第11話 大切な人

「やめろ!希!」

さっきの男の声がしてピタリと動きを止めた。だが俺の名前ではなかった。男が呼ぶ声はのぞみと言われていた。男の足音がして助けに来てくれたのだとすぐにわかった。偽物の父の影が動きその男の方へ歩いていく。偽物の父が後ろを向いている瞬間に本当に父じゃないのか確認のために振り返るとそこには2mぐらいの高さのある黒いモヤだった。さっきの男は最初に出会った時の怖い顔をして黒いモヤを見つめていた。俺は身体を硬直させてその二人を見ていることしか出来なかった。

「おい、死神様」と喧嘩腰にその男が言う。

「なんだ」とノイズの入った機械音で死神様という黒いモヤが喋った。

「そいつはあの世に連れて行っていい者じゃねぇ。現世に帰って幸せにならなければならない。」

怒りながらも真剣な眼差しでそう訴えるが

「志希が望んだんだ。死にたいと。だから死なせてやろうとしただけだ。このまま生き地獄にしてもいいのか?」と黒いモヤは反撃する。

俺は心当たりがあり何も言えなかった。だがすかさず

「死にたいと言ったのはお前に祟られてからだ!お前が寂しくて地獄に誘っているだけだろ!それにこいつには大切な人がいるんだよ!」と俺の味方をしてくれる。そう、俺には大切な人がいた。だから帰らなければいけない。だけどそんな言葉も虚しく黒いモヤは笑う。

「大切な人?笑えるな!実の父でもないただの保護者を大切だと?血の繋がりもないのに?」

黒いモヤは突然振り返り俺の方を見た。

「なぁ志希」

そう言われ目線を逸らす。男は「何も言うな」と俺に叫び俺はその男の言葉に従う。だが黒いモヤは続けて

「お前の帰りを待っている奴が本当にいると思っているのか?身内でもないただの他人が!」

その言葉に俺は確かにそうかもしれない、と思い俯く。その姿が嬉しかったのか黒いモヤは三日月形の目と口を生やした。

声がやっと出せるようになって

「確かに血は繋がってないけど、俺を大事にしようとしてくれて俺のために何かしてくれる人は血の繋がりなんかよりもずっと深い絆があるんだよ!何も知らないくせに俺の家族を侮辱するな!!!」

と今まで言えなかった思いを全てぶちまけるように黒いモヤに向かって叫ぶ。

やっと声を出した俺に男は驚き、黒いモヤはニヤリと笑っていた。

「ふははは、そこまで言うならよかろう。」

そう黒いモヤは言い、不思議とドアが開いた。

その先は暗くて最初来たここのようだった。

だけど俺は逃げるようにドアのその先へ駆けていく。追いかけてこないようにドアを閉めようと振り返ると父親と男が微笑んでこちらを見ているのが見えたがドアはパタンと閉じてしまいよく見えなかった。

だが俺は暗い道をただひたすら走った。きっと大丈夫。俺には親父がいる。器用で俺の事を心の底から愛してくれて俺のために色々してくれる親父。初めて会った時無愛想で可愛げのない俺を受け入れてくれたこと、美味しいご飯を作ってくれたこと、俺が寂しくて泣いている時、大丈夫だよと背中を摩ってくれたこと、まるで本当の親子のように「うちの息子」と周りに自慢してくれたこと、病気に犯されたときでも絶対に助けると言ってくれたこと、親父に会ったら心配かけてごめんなさいと飛びっきりのありがとうを言おう。

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