吉野くんの秘密 -彼はクラスで一番……学校で一番カッコいい……筈なんだ!

夏々湖

吉野くんの秘密。

 吉野くんはカッコいい。


 もうね、街を歩いていて逆ナンされるとか、当たり前。むしろナンパされなかったら話題になるぐらいのかっこよさだ。

 小学生の頃からカッコよかったが、中学に入りサッカーを始めた頃には、カッコ良さに遠慮がなくなってきた。

 そして、中学三年生になると……

 極上の面相筆でなぞった切れ長の眼。眉は細くもなく太くもなく、綺麗な直線を描く。

 鼻筋は、高すぎて変に主張したりしないバランスを保ち、薄めの唇が鋭さを演出する。

 清潔だが運動に支障がない程度に伸ばした髪と相まって、全体的に彫刻の様な荘厳さが漂う。

 背は高すぎたりはしないが、姿勢が良いのか実測値よりも高く見える。

 全体に筋肉が薄くついており、脂肪は少ない。かなり細めだが、力強さを残したスタイル。

 声変わり前は美しいボーイソプラノだった。今はアルトに落ち着いたが、発音も綺麗なために耳に優しく、いつまで聞いていても飽きる事がない。


 そして、吉野くんはサッカー選手だ。

 中学一年から部活で始めただけなのに、中二の段階で県内の強豪校からスポーツ推薦の話が複数来たレベルの、優秀なプレーヤーだ。


 こんな超カッコいいヤツがサッカー部で大活躍とか、それはそれは女の子にモテる。もうね、モテまくるね。サッカー部の女子マネージャーとか、ほぼ全員吉野くん目当てだからね。

 じゃ、そんな女の子たちを取っ替え引っ替え?

 そんなことはない。吉野くんはそんなカッコ悪いことはしない。なぜならカッコいいから。

 いや、違った。吉野くんは一途だったから……


 吉野くんには、小学生の頃から好きな人がいる。小学校低学年の頃の初恋を、今でもずっと追いかけ続けている。


 樽木詠美たるきえいみさん。吉野くんの片想いの相手だ。

 そう、片想いなのだ。

 吉野くんは樽木さんを想い続けて、もう九年にもなる。

 

 樽木さんは小学生の頃から、可愛らしい女の子だった。

 中学生になると、この『可愛らしい』が、『美しい』(吉野くん談)になり、中二ともなれば『女神が裸足で逃げ出す』(吉野くん談)レベルにまで達っした。

 いや、あくまで吉野くん視点だからね? 世間的な評価でも、相当な美少女では有るけどさ。

 一言で言うと、和風な少女? 高級な日本人形風な平安美人。

 黒髪ロングストレート、肩甲骨の下まで。

 輪郭はふんわり。頬の線も優しそうなカーブを描いている。

 スッキリした感じの一重瞼。

 スッキリした感じの鼻筋。

 スッキリした感じの口元。

 平たい顔族代表の美少女。

 身長は平均的。体重も平均的。なんならプロポーションも平均的。


 樽木さんがいつもつるんでいる友人は、ガリガリギャル娘とガリガリノッポの二人だ。

 だから樽木さんの、抱き心地良さそうな体型が『映える』(吉野くん談)のだ。


 中学三年の夏休みが終わった。

 今日から二学期、一ヶ月近く樽木さんに会えなかった吉野くん、ドキドキしながら樽木さんの登校を待っていた。

 玄関近くの壁にそっと張り付き、何気ないふりをしながら下駄箱付近に集中する。

 ……来た。あの愛らしい歩き方は樽木さんだ。

 吉野くんの無駄に高いスペックは、樽木さんの足音だけでも本人判別出来てしまうのだ。

 

 いや、もう半分ぐらいストーカー化してないか? イケメン無罪ってヤツ?


 樽木さんが上履きに履き替えて、スノコでトントンってしてる音を、ニヨニヨしながら聴く。

 上履きに履き替え、歩き始めた樽木さんの前へ、偶然を装い進み出た。

「た、樽木さんおはよう。ひ、久しぶりだね」

「あ、吉野くんおはよう。夏休み元気だった?」

「あ、ああ。部活で忙しかったさ。推薦の選考ももうすぐだしさ」

 吉野くんはカッコいい。

 しかし、カッコつけたいのだ。大好きな大好きな樽木さんの前では、とことんカッコつけたいのだ。

「推薦頑張ってね、応援してるよ」

 応援してるよ……応援してるよ……応援してるよ……

 吉野くんの意識が飛んだ。それはもう盛大に飛んだ。

「あ、ありがとう、頑張るよっ!」

 って言った時には、樽木さんがもういなくなってるぐらい、意識が飛んでいた。


 最近の中学校は、カリキュラムがギリギリになってきたため、始業式の後でも授業がある。

 一、二時間目は始業式で、三時間目は英語だった。

 サッカー選手として大成すれば、末はマンチェスター入りもっ⁉︎ と言う訳で英語は頑張っているのだが、運動ほどは得意ではないお勉強。それなりの成績までしか届いていなかった。


 このクラスで英語が一番できるヤツ、それは樽木さんの友人の沢井響だ。いつも三人組の真ん中にいる、ガリガリノッポなヤツだ。

 沢井は勉強はなんでもできる。運動もなんでもできる。

 ただ、沢井がどれだけ凄くても、やっぱり樽木さんには敵わない。美しさの桁が違う(吉野くん談)


 この沢井、実はめちゃくちゃ特殊な人間だったりする。

『魔法使い』

 魔法を駆使して、この世界に現れる魔物を駆除する人々。その、魔法使いなのだ。沢井響は。

 このクラスにいると、時々空を飛んでいる沢井を目撃することがある。

 魔法使いと友達とか、樽木さん凄くない? 凄いよね?


 吉野くんはそんな風に思いながらも、英語のために沢井とも交流を持とうかな? とか思ったりしていた。


 と、クラスの女子たちの会話が聞こえてくる。

「え? たぬき、水戸女行かないのっ⁉︎」

 たぬきというのは、樽木さんのあだ名だ。あんなスラっとした美人を捕まえて『たぬき』とか言うの、ひどくない? なんて思ったりする。

 って、水戸女行かないっ⁉︎


 吉野くんは、できることなら樽木さんと同じ学校に進学したかった。

 しかし、樽木さんの希望は水戸女子高校。男子禁制の私立高校だったのだ。

 吉野くんが水戸女に入学するのは不可能である。

 しかぁし! 水戸女の南、2kmほどの高校からサッカー推薦の打診があるのだ! これはもうそこに行くしか……と思っていたら、何やら雲行きが?


「え? 中央高校行くの? 響と同じ魔法学科? え? たぬきもうさやも、魔法使える様になったぁ?」


 ちょっと待てぇっ!

 樽木さんが魔法使えるってなんじゃそりゃー!


 吉野くんが混乱するのも無理はない。

 魔法使いというのは、まず出会うことがないぐらい人数が少ない。

 実際、吉野くんの知り合いでは、沢井一人しかいなかったのだ。

 それが、よりによって樽木さんが魔法使いっ⁉︎

 しかも、魔法使いは全員国によって管理されるはず。だから入学する高校も、勝手に決められてしまうと聞いている。

 中央高校は、幸い家からは近いのだが、吉野くんが水戸の高校に行ってしまったら、それはそれは遠い学校に……


 というわけで、吉野くんは担任の山本先生と面談することになった。


「あの、どうしてもスポーツ科学を勉強したくてっ! ほら、サッカー一筋ですけど、サッカー選手として生きていけるかはわからないじゃないですか。なら、もしサッカー選手として大成できなくても、サッカーに関わったお仕事が出来れば良いなと……」

 先生をめちゃくちゃ説得した。

 担任の山本則夫先生は熱い先生だ。

 生徒思いのとても素晴らしい先生だ。

 いつも日に焼けて真っ黒なため『焼き海苔』とかあだ名つけられているが、本当に素晴らしい聖職者なのである。

 吉野くんと一緒に考え、悩み、両親の説得にも力を貸してくれた。

 幸い、中央高校には『スポーツ科学科』と言う学科が存在したため、なんとかそこに潜り込むために、口八丁手八丁。先生の協力のもと、推薦のお話を持ってきてくれた学校へも、詫びを入れに行った。

 しかし、これだけでは不安だった。


 何もしないでいたら、また樽木さんがどこかへ行ってしまうかもしれない。そう考えたら恐ろしくて仕方がなくなった。


 そして、とうとう決心する。俺は、樽木さんに告白するぞっ!


 樽木さんは可愛い。

 まぁ、吉野くんが力説するほどか? と言われると微妙だが、少なくともクラスで二番目三番目には間違いなく入ってくるレベルで可愛い。

 ギャルな宇佐美や、魔女な沢井も同等以上に可愛かったりするが、宇佐美はギャルギャルしいし、沢井はキャラが濃すぎるしで、客観的に見ても、クラス内の人気度で言ったら樽木さんがナンバーワンかもしれない。

 しかし、クラス全員、樽木さんは吉野くんの想い人だと知っているため、誰一人として手を出していなかった。


 だって、ライバルが吉野くんとか悪夢だし。あれと比較されるとか、無理でしょ。


 吉野くんは、樽木さんにどこで告白しようか考えた。悩みに悩んだ。

 悩みすぎて髪の毛抜けるかと思うぐらいに悩んだ。

 樽木さんの家は、吉野くんの家からそれほど遠くはない。しかし、家に押しかけたら怖がられそうである。

 やはり学校か? だが、誰かに見られた時、樽木さんが恥ずかしい思いをするかもしれない。

 でも、あれほど美しい美少女(吉野くん以下略)ならば、告白にも慣れてるかもしれない……うーんうーん。

 やはり場所は体育館裏が定番か?

 しかし、ボッチが一人飯とかしてたら気まずいだろう。

 やたら広いグラウンドの端? でも、どこからでも見えちゃうのはちょっとな……


 プールと体育館の隙間か……確か柱の影になる場所があったはずだし。


 時間はどうしよう。二学期も始まって一週間。毎日が通常授業だ。三年生は部活はもうないから、放課後か? 昼休みだと食事のタイミングとかわからないし。


 どうやって呼び出す? クラスメッセじゃ味気ないかな……自筆手紙が最強か、やはり。


 吉野くんはカッコいい。カッコ良すぎて、かなり達筆な手紙を書くことができる。やはり手書きのラブレターなら、綺麗な字で送りたいものだし。

 手紙はどうやって渡そう……カバンにそっと忍ばせる? いや、確実じゃないか。やはり直接手渡しで……樽木さんにそんなに近づいたら、血液が沸騰して死んだりしないかな?


 いや、どこの魔物だよそれっ!

 相手は魔法使いだぞ? 魔物を倒す方じゃないのか?


 そして『自筆、手渡し、放課後、体育館とプールの間』で決定した。

 家に着いたら受験勉強もそっちのけで呼び出しの手紙を書いた。

 学校帰りに文房具屋で買ってきた便箋に、一所懸命に文字を綴る。

 字が気に入らなくて、四回書き直した。


 拝啓

 樽木詠美様

 本日十六時、体育館裏プール脇でお待ちしております

 吉野


 なんだよその事務的な文書。フラれたらその手紙のせいかもしれんぞ。

 でも、吉野くんは頑張った。

 そして、翌日の昼休みに、三人組でお弁当を食べている樽木さんの元へと、突撃した。


「あ、あの、樽木さん」

「おー、吉野くんだ。たぬきに用事? お持ち帰りする?」

 樽木さんが返事をする前に、沢井が反応した。

 って、お持ち帰りってなんだよっ! 持って帰りたいよっ! ただ、そんなことしたら間違いなく俺の心臓止まるわっ!

「吉野っち、たぬきの貸し出しなら、返却不要だし」

 いや、宇佐美! 樽木さんはものじゃないんだから、貸し借りなんてしないしっ!


「あ、あの、これ、読んでもらえると嬉しい……」

「ほほぉ、これはいわゆる一つの……」

「響うるさいっ、うさやもっ! 吉野くん。えーと、じゃ受け取りますね」

「あ、ありがと、それじゃ……待ってる」

 あーあ、走っていなくなっちゃった。


「なーになーに? ラブレター? ラブレター?」

 クラスのみんなは吉野くんが樽木さんラブラブなことをよく知っている。

 そう。クラスのみんなは……樽木さんを含めて全員が知っている。


「待って待って、みんなで見たら吉野くんに悪いでしょっ!」

 たぬきが皆を手で制し、可愛らしく折り畳まれた手紙を開いた。

「ラブレターっしょ? 吉野っちがたぬきに出すとか、他は考えられないし!」

「えーと……果たし状?」

「はい?」

「いや、ちょっと見せてっ! うーん、敬語だし、ここで告白だよね。ついに思い切った? 吉野くん」


 吉野くんはかっこいい。

 だから吉野くんに懸想しているクラスメイトはとても多い。

 しかし吉野くんの気持ちがたぬきから一切動いていないことも、よく知られていた。

 少女たちはギリギリギリと歯軋りするしかできないが、この呼び出しに応じないという選択肢はなかった。

「まぁ、放課後行ってみるわ。って、着いてこないでよ?」

「いや、流石にそれはしないよう。せいぜいプールの反対側から監視するぐらいだよ」

「それもすんなっ!」


        ♦︎


 午後四時。グラウンドでは、一、二年生が部活をやっている声が聞こえてくる。

 吉野くんは、帰りのホームルームにも出ずに、プール下のフェンスに寄りかかって樽木さんを待っていた。

 九月の太陽がコンクリートを照らしあげ、景色は陽炎で歪んでいる。

 しかしこの通路は風の通り道になっているのか、少し過ごしやすい。

 パタパタパタ。上履きの足音が聞こえてきた。

 樽木さんかな。樽木さんだな、この歩き方は。


 建物の角から出てきたのは、やはり樽木さんだった。

 半袖ブラウスにリボンタイ。スカート丈はみんなより少し長めの、膝上5cm。清楚だ。

 ソックスは白のワンポイント。いつも通りに可憐な樽木さんがきてくれた。


「た、樽木さん、来てくれてありがとう」

「まぁねぇ、来なかったらみんなに吊し上げられるし」

「あ、あの……最近どうかな?」

「いや、魔法使いになったって噂、聞いてるかな?」

「うん」

「おかげで進路変わっちゃって大変なの。吉野くんは啓明行くんでしょ? 近いとこだったのにね、ごめんね」

「あ、け、啓明の推薦、受けないことにしたんだ」

「え? そうなの? あんなに喜んでたのに?」

「サッカーを科学的に見つめたくて……中央のスポーツ科学を志望することにしたんだ」

「あ、そうなのっ⁉︎ わたしも中央だよ。魔法使いだから。これで、小学校中学校高校と、ずっと一緒だね」

 にっこりと微笑みかける樽木さん。一言で言って女神だ。

「う、うん、それで……」

「小学校の頃は吉野くんのこと、名前で呼んでたんだよね。そういえば」

「……そっ、それはっ!」

 そう、小学校の頃は、クラス全員が吉野くんのことを名前呼びしていたのだ。


「いつの間にかみんな言わなくなっちゃったね。ベガくん!」

「そ、それは……や、やめて、やめてぇ」

「かっこいいじゃない。ベガくんって」

「女神に言われるととても……とても……うぁぁぁぁああああぁぁぁぁ……」


 かっこいい、猛烈にかっこいい吉野くんが、泣きながら走って行った……

「いや、女神とか言われても……こ、困るかなって……」

 こっちはこっちで、ちょっと嬉しそうだ。

 しかし、吉野くんが心配である。


 小学生の頃、吉野くんは自分の名前が大好きだった。

『吉野ベガ』

 かっこいい! よし、俺はこの名に恥じないかっこいい男になるぜっ!

 そして、超かっこいい男になった。


『吉野ベガ』アルファベットにすると『Vega』益々かっこいい。

 小学生の頃はそう思っていた。

『吉野ベガ』漢字で書くと『吉野彦星』


 六年生の時、愛する樽木さんがこう言った。

『ベガって、織姫星のことなんだって。彦星はアルタイルって言うんだって!』

 この日から、吉野くんは一切、名前呼びを許容しなくなった。

 そして、名付け親のじいちゃんを恨むようになった。


 ちなみに、女神とか言われた樽木さん、かなり嬉しかったらしい。

 あまりの嬉しさに、吉野くんを主役に据えた漫画を一本、描き上げた。

 ただ、樽木さんは腐ってる人だった。


 翌週から、『Vega』X『焼き海苔』の薄い本が出回るようになり、吉野くんのSAN値がゴリゴリと削られる結果となりました。


             END



 ―――――――――――――――――――――


 お読みいただきましてありがとうございます。

 こちらの作品は拙作

『魔砲少女HiBiKi -空飛ぶ妹は、なんでも魔法で解決する-』

 https://kakuyomu.jp/works/16818093084608514010

 からのスピンオフ作品となります。


 もしお時間がございましたら、ぜひこちらもお読みいただけますと、吉野くんの秘密がもっとわかるかも?


 また、代表作

『兄の目的、妹と手段 -空飛ぶ兄は、妹に物理で殴られる-』

 https://kakuyomu.jp/works/16818093076725391429

 もお読みいただけますと、魔法使いの秘密に迫れるかと思います。

 ぜひ、よろしくお願いいたします。

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