことを吹聴しているってな。うん、我ながら完璧なシナリオだ!」

「それはいい案ね!」


 もしその策略に対してロイが抗弁した所で、王都の冒険者はみんな私が主張することを信じるだろう。

 こちらはAランクでギルマスの彼女なのだ。

 よっぽどでなければギルドの絶対権力者であるギルマスの不興を買うようなことは避けるはずだった。

 

「でもロイもしかしたらこういうのしつこい……かも?」


 もし私が逆の立場ならちょっとやそっとで復讐を諦めることはしない。

 ありとあらゆる手段を取るだろう。

 

「そうなのか? まあもし、しつこいようなら実力行使に出てやればいい。骨の一本から二本折って、それでも言うことを聞かないようなら……な?」


 分かるだろ?

 という風にバンデラスは目で合図する。


 私はそれに対して黙って頷く。

 ギルド運営は綺麗事だけでは回らない。

 それはバンデラスを身近で見てきて学んだことだった。


 その時――――


「明日の午前中、国王陛下の来訪の挨拶がある! 町民並びに、滞在者、関係各位も含めて陛下のお話を拝聴するように! 挨拶は町の鐘が鳴らされてから30分後にされる!」


 騎乗した兵士が周知の為に大声を張り上げて町を練り歩いていた。

 町人の幾人かはきちんと周知を聞こうと、店舗や自宅から出てくる。


「午後のギルド評議会前に挨拶するんだな。じゃあ、明日はちょっと忙しくなるか」

「そうね」

 

 バンデラスは国内のギルドマスターが集結するギルド評議会へ参加する為にこの辺境の町へ来訪していた。

 私はそれに同伴する形で休暇と小旅行がてらにバンデラスについてきたという訳だ。

 途中までこの町にロイがいることは、ここがド田舎すぎて忘れていたくらいだった。


「ってことは二人でゆっくり時間取れるのは今日の午後くらいって訳だ。なあ今からホテルへ行ってやりまくろうぜ? それとも……田舎に残してきた彼氏と久しぶりに会ったからそんな気になれないか?」


 バンデラスは私の耳元で囁くように言ってくる。

 ゾクゾクとした快感が全身をかけ巡る。


 ロイにバンデラスとの関係がバレたのは残念だが、感じるのはそれだけだった。

 別に悲しくもなんともなく、罪悪感を感じることもない。

 田舎に帰った時に都合よく使える存在がいなくなるくらいの感覚だった。


「いや、背徳感があった方が逆に燃えるわ。良いわよ」

「へへ、いい女だなお前は」


 バンデラスは私の肩を抱いて、ホテル方向へと歩を進める。

 こうして私と彼はその日、熱い夜を過ごすことになった。





「王の挨拶はそろそろか?」

「バタバタし始めたし、そうみたいね」


 田舎の町とは思えないほどの人と兵士の数だった。

 広場に設けられた演説用の壇の周囲には、光り輝く白銀の鎧を纏った王の親衛隊が陣取っている。

 

 その時、王冠を被った王が壇上へと登ってきた。

 人々から拍手が沸き起こる。

 王がそれに片手で応えると拍手の音は止んだ。


「皆のもの、今日はわざわざこちらに集まってくれて感謝する。この絶界の宿場町を訪れるのは実に5年ぶりとなる。今回はわしがこの町に訪問したのは、町のみんなに感謝を述べるためじゃ。終極しゅうきょく古森こもりと我が国と丁度境にあるこの町は、終極の古森から流入してくる魔物を防ぐ防波堤のような役割を果たしてくれとる。近年では終極の古森からの魔物の流入は一切なく、王国の平和に大きく貢献してくれた! 町のみんなに拍手を送ろう!」


 王の呼びかけで盛大な拍手が沸き起こる。


「はっ、こんなド田舎奴らに称賛を送ってやるなんて王も大変だよな。魔物の流入って言っても大したことはしてねえだろうにな」


 バンデラスは他の人間には聞こえないように、あざけながら小声で話しかけてくる。

 

「まあ、田舎なりに精一杯頑張ったんじゃない? 王都の私たちのギルドと比べたら可哀想よ」


 それにしても王がわざわざ来訪してまで称賛を送る価値があるかは疑問だった。

 結局王も人気商売ではある。

 民衆のご機嫌取りに勤しんでいるということなのだろう。


 また王が片手を上げると拍手は鳴り止んだ。


「さて、終極しゅうきょく古森こもりからの魔物の流入の阻止じゃが、それに大きな貢献をしたという冒険者がいると報告を受けている。その冒険者の名前は…………」


 王は民衆を見渡しながら、少しもったいつける。


「ロイという! 皆のもの、ロイへ拍手を!」


 民衆たちから歓声と拍手が沸き起こる。


「ロイ最高ーー!!」

「よくやったぞロイーー!!」

「素敵よロイ!」


 今日王の話しがはじまってから一番大きな拍手と歓声だった。


「さて、ロイはいるか? いたら壇上に上がってきてもらえるか」


 王は壇上から呼びかける。

 観衆たちもロイを探すために周囲を見渡す。


「おい、お前の彼氏、このド田舎で大活躍らしいぞ」


 バンデラスがニヤニヤしながら言ってくる。


「たぶんお人好しだから、町の人間に良いように使われてそれが評価されてるだけじゃないの? 知ってる通りあいつに冒険者の実力は全然ないもの」

「だろうな。あいつ、昨日の今日でどんな顔してんだろうな。ちょっと興味あるわ。ひひひ」


 バンデラスは下卑た笑い声を上げながら言う。

 しかし、待てども暮らせど、ロイが壇上に上がって来ることはなかった。


「…………どうしたロイはおらんのか?」

「王様、すみません。ロイですが、今日突然、一人旅に出ると言って宿を引き払いました……」


 宿の女将と思われる年配の女性が壇上前まで進み出て王へ進言した。


「なんじゃと!? ……その理由は?」

「聞いたんですが、理由は答えてくれませんでした。何か元気はなさそうには感じたんですが……」

「……そうか、それは残念じゃのう。今回、ロイに会うのを楽しみにしてたんじゃがの」


 王は明らかに気落ちした様子で、肩を落とした。


 ロイはたかだがド田舎のいち冒険者だ。

 しかも実力の無い冒険者にそこまで王が執着するのは不思議ではあった。


「おう、あいつ逃げやがったぞ! ひひひ、傑作だなあおい! クズで雑魚ってだけなってヘタレとはな!」


 バンデラスは手を叩いて笑っている。


「おい、女将ほんとか? ロイは昨日、久しぶりに彼女に会えるってうきうきだったぞ?」


 そこへ小汚い作業着を着た年配の男が会話に割り込む。

 その格好から彼が明らかに農民であることは見て取れた。

 汚らしい格好だ。

 華やかなで洗練された王都に慣れたためか、ああいう小汚い格好を見ると不快感が先行する。


「私もそれは聞いてるよ。だからその……彼女とうまくいかなかったんじゃない?」

「……おい、この場にリリスという女性はいるか!? いるなら出てきてくれ!」


 農民の男は壇上の前まで出てきて、いきなりそう呼びかけた。


「おい! 陛下の御前であるぞ!」

「良い」


 親衛隊が男を排除しようとしたが、王がそれを静止した。


「随分と礼儀作法がなってねえ田舎猿がいるみてぇだな」


 バンデラスは一転、イライラしながら吐き捨てた。

 彼は権威に併合しない人間を嫌っているのだ。

 ああいう手合はバンデラスが最も嫌う部類だろう。


「どうしよう……まさか、王の耳に入るなんて。私がリリスって名乗り出た方がいいかな?」

「……俺に任せろ。王は民衆人気を気にしてあのクソ農民の振る舞いを許してるんだろう。俺がバシッと言ってやる!」


 バンデラスはそう言うと壇上へと近づいていった。

 農民たちの人垣を強引に、途中暴言を吐きながらも突き進んでいく。


「おい、お前! 王が今、話してる途中だろうが! 今すぐそこから離れろ、邪魔なんだよ!」


 壇上前に来るやいなや強い口調で責め立てる。


「……なんだお前は?」


 男は臆することなくバンデラスへ質問する。

 

「王都冒険者ギルドのギルドマスターのバンデラス・レイオットだ」

「俺はゼフィアスだ。ギルマスかなんか知らねえが引っ込んでろ! 王の話しなんかより、よっぽど重要なことが発生してるんだよ!」


 バンデラスは一瞬で怒髪天を衝き、顔色が真っ赤に変わる。


「てめぇ!!」


 バンデラスは怒りのまま腰に下げている剣を抜く。 

 そしてその剣をゼフィアスへ突きつけた。


「ギルマスを舐めんじゃねえぞ。引退前の冒険者ランクがA以上の人間しかギルマスにはなれねえんだ。舐めた口聞いてるとぶっ殺すぞ!」

「…………」


 男はバンデラスの剣幕に臆したのだろう、何も話せない。

 いい気味だと思う。身の程が分からないものにはそれを知らしめてやることが必要なのだ。


「止めろ」


 そこで王からストップがかかる。

 バンデラスは抜いていた剣を鞘へと収め、王へ片膝をついて平伏した。


「……そう言えばバンデラス。お前に以前晩餐会で紹介された彼女が、リリスという名ではなかったか?」


 なんで私の名前なんて王が覚えてるのよ。よりにもよって。

 バンデラスの額には汗が流れていた。

 

 どう乗り切るのだろう?

 固唾をのんで見守っていたが――


「そのことでも進言があったのです。リリス、ロイから告白を受けた話を王へ頼む」


 どうやら逃げ場はないようだ。

 覚悟を決めて、壇上近くへと行く。

 そして、バンデラスと同じように平伏しながら王へ話す。

 

「昨日私はロイから好きだと告白を受けましたが、その気はないと断りました。その事で気落ちして町を離れたのだと思われます」

「ふむ、そうじゃったのか…………それはどうしたもんかのう……」


 王は顎の白髭を撫でながら熟考する。

 なぜそこまでロイにこだわるのだろうか?

 彼などいくらでも変えが効く冒険者の一人に過ぎないのに。


「そいつはおかしな話しだな。ロイはあんたと故郷の村で付き合いはじめたって言ってぞ」


 ゼフィアスがまた割り込んできた。

 苦々しく思いながらも人目があるので、言動を抑制しながら答える。

 

「それはロイがそう言ってるだけですね。私はロイとお付き合いした記憶はありません」

「じゃあ、ロイが俺らに嘘を言っていたと? ロイはあんたに相応しい人間になるんだと随分と努力していたんだぞ!」


 ゼフィアスは眉間にしわを寄せて迫ってくる。

 思わず後ずさる。

 たかだかロイ如きのことで、なんなんだこの男は?


 そこでバンデラスより助け舟が出された。


「おい、てめえいい加減にしろよ! 俺は王都のギルマスで彼女はAランクの冒険者だ。俺たちの言うことより、あんなゴミ野郎の言うことを信用するっていうのか?」

「俺……いや、この町のみんなはロイを信じる! あいつには町のみんなが世話になってるからな」


 ゼフィアスがそう言うと町のみんなは真っ直ぐな目をしながら、黙って頷いた。

 その様子からロイが町のみんなから信頼されていることがうかがい知れた。


「あら、あなたたち昨日の夜は随分とハッスルしたんじゃない? あなたたち二人が抱き合ってキスしてるところも見たし、部屋の前を通った時は大きい声が聞こえてきたけど?」


 そこで白髪の老婆が割り込んできた。

 このババアはいきなり何を言い出すんだ?

 

「な、なんだお前は?」

「ホテルの掃除係よ。ロイにはいつもお世話になっていてね」


 お客のプライバシーなんて絶対公開しちゃ駄目だろう。

 これだから田舎のホテルは駄目なんだ。


「てめぇ、客のプライバシーを勝手に言いふらしてんじゃねえぞ、クソババア!」

 

 バンデラスはババアに詰め寄ろうとするが、それは王に静止される。

 

「止めろ! …………ということは、バンデラス貴様、まさか…………ロイの彼女であるリリスと浮気をしていたということか?」


 王はワナワナと怒気を発しながら、バンデラスを問い詰める。

 

「いえ、違うんです! 王は私よりこんな田舎者たちのことを信頼するのですか?」

 

 バンデラスは信じられないといった感じで返した。


「田舎者? 貴様、まさか知らんのか。先程から貴様が対峙しているゼフィアスたちが何者かを」

「何者? そりゃただの農民などの田舎者では……」


 そこでゼフィアスは不遜な態度で王に要求する。

 

「エルドラン王。自分のお膝元のギルマスの教育はきちんと頼むぜ」

「おい、てめえ誰に口を聞いてやがる!!」


 バンデラスが再度、ゼフィアスに突っかかろうとしているところを王はまた静止する。


「ゼフィアスのわしへのその口調は不敬には当たらん」

「え? いや、どう見ても不敬……」


 そこでバンデラスは一つの可能性に思い当たり、その顔を青くする。


 一国においてその国の絶対権力者は国王だ。

 国王より権力が強いものは存在しない。

 権力が強いものは存在しないのだが、国王と同等に肩を並べるものは存在する。


 それがギルドマスターたちを束ねるグランドマスターという存在だった。


 バンデラスは急いで眼鏡をかける。

 彼は眼鏡をかけないと細かいところまでははっきりと判別できないらしかった。


「ま、まさか……」

「そのまさかじゃ。そこにいるゼフィアスはエルドラン王国内におけるグランドマスターであり、ギルド最高評議会の一員じゃ」

 

 ギルド最高評議会。

 それは、時には世界中の国王たちが集まる世界会議よりも重要で、影響力がある意思決定がされることもあるという評議会だった。

 グランドマスターはバンデラスが目標としている役職であり、グランドマスターになればなんでも思いのままだ。

 更にその上にサプレムマスターというギルド最高評議会長の役職もあるらしいが、それは最早実在しているのかも分からない伝説的な存在だった。


 にしてもあんな小汚い格好をした農民がグランドマスター?

 にわかには信じられなかった。


「ふん。王都に活きが良いギルマスがいるとは聞いてたが、こんな大馬鹿野郎だったとはな。お前、さっきエルドラン王の静止を感謝しろよ。王に止められてなかったらお前死んでたぞ?」


 ゼフィアスはバンデラスに冷たい視線を向けて言い放った。

 バンデラスは仮にも元Aランクの冒険者だ。

 そのバンデラスを殺せるということはかなりの強さを誇っているのだろう。

 

「も、申し訳ありませんでした……」


 バンデラスはすっかり顔を青くして、肩を落として謝罪する。

 上には弱く、下には強く、強いものには媚びるのが彼の特徴だった。


「で……リリスがお前と浮気をしていたというのは事実なのか?」

「…………はい、事実です」


 バンデラスは観念したのか頭を垂れながら認めた。

 

 それはそもそもが事実なのでグランドマスター追求されたら認めざるおえないだろう。

 弁明して後で違いましたとなれば、その方が傷口が大きくなる。


「お前はとんでもないことをしてくれたな?」

「とんでもないこと? 良いことではないですが、浮気がそこまで重大なことでしょうか?」


 バンデラスは恐縮しながらも問いかける。


「重大なことなんだよ。お前、ロイがただの冒険者だと思っているのか?」

「え? それは一体どういう……?」


 ロイなんてただの冒険者どころか雑魚冒険者じゃないかと思う。

 一体この人は何を言っているのだろう?


「こうなったら発表するか。エルドラン王もいいか?」


 ゼフィアスは王に神妙な顔をしながら聞く。

 王は少し考えこんだ後、意を決したように黙って頷いた。


「これはロイの希望で公的には隠してたんだがな…………こうなったら発表しよう! ロイは秘匿階級者だ!!」


 ゼフィアスのその告白により会場はあまりの衝撃に、シーンと水を打ったように静まり返った。

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