第9話 僕がいる理由

大量の読めない書物をめくりながら

「志希くんはつまり、祟りによる病なのですか?」と問う。

「正確には病じゃないが祟りが原因だろう。会ってみなければ志希くんが神様に取り憑かれているのか他に理由があるのか分からないね」

と書物を読みながら神主は答えた。

「そうなんですか。じゃあ神様は志希くんに怒っているということですか?」

「怒っているよりも心配なんだと思うよ」

「心配?どうして?」

神が人間を心配するなど有り得ない。守護神ならまだしもこの地の神など人を守ることがあっても個人の誰か一人を守るわけがない。

「予測でしかないが志希くんに憑いている神様は志希くんの父親なんだろう。山野家は大昔神と強い繋がりがあって神の力を手に入れたと言われているからね」

志希くんの父親。俺の命の恩人であり、勝てない宿敵だ。親が子の心配をするのは当たり前だ。もしほんとに山野さんなら納得がいく。

志希くんの実の父を考えると心にモヤがかかったような気持ちになる。僕の大好きな息子を取らないで欲しい。母親を失った実の息子よりも人の家の子を助けたくせに僕の居場所を奪うな。周りに何があったかなんて関係ない自分の子供が幸せに笑っていられるならなんだってやる。もし志希くんの目の前で人が殺されそうになっても目と耳を隠すだけで手出しはしない。見ず知らずの人を助けることだけが正義ではない。大切な人を守れることこそ正義なのである。僕はおかしいだろうか。心配で祟りを起こし志希くんを苦しめるのは親のやることだろうか。楽しい人生を送らせて楽しく終わらせてあげるのは親の夢なのではないのか。もう何がなんだか分からない。親になるってどういうことなんだ?資格勉強もないまま本番の試験に出されているようだ。僕がいる意味ってなんなんだ?守ることか?いや、志希くんを苦しめるものから助けられていない。守れていない。絶対守ってやるという約束を破ってしまった。志希くんに謝らないと。

「あっくん、篤志!」

声を荒らげる神主の声でようやく気がついた。

「は、はい!なんでしょう」

「1人で考え込むのは良くない。君まで壊れてしまったら志希くんを守る人はいないだろう!しっかりしなさい!」

神主の言う通りだ。僕は1人で何とかしようとして志希くんのことは見えていなかった。ずっと見ていたのは方法だけ。目の前にいるものすら守れない僕はなんて愚か者なんだろうか。

「ごめんなさい」

「謝るのは私にではないだろう。君の大切な人に謝りなさい。」

そうか。僕は謝らなければいけなかった。

「わかりました。ありがとうございました。」

「嗚呼、またいつでも頼っておくれ」

そう言って僕は客室から出て鳥居まで足を運んだ。

──────

あれから数日志希くんが病院から抜け出した。

「志希くん!」と何度叫んでも足の速い男の子には勝てない。外はもう真っ暗で日付は次の日になっている。志希くんがいつかこうなるかもしれないとは薄々思っていたが対処法など僕には分からなかった。自由のない人生など嫌になっても仕方がない。ましては自分が実験台だと知ればどうして自分だけがとなるのは当たり前だ。無理に止めるのは志希くんを苦しめるだけなのかもしれないと思い足を止めた。そして無事か知りたくて電話をかける。何度も何度も。だけど繋がることはない。近くにいる知り合いはあの神主しかいない。前に教えてもらった連絡先に電話をかける。

「もしもし、僕の監督不届きで志希くんが病院から逃げ出しちゃって夜もまだ明けないのでもし可能ならば預かって貰えないでしょうか。無理を言っているのは承知の上です。どうかお願いします。」

「そうかい。私は構わないよ。あと志希くんの初めての反抗を責めるんじゃないよ。」

「本当に、ありがとうございます!明日の朝すぐ迎えに行きますので!」

強い不安からの安堵でようやく肩の力が抜ける。だが神主は思わぬことを口にする。

「いや、来なくていい。志希くんに現を見せる。唯一の治療法さ。」

志希くんを救う唯一の方法。断る理由もなく少し黙り込んでわかりましたとだけ言って電話を切る。

すると直ぐに電話が医者からかかってきていた。拒否を押そうとしたが出ることにした。

「もしもし!志希くん見つかりましたか?もし見つからないのであれば警察に相談も、」

実験台が逃げてしまうからなのか医者は慌てて電話をかけてきたようだ。

「いいんです。今日と明日は息子の好きなようにさせてあげてください。」

だがもう関わらないでくれ。

「でも!志希くんは今、危険な状態なんですよ!?」

本当に焦る素振りだけは達者だなと鼻で笑い

「ご心配ありがとうございます。さようなら。」

とちょっと待ってという医者の声も聞かず電話を切った。

誰がなんと言おうが関係ない。僕と息子の関係に口を出してくるな。もう二度と志希くんを傷つけない。次こそ守ってみせる。それが僕がいる意味だから。

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