貴族の世界

「いいわね。スッキリしているわ」


 着替えを終えたエリーちゃんは、新しいドレスを姿見の前で1回転する。


「お嬢様の存在意義を考えれば、先ほどのドレスでも物足りなかったと私は思います」


「……ルクス~?どうかしら?」


 ソファーの上でその光景を眺めていた俺の前で1回転する。


「にゃ!にゃ~!」


 かわいいよ!世界一!


「ふふ。ルクスは素直でいい子ね~」


 俺とエリーちゃんの間にスッとルイさんが割り込んでくる。


「お嬢様、とてもお似合いですよ!」


 ルイさんは、そう言った後に俺の方を見ると、まるで猫のようにシャー!と威嚇してくる。


 なんか怖いっていうより、無表情だから不気味って感じになっちゃってるけど。


 コンコン。


「お嬢様。そろそろよろしいですか?」


「わかったわ。……はぁ~、ルイ。張り合ってないで行くわよ」


 「シャー!……はい。お嬢様」


 可愛く威嚇していたとは思えないくらい表情をキリっと切り替えると、扉へ近づくとゆっくりと開く。


「ルクスも一緒に行きましょうね~」


 俺は、エリーちゃんに抱っこされながら、部屋を退出し廊下に出る。


 扉の側には、ダンディーさんが直立不動で控えていた。


「お嬢様、会場までご案内いたします」


「ええ、お願いするわ」


 恭しく一礼すると、一歩先を歩き先導し、後ろにはルイさんが、静かに歩いていた。


 うわ~。すげぇ。


 俺は抱えられた腕の中から廊下の様子を見る。


 厚い絨毯が敷かれ、ヒールの音が絨毯越しに微かに響く。

 

 柔らかな燭台の光が並び、壁には、様々なおじさんを描いた肖像画が飾られており、遠くからバイオリンの旋律がかすかに聞こえてきた。


 これが、よくある中世の世界観ってやつか。


 そういや、さっきの部屋の中も凄かったもんなぁ。


 そうやって、俺が周囲をきょろきょろしている間にも会場に近づき、人通りも増えてゆく。


 途中、豪華な装いの女性たちが廊下を行き交い、すれ違うたびに優雅にカーテシーを交わすが、その視線がエリーちゃんのドレスを一瞬だけ値踏みするように動いていたのを、俺は見逃さなかった。


 あと、エリーちゃんが俺を抱いたままカーテシーをするもんだから、相手の女性の「え?猫?」って表情も俺には見えていたぜ。


 「本当、嫌になるわね」


 そんな感じで人間観察をしていたら、誰にも聞こえないくらいの呟きが頭上から聞こえた。


 ムムム。


 エリーちゃんって人見知りするタイプなのかな?


 他の人たちが居る空間だと、雰囲気が硬くなってるような?


 そんな風に俺がエリーちゃんの顔を見上げていると、より一層表情が無くなってしまった。え?なんで!?


「これは、エリザベス嬢」


 その言葉に、見上げていた顔を前に向けると、びっくりした。


 廊下の向こうから現れたのは、アッシュグレーの美青年は柔らかな笑みを浮かべて近づく。


 彼は、エリーちゃんの側で立ち止まると、静かに頭を垂れた。


「お久しぶりですね。今日も変わらぬご麗容れいように、目を奪われてしまいそうです」


 エリーちゃんは、その言葉に無表情ながらも、優雅にカーテシーを返した。


「これは、ランドルフ様。ご機嫌麗しゅうございます。お元気そうで本当に何よりですわ」


「おかげさまで、いつも元気にしております」


 彼はふと目を細め、エリーちゃんをじっと見つめる。


「それにしても、こうして、再びお会いできるとは。思わず時を忘れるほど、嬉しい限りです」


「まあ、それは光栄ですわ。私も、ランドルフ様のお顔を拝見できて心が温かくなります」


「それは嬉しいですね。……ところで、そちらの子猫はどうされたのですか?」


 ランドルフは、その灰色の瞳を腕に抱かれている俺に、合わせるようにして腰を屈める。


 え、やだ。イケメン。


 …………ぽっ。


 はっ!やばいやばい!イケメン過ぎて乙女になるところだった。


「道中の森の中に孤りひとで居ましたので、ここまで連れてきてしまいましたわ」


 エリーちゃんは、可愛らしく笑いながら腕の中の俺を見る。


「なるほど。エリザベス嬢はお優しいですね。……ふふふ」


 ランドルフは、何が可笑しかったのか口元に手を当てながら、腰を伸ばす。


「……何か可笑しなことを申したでしょうか?」


 エリーちゃんの可愛かった表情が、一瞬にして無表情、いやちょっと怖い感じになってしまった。


「これは申し訳ない。その子猫を見つめるエリザベス嬢の表情が、とても可愛らしかったものでして。普段もそのようなお顔をされたほうが、皆から誤解されずに済むと思いますよ」


「ら、ランドルフ様には関係ないことですわ!……失礼致します!行きますわよ。ハロルド!」


 エリーちゃんは、少し顔を赤らめながら、颯爽と歩き始める。


 すれ違い様に見えたランドルフの表情は、どこか反抗期の娘を見守るような優しい笑みをしていた。


 その様子を周囲で見ていた、ご令嬢たちは騒めいていた。


 そんな出会いがありながらも、廊下を進むたびに、音楽の演奏音が少しずつ大きくなり、他の参加者の笑い声や談笑の響きが混ざり始める。


 それにしても、何処を見ても、すんごいドレスばかりで目が痛くなるぜ。


 あそこの娘さんなんて、金箔で作ってんの?ってくらい金ピカだよ。金閣寺といい勝負だな。


 なんかすっげーモコモコのファーの扇だったり、緻密な刺繍が施された扇だったりで口元隠してオホホホって言うthe貴族!って感じの笑い方も本当にするんだな。


 本の中だけの表現かと思ってたよ。


 それに比べて、エリーちゃんの今の装いはお淑やかで目に優しいですよっ!


 まぁ、俺の所為で本来のドレスを汚しちゃったってのもあるんだけどさ?


 あれもあれで、豪華絢爛!って感じだったけど、どことなく上品には感じたんだけどなぁ。


 着る人の素材が良かったからか?。


 いやいや!他のご令嬢が悪かったって意味では決してないけど!ただ、本音を言えばエリーちゃんが頭1つ抜きんでてるねって話であって。


 中には、めちゃくちゃ可愛い娘も居るんだよ!?ただ、物足りないっていうかねぇ?


 まぁ、エリーちゃん最強って事で!


「ルイ。ルクスをお願いね」


 俺がそんな事を考えていると、エリーちゃんが後ろを歩いていたルイさんに俺を託す。


「はい。かしこまりました」


 あぁ!ちょっとまって!なんか!ルイさんの目が!目が!


「ルクス様。しばらくは私とご一緒してくださいね」


 俺は、脇の下を持たれ脇腹辺りを左右それぞれモミモミしながら、そんな台詞を言うルイさんに必死の抵抗をしてみるが。


「にゃ~、にゃ~」


「私と一緒で嬉しいですか?」


 違う!いや!一緒が嫌とかじゃなく!モミモミやめてぇー!


「こほん。ルイ」


「失礼致しました」


 前方でその様子を見ていたダンディーさんの咳払い1つで、ルイさんの俺への攻撃は止まった。


 ルイさんが大人しく俺を腕の中に納めると、巨大な扉へ近づいていくエリーちゃんの背中が見えた。たぶん、あそこが会場なんだろうね。


 その巨大な扉には、金の縁取りが施され美しい薔薇の彫刻がデザインされており、扉の左右には1人ずつ使用人が待機していた。


 エリーちゃんとその後ろに侍るダンディーさん、ルイさんと俺が、扉の前まで来ると使用人がゆっくりと扉を押し開ける。


 そこは、まるで別世界だった。


 シャンデリアの輝きとオーケストラによる生演奏で歓迎され、立食形式による豪華な食事やシャンパン、ワイン、デザートが振舞われていた。


 そして、壁にはタペストリーや絵画、花が飾られ、会場全体の豪華さを醸し出していた。


 なによりも、驚いたのが会場の外では目が痛くなるようなド派手なドレスだと思ってたものが、この中に入るとそれすらもこの場を盛り上げるための要素の1つに過ぎないんだなって思った。


 俺はチラリとエリーちゃんへと視線を向ける。


 確かにお淑やかで良いドレスだと思う!けど、この場においては、不釣り合いになってしまっている気がする。


 あ゙ぁぁぁぁ!俺のバカ野郎!なんで土砂降りのなかで助けを求めちゃったんだぁぁぁぁ!


「じゃあ、行ってくるわ」


 エリーちゃんは、スタスタと会場の中へと進んでいく。


「それでは、私たちはしばらく大人しくしている事にしましょう」


 ダンディーさんはそう言うと、会場の邪魔にならない壁際まで移動する。


 ついでに、俺とルイさんも壁際まで移動したよ。


 俺たちと同じように壁際で待機している従者が他にも何人かいるけど、みんな微動だしない事に恐怖を覚えるよ。


 石像じゃなくて、人間だよね?


 しばらく、俺はルイさんの腕の中から会場内を観察していると、流れる音楽が変わった。



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転生したら悪役令嬢の飼い猫になってしまい、人生をやり直すことにした。 code0628 @Yamada123

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