第2話 絶望からの旅立ち
町の外に出てもまだ走る。
激情のまま走る、走る。
先ほどみたリリスの姿、彼女たちが話していた言葉が脳内でリフレインする。
一刻も早く忘れたいのに、脳はそうしてくれない。
「私をギルマスに推薦してくれるって約束よ」
はじめて聞いた事実だった。
言ってくれれば応援したのに、俺は当時それすらも信頼に足りないと思われていたのか?
小さい頃から一緒でお互いに信頼し合って何でも話せる仲だと思ったのは俺の勘違いだったのか?
将来一緒になる約束までしたんだぞ。
それなのに……。
「才能なくてどうしようもないって……」
あの時はそうだったかもしれないけど、それをバネにして必死で頑張ってきたんじゃないか!
もしかして彼女は当時から俺のことを見限っていたのか?
俺とリリスは同時に冒険者になり、リリスはFからE、D、Cランクへと半年も立たない内に駆け上がっていった。
その時、俺はEランクでまだ足踏み状態だった。
そんな俺を実は軽蔑してた?
リリスとバンデラスがお互いの口を貪り合う場面が脳内でリフレインする。
「うぁああああああッ!!!」
見たくなかった。
知りたくなかった。
夢を見ていたかった。
真実など知らずに、彼女と再会して成長した俺を見て欲しかった!
「はあ、はあ――」
激情とともに心拍数も上がり、呼吸が激しくなっていく。
町を出て、街道を走り、いつしか街道も途絶え、無人地帯の荒野を北へ北へ走っている。
苦しいのに、やるせないのに、走ることを止められない。
激情が思考を、論理を凌駕してしまっていた。
心拍はまるで胸を叩くように激しく鼓動している。
そうして力の限り全力で走っている時のことだった。
ちょっとした坂道を超えると眼前に突如、
そこは凶悪な魔物たちが生息している古森だった。
その古森の中に早速魔物の姿を確認する。
それは
「ウギャ?」
通り抜けざまに樹皮ゴブリンの首を跳ね飛ばす。
続けて、右へ左へと剣を振るい、樹皮ゴブリンを討ち倒していく。
この樹皮ゴブリンには度々、護衛付きの商隊が全滅させられていた危険な魔物だった。
「うぉおおお!!!」
武器を片手に次から次へと襲いかかる樹皮ゴブリンを斬って捨てていく。
樹皮ゴブリンは白樹の大木の特別な樹皮を鎧にしている。
白樹は通常の樹木と違って特別硬くて燃えにくいという性質を持っていた。
だがそんなことは俺の
最初は数の利があって調子に乗っていたゴブリンたちも、次々と討ち取られていく仲間を目撃して一匹二匹と遁走していく。
いつしか樹皮ゴブリンは周りからいなくなった。
それでも俺の走る足は止まることはない。
「はっ、はっ、はあっ!」
心臓はまるでもう走るのを止めろと自己主張するように鼓動を続けている。
森を更に進んでいくと今度は狂乱のオークが目についた。
黒色のオークで
「ううらぁあ!!」
ミスリルの武器すら肌を通さないと言われる、狂乱のオークを袈裟切りで真っ二つにする。
「ウゴォオ゙!?」
こちらも何体かいるので一気に相手取る。
まるで人の大きさほどもある大斧を振るうがそれを躱す。
勢いがついた大斧によって白樹の大木が刈り取られる。
この白樹は普通の鉄製の斧では傷一つつけられないという、硬さを誇る大木だ。
狂乱のオークの規格外の強さがうかがえる。
「うぉおおらぁああ!!」
その狂乱のオークが振るう大斧ごと
オークたちの顔に驚愕の広がる。
そうやって次から次へとオークを斬って捨てていく。
最初は好戦的だったオークだが、こちらの強さを把握すると徐々に逃げ腰になり、ついには何体かはその場から逃げ出した。
狂乱のオークは一体でも危険だ。
例え一体でも町が襲われて全滅させられた事例があった。
「逃がすかぁ!」
逃げるオークの後方から一体、二体と斬って捨てていく。
すると、いつしかオークの姿もなくなっていた。
再び静寂が戻った森をまた俺は走る。
「ふう、ふうっ!」
どれだけの距離を走ってきたのだろう?
どれだけの敵を葬ってきたのだろう?
まるで自分の体を痛めつけるように全力で走り、溢れ出る激情を魔物に叩きつけてきた。
だが未だに憤り、悲しみ、情けなさ、怒りといった感情は尽きることなく溢れ出してくる。
その激情はまるで汲めども尽きぬ、底なき泉のようだった。
――とその時、森の雰囲気が変わったのを察知して俺は走るのを止めた。
立ち止まり辺りを見渡す。
…………何かがおかしい。
「はあはあはあ……」
急に止まると心拍が激烈に鼓動している音が聞こえてくる。
気づくと、一匹、二匹と白狼が出現し、最終的には周囲を白狼たちに囲まれていた。
俺の匂いを嗅ぎつけて群れで狩りに来たのか?
だが、注目すべきは白狼たちではなかった。
注目すべきは、白狼たちの中心で一際大きな巨体で銀色の毛並み誇る大狼の
奴はこの
今まで相手にした魔物のようにはいかないだろう。
巨躯を揺らしながら悠然と歩むと銀色の毛並みが流星のように光を放ち、動くたびに淡い光の軌跡を残す。
瞳は澄んだ銀色で、見る者を幻惑に陥れる力を持っているかのようだった。
「ワォオオオーーーーン!!」
それを合図にするように白狼たちは一斉に俺に襲いかかってきた。
上等だ!
「くっ、うーーーらぁあ!!」
右へ左へとステップで躱し、円を描くように周囲の白狼を切り伏せていく。
白狼たちは前後左右だけでなく、高く飛び上がり上空からも滑空して攻撃をしてくる。
俺は全方位から攻撃してくる彼らの攻撃をいなして、逆に攻撃する。
その時だった。
まずい、あれはやばそうだ。
そのエネルギー弾が――放たれた!
それが俺に向かって高速で飛来する。
「うぉっ!」
間一髪で回避したが、エネルギー弾が地面に着弾した瞬間――
凄まじい爆風と衝撃波とが周囲に伝播する。
俺は咄嗟にそれから身を守る。
着弾したところは大きなクレーターとなっており、白狼たちも巻き添えを食らって何頭かは動かぬ
そこで俺は
そして
すると剣を握る手に微かに伝わる星の脈動が、次第に強まっていく。
やがて、刃先に無数の星屑が集まり、青白い光が激しく瞬き始めた。
「これで……終わらせる……! うぉおおおりゃああああ!!」
ありったけの力を振るって剣を横に薙ぎ払う。
『
光の奔流が眼前に放たれると圧倒的な閃光が広がって、視界が全て白に染まった。
地響きと共に衝撃波が周囲を襲い、空気が切り裂かれるような轟音が耳をつんざいた。
――――砂塵が立ち昇る。
敵の姿は、もう見えなかった。
立ち上る砂塵の向こうにはかつての白樹が焼き払われ、ただの荒野となった景色だけが広がっている。
「これはちょっと…………やりすぎたな……」
後悔の念が湧いてきて、ため息を一つ吐く。
そこまで戦闘を重ねて暴れ回った挙げ句、ようやく俺は落ち着きを取り戻せた気がした。
空を見上げると雲が気持ちよさそうに大空を漂っている。
「人の気持も知らずにさ…………ああ……俺にはリリスが全てだったんだけどな……」
冷静さを取り戻すと浮気をされたんだという現実感が急に襲ってきた。
幼い頃から抱いていた一途な思い。
それに伴う葛藤と努力。
リリスは俺の青春そのものだと言ってもいい。
だけど、それが全て徒労で無駄な努力だったと今日わかった。
彼女は俺の全てだった。
彼女の為ならこの命すら捧げることができた。
強くなろうと頑張ったのも。
冒険者ランクを上げようと頑張ったのも。
全て彼女に認めてもらって、誇りに思ってほしかったからだ。
それなのに……こんな裏切りが現実にあるのか……。
「ちきしょう……ちきしょう…………ちきしょうぉ!!!」
その場に膝をつき、荒れ地に自分の感情を叩きつけるように拳を地面に打ち付けた。
「ゔ……ゔゔ…………」
大粒の涙が頬を伝い、荒れ果てた大地に落ちていく。
激しい戦闘で燃え尽きるように体も心も限界まで使い果たしていたが、それでも虚しさが胸を締め付け、消えない怒りが湧き上がってくる。
「なんで…………なんでなんだよっ!!」
誰にも届かない問いを吐き出し、再び地面を殴る。
彼女への一途な想いは、まるで目の前にあるこの焼けた大地のように、焦げ跡だけを残して無惨に消え去ってしまった。
しばらく時間が経ち、空は赤く染まりはじめている。
俺は誰もいない
激情が過ぎ去り、呆然と肌に感じる風を感じながら、時が進むままに任せていた。
「ふふ……」
不意に沸き起こる笑い。
それはあまりにも滑稽で情けない自分自身に対する笑いだった。
こんな目にあわされたのに、まだリリスのことが頭に上ったからだった。
「そう言えばリリスにサプライズ用意してたんだっけな…………もうどうでもいいか」
胸に去来したのは冷たい感情だ。
自分の中にこんなに冷たい心を感じたのははじめてかもしれない。
リリスと浮気相手だけでなく、自分自身の間抜け具合にも嫌気が差していた。
「あー、もう何もやる気がでない。どうしよ、これから…………」
今までは明確で強力な目的と夢があった。
その夢が破れた今、何を目標にして人生を生きればいいのかわからなかった。
「師匠でも探すか…………いや、こんな自分見せても叱られるだけか……」
苦笑いする。
会ってもいないのに、師匠に叱られる自分がありありと想像できた。
「でも……今は一人になりたいな…………俺のことを誰も知らない場所で一人で……」
この心の傷はすぐには癒えないだろうことは分かった。
この町に留まれば、慰めや労いの言葉はかけられるだろう。
心労にならないように気を使ってくれるだろう。
だけど、求めているのはそんな扱いではなかった。
「そうだ、一人になろう! 旅に出るんだ!」
いつか世界を見て回りたいと思っていた。
幸い、稼いだお金はほとんどを使っていなかったから多少の蓄えはある。
お金が足りなくなれば、その地で冒険者として稼ぐこともできる。
そう決心すると少し元気が出た。
「よし!」
自分に発破をかけて立ち上がる。
いつまでもうじうじしているのは性に合わない。
勢いのまま町へ向かって歩き出す。
夕日が森の向こうに沈みゆく。
その光が俺の影を長く引き、未来へと続く道を照らしているようにも感じられた。
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