第6話 自暴自棄
「それじゃおやすみ」
「うん、おやすみ」
そう言って布団に入り病室から出ていく親父の背中を眺めていた。スライド式のドアを閉じたのを見て横向きになり窓を見た。すると親父が大事にしている時計を忘れているのを発見し、まだ遠くはいっていないだろうと思いベットから飛び降りた。すると親父の声がドアの前で聞こえた。誰かと話しているようで僕は足を止めた。
「なかなか志希くんの病気は難しいです。色んな場所で研究をしていますが手がかりすら掴めていないのが現状です。」
相手は主治医の柳谷先生のようで俺の病気について話しているようだった。
「そうですか。1年は持ちますよね、?」
「それすらも分かりません。私達ができるのは志希くんの延命のみです。」
「なんで、なんで息子だけあんな目にあわないといけないんですか!なにか方法はないんですか?」
「私達も全力を尽くしております。それと寿命のことは検査が終わるまで黙っていてくれますか検査に忠実じゃなくなるかもしれないので」
「は?あの子に嘘をつけと言うんですか!」
「仕方がないことです。誰かを助けるためには誰かを犠牲にするしかないのです。」
「ふざけるな!」
消灯時間が過ぎた病院の廊下で親父の叫び声が響き渡る。
柳谷先生の言葉を聞いて俺の身体はただの試験体Aにしか過ぎないのだと知った。あんなに優しくて応援してくれていたのに。全て嘘だった。裏切られた気分で吐き気がしてくる。呼吸が乱れて咳が止まらない。親父と先生にバレてしまうと思い息を止めるが咳が止まることは無い。
だんだん音が大きくなってついにドアを開けられてしまった。
「志希くん!なにしてるの!寝てなさいと言ったじゃないか!」
親父がおどいた様子で叱ってきた。
「ちがっ、これ忘れてたから届けようと思ってたの。そしたら話し声が聞こえて、全部聞いちゃった。」
口の歯止めが効かず全て言ってしまった。
その瞬間、柳谷先生の顔が曇り、俺と顔を合わせようとしなかった。親父も何を言ったらいいか分からないのか黙っていた。2人してなんなんだ子供に黙って嘘だけ教えるなんて。あと1年くらいしかないのならそう言って欲しかった。言ってくれれば心の準備ができたのに。乱れた呼吸に溢れ出る涙。病の進行で肺や気管支の調子が悪く呼吸困難となり気を失ってしまった。このまま死ねたら楽なのに。
目覚めた時にはいつもいるところじゃない病室にいた。扉の隣に大きな透明なガラスがありそこに親父と先生の姿があった。また俺の事を話しているのだろうか。色んな人を困らせるぐらいならいっそ死んでしまいたい。きっと俺が生きているのがだめなんだ。親父に気づいてもらおうと起き上がろうとすると思うように身体が動かずよく見てみると足が拘束されていた。
「なんで、俺、なんも悪いことしてないじゃん、、、」
きっと理由があるのだと頭ではわかっている。だけどここまでやらないといけないのかととても悲しい気持ちになる。見えぬ病と戦い、早2ヶ月が経とうとしている俺の心はもう限界をとうの昔に超えていた。あと10ヶ月ほどこの苦しみを耐えなければならないと考えると長生きのことなどどうでもよく思えてくる。せめて今を楽しく過ごさせて欲しかった。「くそくそくそっ」と怒ったところで何も変わらないのに今は何かを吐き出していないとどうにかなってしまいそうだ。
死にたい死にたい死にたい死にたい。でも死ぬ時ぐらい楽に死なせて欲しい。苦しい治療を耐えて次の世代のために俺はもう充分頑張ったんだ。もうこんなとこ抜け出してやる。足の拘束は案外簡単に取れ無理やり点滴を抜き取り繋げられている管すら取ってしまい上着をもって親父がすぐ隣にいるというのにも関わらずドアを開け全速力で走っていく。親父の俺の名前を呼ぶ声も先生が走って来る音も看護師が止める声も何もかも俺には要らない。ただ宛もなく走る。こんなに軽快に走ったのはいつぶりだろうか。嬉しくてドキドキして笑みが止まらない。俺は自由だ。自分のことしか考えない大人達など消えてしまえ。病院の周りの建物など何も知らないが東京の夜は明るく色んな人がいた。街中に行けばもっと明るくて誰も俺を見ていない。久々の外の空気を吸いコンビニに入った。見た目を隠すためのマスクと水、食べれなかったお菓子を電子マネーで買いイートインで一息をつく。スマホには親父からのLINEや不在着信で溢れていた。少し申し訳ない気持ちにもならず深夜のコンビニを満喫していた。この時間帯は人手が少ないのかレジに店員もいなかった。この後はどうしようか考えていると知らない番号から電話がかかってきた。フリーダイヤルでもないし親父でもないがとりあえず出てみることにした。
「もしもし」
「もしもし、志希くんであってるかな?」
「そうですけど、誰ですか?」
「驚かせて悪いね、私は乃木神社で神主をしている神風だ」
「なんで神主さんが俺の電話番号知ってるんですか?」
「実は南川篤志という男から電話が来てね、夜の東京を歩き回るのは危ないからそこで預かってくれないかと言われたんだ。」
「親父が?まぁ、危ないっちゃ危ないか、」
「しばらく居てもいいからとにかく安全なところにいて欲しいんだよ。個室を用意してあげるから今から送る地図を見て気をつけてくるんだよ」
「わかりました。ありがとうございます。」
そう言って電話を切った。ゆったりとした声で親父より優しい声だった。このままほっつき歩くのも警察に見つかったら面倒だし素直に行くことにした。駅を降りて少し歩くとすぐ着いた。俺と同じぐらいの身長をした白髪の男性がいてそれがすぐに神主だとわかった。俺を見て危ないだと叱られると思ったが神主さんは「夜遅くにご苦労だったね、沢山走って汗をかいたろう。お風呂に入りなさい」と優しく俺を向かい入れてくれてくれた。この人はきっと悪い人なんかじゃない。そう心から感じる。
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