第5話 初めてのカメラ、初めての写真。③
「わたしがですか!?話が違います!」
わたしはハルちゃん先輩に抗議する。
【あたしの背中を見ろ】なんてかっこいい啖呵を切っといて、急にカメラを渡しては「のの、お前が撮れ」なんて言ってきた。文句を言うのは当たり前だ。
部活の練習風景を思い出として撮ってほしい、との
そんな大事な写真を、わたしのブレブレの写真なんかじゃ思い出にならない。
「まぁ落ち着いてよ
恐らく仁見先輩は、普通に撮って、普通の写真が出来ればいい、そう思ってるはず。
逆の立場ならわたしだってそう思う。プロみたいなアングルがいい、プロみたいなベストショットがほしい、そんな我儘は言わない。
練習風景を普通に撮ってくれる、それだけでありがたいから。
でも仁見先輩は知らないから言える。カメラは思ったより難しいんだよ。
それに、わたしが撮った写真を見たら絶対に……やだ、想像するだけで死にたくなる。
「仁見先輩、思い出の写真は大事ですよね?」
「まぁ、思い出だからね?」
「ハルちゃん先輩!ほら!」
「んー、教えた通りに撮れば、大丈夫だよ」
何をしおらしくなってるんだ、この人は?
恋する乙女みたいに前髪なんていじって。そんな短い前髪いじりようがないでしょう?
今、見た目なんか気にし、て……。
「もしかして、可愛いって言ったこと、喜んでます?」
「はっ!?ばばっバカか!?後輩に可愛いって言われて誰が喜ぶかっての!!」
ハルちゃん先輩は後ろ髪を持ってきて、顔を隠した。
いや、可愛いけど。今は照れてる場合じゃないでしょ!
「ハルは意外と照れ屋なんだよね。こうなったらしばらく女の子になっちゃうから」
仁見先輩はハルちゃん先輩の頭をわしゃわしゃと撫でる。
ハルちゃん先輩は黙ったまま、頭をぐわんぐわんと揺さぶられていた。
うらやま、じゃない。大雑把な性格と思いきや、意外にも女の子をしていたなんて、意外だ。
「大丈夫、撮ってくれるんだから文句は言わないよ」
仁見先輩が優しく微笑むと、なんだかやれそうな気持になってきた。
わたしは小さく頷き、仁見先輩と体育館へと足を進めた。
ハルちゃん先輩はもちろん置いて行く。
体育館の中に入ると鮮明に音が聞こえ、足裏に振動を感じる。
「じゃあ好きに撮っていいから」
「はっはい!」
カメラが重く感じる。冷たくて、わたしの手を震わせる。
「露乃、力入りすぎだよ」
仁見先輩はわたしの手を取り、凍ったわたしの手を溶かすように包み込んでくれる。
温かくて、手に血が巡るのを感じる。
「上手く撮れたら、頭撫でてあげる」
「えっ」
手が離れると、仁見先輩は去り際に言う。
「羨ましそうに見てたでしょ!じゃあ頑張ってねっ露乃!」
そんなのって。
そんなのってずるい。頑張るしかないじゃん!期待に応えないとじゃん!
わたしはすぐにカメラを構えた。
やる気が出た理由は不純かもしれない。でも、いいでしょ。人は何かご褒美が出ればやる気が出る。それでモチベーションが上がって、上手くいけばそれでいいじゃないか。
わたしはまず最初にコート全体を捉えた。
一人が脚立に立っていて、力強くスパイク打ち出す。それをレシーブで受けるとその人はすぐにコートから出て、待機してた人がすぐに前に出る。
代わる代わる人が変わり、わたしはどこに合わせたらいいのか分からなくなってしまう。
「はい!宮城ちょっと遅れてるよ!」
「すいません!」
「はい!山川いいよっその調子!」
「ぁざーす!」
「なんで今の取れないの!!ちゃんと目開けて!!勝ちたくないの!?」
突然、怒鳴り声が体育館に響いた。その声の主は脚立からスパイクを打っていた人だった。
あの人は真剣に部活に取り込んでいるのがよく分かる。他の人も決して遊んでるわけじゃない。けれど、真剣の度合いが違うのか、わたしの目には今にも潰れてしまいそうな部員の顔がよく見える。
この
強い部活はあるにはあると思うけど、バレー部が強いなんて話を聞かなければ、インターハイどころかベスト八にも届いてないと思う。
わたしは少しだけ中学の時を思い出してしまう。
締め付けられる心臓が痛い。
「次、仁見!――さすがだねっ完璧だよ!……仁見?」
「……今のは自分でも上手く出来たなって思う。でも試合じゃこうはいかない、だから私がミスしたらみんなフォローお願いね?」
仁見先輩の言葉で、緊張で張り詰めていた空気が、柔らかくなっていくのを感じる。
「私らのミスは全部仁見が拾ってくれるから、みんな怖がらず前に出るんだよ!」
「ええー!それは無理だよぉ!」
二人のやり取りで完全に空気は解された。
一人の笑い声が隣の人へと伝染していく。そして最後は全員で笑い合っていた。
レンズ越しに見る仁見先輩の笑顔は綺麗で、その汗は光を反射してキラキラと輝いていた。
残したい。今の仁見先輩はこの場にいる誰よりも輝いている。
いつか色褪せてしまう記憶よりも、永遠に残る記録を残したい。
まだ……もう少し……。
もっと、一番綺麗な瞬間を……。
わたしは指に神経を注ぎ、ぴくぴくと小刻みに震えるのをどうにか抑えていた。
だから。
お願い……こっちを見て。
わたしの声が届いたのか、仁見先輩が振り向くと心臓がドクンと跳ね、わたしの震える指がシャッターを切ってしまった。
「あっ、あぁぁ~……」
肝心のところでわたしはミスを犯す。
最初にガクリと肩が落ち、その場でわたしはへたり込んでしまう。
「ののー、進捗はどうだ?」
ハルちゃん先輩がのこのこと何も無かったかのように戻ってくる。
「ダメでした……さっきもタイミング間違えちゃって」
「いくらなんでも不器用すぎるだろ……」
ハルちゃん先輩は、へたり込むわたしからカメラを取り上げると、小さく笑った。
「ふふっ。やるじゃん、のの」
カメラの小さなモニターを見せられると、そこにはわたしの撮りたかった仁見先輩の笑顔があった。
「え、これ、ハルちゃん先輩が!?」
「あほ、お前が撮ったんだろうが」
「わたし、が……?」
もう一度モニターを確認するとそこには、さっきまで見ていた仁見先輩の笑顔が残っていた。
「と、撮れたああぁぁぁ!!わあぁーい!!」
体育館には似合わない大声が響く。
まるで小さい子供がゲームか何かでおもちゃを手に入れたように、純粋な嬉しさが溢れてしまった。
人目を気にせずにわたしは、ただただ喜んでしまう。
「やったああぁー!!」
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