第8話 葛藤
「志希くんの病は祟りから来るものなんだ。それもかなり強烈なものさ」
「祟り?俺、祟られるようなことしたかな?」
「気づかないからこそ残酷なんだ。自覚があればここまで苦労はしないよ。」
「、、、、」
原因は自分だったという衝撃を受けたが今までどんなことをしてきたか少し振り返りながら悪いことを思い出してみる。
だがなにも祟られるようなことは思い出せなかった。
「分からない。」
「そうかい、じゃあ神様に聞いてごらんなさい。」
神主さんは息をはいて声を出した。
『八百万の神よどうかこの私に現を見せてください。』
と唱えた瞬間、全身の力が抜け落ちその場に寝転がる。視界は暗く、声も出せないまま。
ーーーーーーーーー
「ままぁ、おちてー」
真っ白なベッドの傍に舌っ足らずで顔のぼやけた男の子が母親らしき女性に話しかける。だが女性に反応はない。よく見ると真っ白なベッドは棺で男の子の横で泣いている男もいた。どの人もみんな顔がぼやけていて誰だかわからない。だけどその男の子に人々が向ける視線は同情もなくただ冷たい。まるで殺人を犯した罪人に向ける視線から逃げるよう男の子は男の手を掴みその場から出た。今日は台風が来ると言われているがその時だけはしとしとと優しい雨が彼らの味方をしていた。映画のスクリーンのように映る誰かの人生は悲しいシーンしかなく笑っている場所はひとつもない。だがどんなに周りが泣いていようが男の子は泣かなかった。クラスで飼っていたうさぎが死んだ時も、あと一秒でもあれば勝っていたバスケの試合も、優しくしてくれた祖父母が死んだ時も、誰もが泣いてしまうような時でも男の子は泣かず、ただどこかを見つめて一言も発しない。誰かが背中をさすっても話しかけても頷く程度で人々は彼が悲しみを必死にこらえているだけだと解釈していた。だけどその中でもあの男だけは「※✕?!は泣けないんだろ?泣けないほど辛いんだなお前も。」と男の子を理解している。男の子の名前は早送りをした時みたいによく聞こえないし他の人に対する態度より男の子の方が手厚くその男が父親なんだろうと予想がつく。彼に身寄りがないように見て受け取れるし親族のような人にも嫌われているのだろう。見ていて心が苦しい。こんなとこから抜け出したい。だけどどこを見渡しても暗いままで出口など見つからない。不安と焦燥感でだんだんイライラが募る。そして音量の調節ボタンも電源ボタンもないこのスクリーンを思いっきり殴った。スクリーンはガラスのように砕け散り中から大量の水が溢れ、足の半分ぐらいまでに水が満ちている。
「なんだよこれ!」
水圧で重くなった足を1歩ずつ進め割れたスクリーンの中を覗いてみる。そこには4畳ほどの幅があり水がなく確かにここから水が出てきたはずなのに乾いていた。どうしてだろうと思いながらも片足を入れもう片方も入れると左に道があるのに気がついた。出口かもしれないと思い、無我夢中に歩き出す。だが五分ほど経っても道は永遠に続いている。諦めかけていたその時道の途中で光る何かをみつけ駆け寄る。その何かは光を出していて真っ暗闇の中光り輝いていた。よく見るとスマホで
「やったこれで助けが呼べる!」
そう思ったのもつかの間、スマホの中にはカメラ、LINE、メモ、日記しか入っていない。通話はかけられないしLINEも誰の連絡先も入っていなかった。
「くそ、、!!なんで何も無いんだよ!」
俺はまたイライラが起こり使えないスマホを地面に叩きつけた。すると通知音が鳴り、え?と驚き確認してみると日記が保存されましたと表示されそれをタップした。日記は方眼がなく自由帳のようだった。下の方へスクロールすると短い文章で「まま、いつ帰ってくるの?」「寂しいよ」「ままに会いたい」「ぱぱが泣いてる」「どうしてかえってこないの?」「かなしい」「ねぇ」「まま」と書かれている。徐々に文字も緩くなって最後の文字は読み取るので精一杯だった。この日記を読み終わったあと俺はさっきの映像といい、この日記といい全てが俺の人生と全く同じだと感じる。だけど俺の思いは誰かに伝えたことも言ったことのない思いばかりだ。さらに足を進めるとどんどん日記が追加されていく。そのうち死んだ父親から連絡が来るようになる。だけど返信はできずただ見ることしか出来ない。父親とのLINEは全て俺が思っていたが言わなかったことで会話をしていた。例えば今日帰るのが遅くなるという父親からの連絡にいつもなら「わかった。大丈夫だよ」と返すが「誕生日ぐらい一緒にいてよ」と返すが父親からの返事はない。まるでその分だけ切り抜かれているかのように会話が進む。その後も返信をしてもそれに反応はされず遂には父親からのLINEも来なくなった。
7月半ばから来ないLINE。ここから父親が死んだのだろう。日記を読むと真っ白なノートは真っ黒に塗りつぶされていて何も読めない。ぐるぐるとマッキーのような黒いペンで書かれた感じだ。どのページをめくっても真っ黒でみているだけなのに息が苦しい。この日記は俺の心理状態を表しているのだろうか。この日記を見て俺は少し独り言を零す。
「俺、ずっと死ねたらいいのにって思ってた。だけど誰かに本音を打ち明けるのが怖くて何も言えなかった。」
苦しくて怖くて辛くて悲しくていつも眠る時このまま死んでしまいたいと考えていた。親父と出会ってから生活は明るくなった。でも俺の黒い部分が時々顔を覗かせている。それを隠して親父に捨てられないように元気に振舞ってた。親にも本当のことも言えない俺を今更受け入れてくれるか不安だった。反抗した時も少し強い口調で言ってしまった時もずっと親父の顔色を伺っていたのも覚えてる。何もかも不安ででもずっと伝えたかった。人と面と向かって言えないが日記には言える。
俺は。
本当は。
泣きたかった。
でも泣くことは出来なかった。自分が崩れ落ちて二度と戻らない気がして怖かったから。母親が死んだ時も本当は今すぐにでも父親に抱きついて泣きたかった。でも俺にはそんな資格がなかった。なぜなら母親が死んだのは道路に飛び出した轢かれそうな俺を庇ったから。俺のせいで母親が死んだ。人柄も良くて誰もから好かれているような人だったようで亡くなったことを惜しむ人も多かった。だからこそ死んだ理由の俺を嫌う。当時3歳児という幼い子供だと言うのに容赦ない大人達は誰一人俺を受け入れてはくれなかった。だけど実の父親だけは一緒に帰ろうと手を繋いでくれた。父親の愛情というものに初めて触れた瞬間がそれだった。大したことではないものでも俺にとって前を向く理由になった。
だけど神様は母親を殺した俺に怒っているのだろう。悔やんでも悔やみきれない思いを感情と一緒に押し殺したから。悔やんで更生でもして欲しかったのだろう。嗚呼、なんで俺は罪深い人なんだろうか。都合の悪い時だけ嫌なものを押し殺して綺麗なところだけ人に見せていた。
ごめんなさい。死んで償います。
俺は床に膝をつけ正座をし深々と頭を下げた。
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