第6話 ただ一緒に喜んでほしくて

「結局あたしが撮る羽目になるとはな」

「そもそもハルちゃん先輩が撮る予定だったじゃないですか」


 そう、結局わたしが撮ったのは一枚だけだけど、その一枚はわたしにとって大切な一枚だ。

 ハルちゃん先輩も凄く褒めてくれた。


「練習の機会を与えてやったんだぞ」

「んぐ……」

「まぁ、でかい一歩を踏んだみたいだけどな」


 ハルちゃん先輩が一枚の写真を眺めるその目は、真剣で真っ直ぐだった。


「もしかして、それって」

「プリントしといたよ」


 手渡されたその写真は、やっぱりわたしが撮った写真で、自分で言うのもなんだけどやっぱり綺麗に撮れていると思う。


「んふふ」

「のの、記念に持っときな」

「いいんですか?」

「お前が撮ったんだからお前の物だ」


 わたしはその写真をどこにしまおうか迷った。

 ポケットなんて絶対ダメ。額縁なんてない。このまま手に持ってるのも変だし。


「大丈夫、生徒手帳に入るサイズにしといた」

「ハルちゃん先輩。出来る女ですね!」


 ハルちゃん先輩は、まんざらでもなさそうな顔をするが、写真を生徒手帳に入れようとするわたしに対して、疑問というより誰もが思うであろうことを口にした。


「でも、なんかそれキモくない?」

「……ハルちゃん先輩がそのサイズにしたんですが?」

「そうだけどさ、よくよく考えたら集合写真ならともかく、一人の写真ってどうなの?」

「バレなきゃいいんですよ。だからハルちゃん先輩、分かってますよね?」


 わたしは圧を掛けるように迫ると、「分かった分かった」と引きつった顔を見せる。


「アイツのことそんな好きなのか?」

「すっ、好きとかじゃないですよ!」

「ムキになるとそれっぽいぞ」

「む~……」

「やっぱりそうじゃん」


 黙ってもダメ、否定してもダメ、どうすればいいっていうの。

 本当に別にそういう感情は持っていない。ただちょっと、気になるってだけ。



「何はともあれ撮れたんだ。どんどん撮っていけよ」

「その前にカメラを買わないとですね。やっぱり、高いですよね?」

「撮るだけなら数千円くらいだな」

「でもそれって、性能が悪かったりするんですよね?」

「初心者が高いの買っても意味ないって」

「えーでも……」

「見た目から入ろうとする奴だな?最初は撮れればなんだっていいんだよ」

「じゃあスマホでも?」

「それはカッコ悪い。いや、安いカメラよりかはいいけどさ。カメラ持って撮るのがいいんだよ。かっこいいだろ?」


 ハルちゃん先輩はカメラを構えてキメ顔をするが、それってハルちゃん先輩も見た目から入っているのでは?と思ったが、わたしはそれを口にすることはなかった。


「まぁ安いのが嫌だって言うなら、一万くらいのを買えばいいと思うよ」

「一万円……考えてみます」



 そうしてわたしの初めての部活動は、何十枚も撮った内、ちゃんと撮れたのは一枚だけだった。

 たった一枚かもしれないその写真は、わたしにとっては大切な一枚。

 これを超える写真はそうそう撮れないかもしれない。そんなことを思うくらいのベストショットだと自負してしまう。



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 家に帰るとわたしは生徒手帳を眺める。そこには仁見ひとみ先輩の笑顔。

 わたしの顔も釣られてにやけてしまう。


 可愛い。それは分かりきっていることだ。

 でも、写真を眺めるわたしが一番に感じているのは、嬉しいという感情だ。

 自分が撮ったからこそ思う。

 上手く撮れている。アングルもいい。明るさもいい。タイミングもいい。

 偶然の一枚かもしれないけれど、一つ一つ何かを探して無理に自分を褒めてしまう。


 だから勘違いをしてもおかしくはない。


「わたしってカメラの天才か?」


 それまでのブレブレの写真なんか全部忘れて、この一枚だけで才能を感じてしまう。


 だから我慢が出来なくなってしまう。

 自慢したい、誰かに見せて同じ気持ちを共有したいと。




「……おかーさーん!!おねえーちゃーん!!」


 わたしは階段をドタドタと駆け降りて、家族がいるリビングへ向かった。

 きっと驚くだろうと思い、わたしの興奮はどんどん駆け上がって行く。



「静かにして、今犯人が分かりそうだから」

露乃つゆのついでにージュース取ってぇ」


 二人は何も気づかないのか?わたしがここまでテンションが上がっているのに、ただ降りてきただけだと?


「そんなの後でいいから!これ見て!」


 私はそう言って写真をテーブルに置くと、二人の視線はテレビから写真へ落ちた。


「ふーん、結構いい写真じゃん」

「…………美人さんね。これがどうしたの?」


 写真を手に取ると、二人の視線は釣られるように上へ上がる。

 そのまま顔の近くにまで持っていき、自分で自分を指差す。


「わたしが撮った」


「……」

「あー……スマホ?」

「ちっちっちっ。ちゃんとしたカメラだよ、借り物だけど。でも重くて硬くて、女子が持つにはちょっと可愛くないかな?って思ったけど、それがかっこよくてね?でも難しくて!ただボタンを押すだけでいいのに全然上手く撮れなかったの!でもこの写真は……わたしが撮りました!すごいでしょ?上手くない!?」


 わたしはただただ喋りたいことをそのまま口に出した。

 二人の顔色なんて見ず、興奮したままの勢いで口を動かす。


「だからさ、お母さん。カメラ買って欲しいなって」

「……で、でもさ、カメラって高いじゃん?スマホじゃダメなの?」


 お母さんは黙ったまま、横からお姉ちゃんが口を挟んでくる。


「そうだけど……一万円くらいのカメラがいいなって」

「でも、すぐ飽きるでしょ?ならスマホでいいじゃん」

「飽きない。ずっと続ける!約束する!てかお姉ちゃんには関係ないじゃん!」

「かっ、関係あるし!露乃だけ何か買ってもらうのずるいじゃん!?」

月乃つきの、いいわよ」

「お母さん……」


 ここでやっとわたしは、二人の異変に気付いた。

 お母さんがわたしを見るその目は凄く真剣で、小さい頃に危ないことをして怒られた時と同じ目をしていた。


「露乃、ずっと続けるってカメラマンにでもなるつもりなの?」

「……それは、分かんない。でも可能性としてゼロじゃないかも……分かんないけど」

「ゼロじゃないなら、お母さんは反対です」

「なんで!?別にいいじゃん!ただの可能性だよ?お姉ちゃんの言う通りすぐ飽きるかもしれないけど……」


 数十、数百ある未来のレールの一本にすぎない。

 なら、それ一本くらい封鎖してもいいと思うかもしれない。でもその一本のレールは、今のわたしのとって凄く大事なレール。


「そもそもなんでカメラを欲しがるの?」

「……先輩に誘われて、写真部に入ったから」

「別の部活にしなさい」


 お母さんはそう言うと、視線はテレビへと移っていった。

 この話はおしまい。そう言われた気がした。


「……なに、それ」

「……」

「なにそれ!意味分かんない!ただカメラで写真撮りたいだけなのに!それの何がダメなの!?」

「露乃……」

「カメラになんか恨みがあるの!?カメラだよ!?ないよね!?」

「露乃!!」


 わたしが怒ってもお母さんは見向きせず、テレビを見ているだけ。

 お姉ちゃんは何故かお母さんの味方。


「辞めないから、写真部」


 そんな言葉を吐き捨ててわたしは、部屋に戻っていく。

 何も悪くないのに、わたしが悪者で。



「意味わかんない……」



 お母さんが何であんなことを言うのか考えるけれど、どれもこれも理解できないし、納得いかない。


 これも分かんない。

 これも、これも。

 分からない数だけ枕を叩く。


 ぽふっ。ぽふっ。


「露乃ー、見事に荒れてるねぇ」

「ノックしてよ」


 ぽふっ。


「まぁまぁ、こっち見てよ」

「今、お姉ちゃんのこと嫌いだから。お母さんの味方でしょ」

「んー味方というより、理解者?かな」


 ぽふっ。


「お母さんにはお母さんなりの理由があるんだよ」

「カメラを持たせない理由ってなに?そんな悪いこと?」


 ぽふっ。


「逆にスマホじゃダメな理由って何?」

「……かっこいい」

「それ、先輩がカメラ持ってて自分がスマホってのが嫌なんでしょ?周りの目を気にしてさ。あの子は持ってる!持ってないのはわたしだけ!違う?」


 枕を叩くわたしの手は宙で止まった。

 図星だから。


「出てってよ」

「写真。落としてたよ」


 そう言ってお姉ちゃんは枕元に写真を置いて、部屋から出て行った。


 置かれた写真は、くしゃくしゃで、シワを伸ばそうとしても直らない。

 大事だったのに、大切にしようと思っていたのに、わたしはあの時に怒りで我を忘れ、握りしめてしまっていた。



 嗚咽を必死に抑えても、溢れ出る涙は抑えられない。




 カメラに対するこの気持ちは……抑えられない。






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わたしのレンズにはもう、あなたしか映らない 枯花―かか @inmetu

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