自己中な幼馴染に浮気された最強サレ冒険者 〜一人になって傷心を癒やす旅に出たはずなのに、周りの美女がほっといてくれない件

コレゼン

第1話 裏切りの再会

「かんぱーい!」

「乾杯!」


 ジョッキに注がれたビールは喉を鳴らして勢いよく飲み干される。

 収穫祭が開催されているこの町では、いつもの田舎町とは違う賑やかさに包まれていた。


「おい、ロイ! お前も飲んでいけよ!」


 酒場の酔っぱらいの一人がジョッキをつきだして俺に声をかけてくる。

 農民の彼はいつもと同じようにそのまま農作業へ出られるような簡素な服装をしていた。

 

 絶界の宿場町と呼ばれるこの町は、国の中でも一番の田舎に位置している。


「ごめん、今日はちょっと忙しいんだ」

「なんだ、また人助けを頼まれたのか?」

「収穫祭の時期くらい断れ断れ! お人好しにも程があるぞ!」


 この田舎町には年寄りが多く、若い俺は事あることに彼らに頼られていた。


「人助けなんていうと聞こえはいいけど、実際は体の良い便利屋みたいな扱いだけどね」

「なんだ、みんな頼りにしてんだから自分を卑下ひげするもんじゃないぞ」

「そうだそうだ、うちの婆さんも生まれ変わったらロイと一緒になりたいっていってだぞ!」


 俺は肩をすくめる。


「それは光栄だね。まあ、王様も来てんだから、羽目外すのもほどほどにね」


 収穫祭に合わせてエルドラン王国の国王も何年ぶりかで、この町を訪問していた。

 そんな中一人の農民の酔っ払いが思い出したように言う。


「あ、そうだ。そういえば、ロイお前、愛しの彼女が来てたんだっけな」

「なんだそれ、ロイに彼女がいたのか?」

「知らないのかお前? ロイにはずっと熱愛してる彼女がいるんだぜ。その彼女がずっと会えてなかったけど、今この町に訪問してるんだろ?」

「うん、やっと会えるよ」


 彼女のリリスのことが頭に浮かぶ。

 美しい長髪のブロンドの髪をたなびかせて颯爽と魔術を操るリリス。

 抜群のプロポーションを誇り、整った容貌も合わせて故郷の村ではほとんどの男から告白されるほどの人気ぶりだった。


 だが、彼女はとくに目立った所もなかった俺を選んだ。

 故郷の村で付き合いはじめ、将来も誓いあっている。


「熱愛? 初耳だな」

「お前、この町にいてそりゃモグリだぞ。ロイが一生懸命自分を鍛えていたのも、全部その冒険者ランクがA級っていう彼女に認められたいからっていうじゃねえか」


 リリスと俺は同じ田舎の村の出身だが彼女は冒険者になって早々に頭角を現し、王都の大手有名ギルドからスカウト受けてそちらに行ってしまった。

 俺もついていこうとしたんだが、当時はまだEランクだった俺は入会を断られてしまったのだった。


「懐かしいな、もう何年前だ。お前がロザリアに連れられてこの町に来たのって?」

「もう……2年になる。そうか、もう2年になるんだね……」


 師匠のロザリアに連れられて来たのがつい昨日のようにも感じる。

 月日が経つのは早いものだ。


 リリスと離れ離れになり、自身の実力と才能に嫌気が差していた俺を拾ってくれたのが、女冒険者の師匠ロザリアだった。


「お前は強くなる。まあ、私の鍛錬についてこれたらの話だけどな」


 初対面のあの日、師匠は俺の剣筋を少し確認しただけで、そう言ってくれた。

 その師匠の言葉を信じて、課せられた激烈に厳しい鍛錬を必死にこなした。


 うーん…………今思い出すだけでも吐き気を覚えるような記憶ばかりだな。

 あんな無茶な鍛錬、よく死なずについていけたもんだ。ある意味、奇跡だよ。


 ある日、師匠はもう俺に教えることはないと、どこに去っていってしまった。

 あまり自分のことは話さない人だったけど…………まあ、冒険者をしてればまたいつか会えるだろう!


「じゃあ、今日はその彼女に会う約束してるから昼酒が飲めねえって訳か!」

「勢いがてら一杯飲んでけよ! 久しぶりなら緊張の一つもすんだろ?」


 そこへ酒場の店主が現れる。

 彼女はまだ若い俺を何かと気にかけてくれる存在だった。

 

「ちょっとあんたらロイに絡んでんじゃないわよ! ロイ、もういいから行きなさい。久々の彼女との再会楽しんでね」

「うん、ありがとう。じゃあ」


 俺は浮足立つ気持ちを抑えながら、彼女と約束した場所へ向かう。

 収穫祭ということもあり、町ゆく人たちもどこか楽しげだった。

 

 そうか、リリスと離れてもう2年になるのか……。

 最後に彼女と別れる際にお互い抱き合った時の、彼女の温もりや柔らかな体の感触を思い出す。

 あの時はすぐに会えると信じて疑わなかったけど結局1年だ。

 14才で冒険者をはじめて、15才で彼女と離れ離れになってから2年。

 人生ままならないものだな。


「ふふふ」


 今日、彼女にはサプライズを用意していた。

 その時のことを考えると思わず笑みがこぼれる。

 そんな俺をすれ違う若い女性が訝しげに見ていた。

 

 キモいと思われちゃったかな?

 俺は一度下を向いた後に平静を装った。


 その時ふと、古びた小さな教会が目に入る。

 その教会は故郷の村にあった教会にも似ていた。

 もともと神父が駐在していたらしいが、現在は誰も管理しておらず無人なはずだ。


 リリスに告白し、プロポーズしたのも教会だった。

 待ち合わせにはまだ時間がある。

 俺は懐かしさに引き寄せられるように、教会のドアに手をかけてそっとその扉を開いた。


「キィ……」と微かに扉が開く音が響く。

 木造の古い建物の独特の匂いが鼻に届く。

 

 すると中には既に奥に人がいたようで、座席の影に反射的にしゃがみ込んで隠れる。


 …………いや別に隠れる必要はないよな。

 悪いことしに来たんじゃないし。

 

 そう思い直して、姿を現そうとした時のことだった。

 俺の耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた。

 座席の影から彼らを盗み見る。

 

「まだ大丈夫なのか? 今日は彼氏と予定があるんだろ」

「まだ時間に余裕はあるわ」

「こうして俺と逢瀬おうせを重ねるくらいにはか」



 

 …………は?




 俺は見間違いかと自分の目を擦り、再度二人を見る。

 

 …………見間違いなどではなかった。


 リリスは別の男と抱き合いながら、口づけを交わしている。


 一体どういうことだ? 何かの間違いか?

 混乱する俺をよそにリリスたちは会話を重ねていく。


「今日彼氏と久しぶりに会うんだろ。会ったらまたやらしてやるのか?」


 男はリリスのお尻を撫で回しながら尋ねる。

 二人は抱き合い同士のようだった。

 

「えー、やらないわよ。もう私はあなたじゃないと満足できないもの」


 リリスはメスの顔をしながら男に返答する。

 その後、二人はまたお互いの口を貪り合うような熱いキスを重ねる。


 え……なんだ……それ……?

 そんな激しいキスは俺とも……。

 信じがたい状況に思考が追いつけない。


 男の顔には見覚えがあった。

 リリスをスカウトしたギルドマスターのバンデラスという男だ。

 若くしてギルマスまで上り詰めたという30代の男で、ハンサムでダンディーな大人の男の色香を放っている。


「確か彼氏はロイとかいう小僧だったな。確か1年前のあの時はEランクのクズだったか」

「クズは止めてよね、クズは。ロイは才能なくてどうしようもないけど名目上、私の今の彼氏ではあるんだから」


 名目上の彼氏ってなんだよ。

 俺はずっとリリスのことを思い続けてきたのに馬鹿みたいじゃないか。


 リリスはこんな女だったのか?

 時にはわがままを言うこともあるけど、思いやりを忘れない心優しき少女だったはずだ。

 それなのに現実はこんな……。


 俺のいだいていたリリス像は、偶像だったのだろうか?

 自分が見たいものだけ見ていたのだろうか?

 理想として抱いていたリリス像はガラガラと音と立てて足元から崩れ落ちていった。


「どこが良かったんだ、あんなクズの?」

「えー、私の言う事はなんでも聞いてくれそうだし。それに浮気しなさそうだし」


 そりゃそうだろう。

 好きなんだから相手の希望に応えようとするだろう。

 可能ならどんなことだってして上げたいって思うはずだ。

 それが恋人ってものだろう!


「お前はしっかり浮気してるけどな。ははは」

「しょうがないじゃない。ロイなんて才能のない、どうしようもない男なんだもん。ふふふ」


 二人は俺を虚仮にして笑い合う。

 ちきしょう……人の純真をもてあそびやがって……。


「そんなロイのことなんかより、あの約束忘れてないでしょうね?」

「あの約束? ……なんだ約束って」

「私をギルマスに推薦してくれるって約束よ。それがあったから田舎から王都のギルドまで出たんだからね」


 それは聞いたことがなかった。

 リリスはそんな野望を持ってたのか?


「ああ、そういえばそんな約束あったな。覚えてる。だがお前がギルマスになるのはS級になってからだぞ」

「私がS級なんて化け物になれる? それにS級になんかならなくたってギルマスになればお金も権力も思うがままじゃん。ねーいいでしょ」


 リリスは甘えるようにバンデラスに抱きつく。

 バンデラスはそれに対して、まんざらでもない顔をしているが――

 

「まあ努力はしてくれ。お前ならできると俺は信じてるからな。そうすれば俺もグランドマスターになるという夢に近づく」


 リリスが上昇志向が強いことは知っていた。

 少し前の俺ならそんな彼女の夢を応援しただろう。

 ほんの少し前の俺ならば……。


 リリスの真実の姿にショックを受けると同時に、急激に気持ちが冷めていく。


 俺はこんな女を強く思っていたのか?

 俺はこんな女に認められて、支えるために死ぬような努力をしたのか?

 今思えば泣けてくるほど滑稽で、馬鹿らしい。

 

 その時のことだった――

 

 俺は近くに立てかけてあった掃除用のモップを動揺から倒してしまう。

 と同時にバランスを崩して隠していた顔も無防備にさらされる。

 モップが倒れた音が教会に響き渡り、二人の視線が俺に突き刺さる。


「ロイ……?」


 俺は黙って立ち上がる。

 リリスの顔には驚愕と不安の色が広がっていた。

 本来なら神様にお願いするほど、再会したかった顔だ。

 だが今、再会して感じるのは嫌悪感の方が強い。


「悪かったな、才能なくてどうしようもないもない男で……!」

「ち、違うのロイ! 私の話を聞いて!」


 言い訳なんて聞きたくなかった。

 俺はすぐさま教会を出る。


 地面を強く蹴って走り出す。

 ジャンプして建物の屋根に渡り、誰にも気づかれないように屋根伝いに町を走る。

 もう誰とも会いたくなかった。

 こんな顔を知り合いに見られたくなかった。


 後方から何か声が聞こえた気がしたけど無視した。

 

 屋根を走った。

 家々の境目を飛んだ。

 走った。

 飛んだ。

 何も考えれなかった。


「くそぉおおおおお!!」


 あっという間に町を出て、人気ひとけがなくなると激情のまま声を上げた。

 

 その日、俺は人生ではじめて失恋の痛みを知った。

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