反射するポニーテール

@sanbun_ao

第1話

木漏れ日と、炎天下の境目。

ジリジリと肌を焼かれる暑さ。

気休め程度の涼しさ。

その二つを背負いながら、ベンチに置いたリュックから水を取り出す。

温くなった清涼水は、なんだか苦い。

不快感を飲み込もうと、天を仰ぐ。

視界の端でビー玉が、ころころ。

辺りを見回すも、人影ひとつない。

突然、現れたビー玉がなんだか少しおかしくて日陰から身を乗り出す。

背中に、汗が垂れる。

舗装が甘いコンクリの上で、ビー玉は一体何処へ向かうのか。

「なに見てるの?」

「なにも」

少しだけ上擦った声で、ビー玉を凝視したまま、僕は答える。

「そろそろ夏だねぇ」

「もう夏だと思うよ、この暑さは」

「バス停なんかで待ってたから、そう思うんだよ」

まだ夜は涼しいよー、と彼女は隣のベンチに座ろうとするものだから。

僕は仕方なく、リュックを膝の上に避ける。

「で、なにみてたの?」

「ビー玉」

肩から背中越しに迫る人の熱から、距離を取ろうと、少しずれる。

全身に熱線が当たる。

バス、早く来ないかな。

ながくながく何処までも続く道路。

都会からまっすぐ引かれた灰色の線と、緑一面の畑は何処で交わるのか。

焼けるように暑い頭で、ぼーっと考えながら、ただバスが来るのを眺めていた。

「ビー玉?誰かが落としたの?」

「知らないよ」

「宇宙人の卵だったりして」

なんて、突拍子もないことを言い出した彼女。

僕からすれば彼女こそ、宇宙人だ。

なんでこんなに無口な僕に付きまとうのだろう。

自分といてもあんまり楽しくないと思う。

「昨日、テレビでやってたよ。田舎のー、アメリカの荒野の真ん中で、宇宙人がなんか恐ろしい実験をしたんだって」

「あやふやすぎて、なにもわかんないよ」

「だから、宇宙人がー!」

勝手気ままに騒ぐ彼女の話を、半分以上聞き流しながら、僕はビー玉について考えていた。

ビー玉。

ビードロ。

ガラス玉。

色んな呼び方がある、ただのガラスの綺麗な球体。

何故、幼い時は美しく愛おしく見えたのだろう。

今は、もう分からない。


「あ、来た」

緑と灰色の田舎臭い配色の中を、赤みがかった田舎臭いバスが向かってくる。

何故だかバスの訪れる時間が、今日は長く感じた。

一人で待った先週は、あんなにも早かったのに。

「あ」

灰色の道の上を動く光源。

太陽を反射したビー玉。

段々と、此方に近付く。

近付くバス。

タイヤが巻き起こす砂埃が、鼻の奥をくすぎる。

乾燥した土の香りが嫌でも、コンクリの暑さを知らしめる。

ビー玉は、ゆるやかに、確実に此方に迫る。

ぱりん。

「バスが止まります。ご注意ください」

何かが、割れる音がした。

その音の主がビー玉なのか。

未だに分からない。

二人だけを乗せて発進するバス。

振り返って窓を見る。

バス停の前。

赤い水溜まりがあった。

それが、バスに轢かれた野生動物なのか、ビー玉の中身なのか。


ただ、宇宙人の卵ではないと思う。

だって、狭い隣の席で、朝ごはんだとハンバーグを食べ出す彼女の方が、よっぽど宇宙人だから。

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