第2話 天乱の干ばつ 中編

前回の概要

引退した安倍晴明に干ばつを鎮めるための雨乞いの祈祷を頼むべく、左大臣道長は安倍晴明の屋敷をおとずれていた。


「思いに耽っておられるのはかまいませぬが、話を戻さなくてよろしいのですかな?」

と晴明に言われ道長ははっと現実に座り直す、

「そうだな、それで晴明雨乞いの儀式をやってはくれぬか?」

「いやでございます、私はこのままであればあと10年ほどは生きますがが、雨乞いをやれば残りの力を使い果たし来年には死にます」

という晴明の返答に疑問が浮かぶ道長、

「何が違う?雨乞いをしなくとも干ばつで死ぬであろう?」

「死にませぬ、私や従者だけであれば食べるものも干ばつの影響も何もありませぬ」

「さすがというべきか、つまり雨乞いはそれだけ消耗するのか?」

「昔であれば、さほどではありませぬが今であれば無理でございます、私が使う雨乞いは龍神を動かして雨を降らせるもので、かの弘法大師が神泉苑で行った秘儀に近いものです」


(神泉苑、二条城近くにある弘法大師が雨乞いをするために開いた霊場で今は一願成就(1つの願いついて強力に動いてくれる)パワースポットとして有名現在も実在)


「ならば神泉苑でやればお主の負担も軽くなるのではないか?」

と道長はいうと、声明は扇をさっと開き再び閉じて扇を口元に寄せる

「本来ならなりましょうな、神泉苑の善女龍王とは交流がありますし貴女も助けてくれましょうが、私は神泉苑の近くに住む矢田大明神とは折り合いが悪く、あそこでやれば別の面倒ごとが起きます」

「面倒ごと?」

「はい、おそらく矢田大明神は私が近づけば現れて雨乞いの邪魔をしに出てきましょう、昔であれば出てこなかったかと思いますが今であれば出てきましょう」

「なぜ邪魔される?」

「私は、陰陽師の中でもかなり異質な存在で一度死んでおります」

(道摩法師に殺されて、泰山府君祭で蘇った説があるのに因む)


「昔そういえばもうしておったな、それがどう繋がる?」

「私は昔から狐の子と呼ばれるなどされてきていますがある意味事実の側面があるからでございます」

「どこが事実なのだ?誠に狐の子なのか?」

「そうではありませぬ、信太大明神が怪我していたのを助けたことがありその縁で、信太大明神の加護もいただいておるからです」

という返答に道長は、晴明に扇を向けて

「つまり信太の狐の加護を持ってる其方が、いるのが矢田大明神は気に食わないと?」

「そうです、自分の領域を他の稲荷大明神の加護しかも特別なものを持ってるとなれば、いい気はしませぬ」

「そしてもう一つは、泰山府君祭で蘇ったこの体は、霊界に近いものに干渉を受けやすいこともあるので、眷属神の中でも最も仁義にうるさい稲荷大明神との折衝はこの老いた私は避けねばならぬからです」

と晴明はため息をつく

「つまり、邪魔されるリスクを考えれば消耗する方でやるしかないと?」

「はい、だからいやでございます」ときっぱり晴明は拒否する。

すると道長は座を立ち、晴明の側に近づき座って

「そこを曲げて頼むお前しかもう民を救えるものは居らぬのだ」


「いやなものは嫌でございます、土下座だけされたところで気持ちは変わりませぬ、なぜ私だけが持ち出しをせねばならぬのですか?、左大臣様も何か差し出すべきではありませんか?」

と晴明は試すようなことを道長に問いかける。


道長は、何を差し出す?地位か?名誉か?財か?命か?何を差し出すべきなのだ?と自問していると無意識に言葉が出てそのまま返答していた「寿命を差し出そう、5年あれば足りるか?」と晴明に返すと、

興味を失っていたような表情だった晴明は顔を道長に向けニヤリと笑みを浮かべると、

「寿命ですか、本当に奪いまするぞ?よろしいのですか?しかし5年ですと雨は降りましょうが、左大臣様のお望みのまま叶うかは分かりませぬ」


「ならば10年でどうか?さすればよかろう?」

「10年ですか、時の最高権力者である左大臣様の寿命10年であれば、願いは思うがままでしょう、分かりましたお受けいたしましょう」というと

晴明は、懐から紙を取り出し

印を片手で結び「式神よ現れ我を助けよ」

と唱え、2枚の紙を投げると紙が二人の神職姿の式神になった。

式神「晴明様何用でございますか?」

「五龍祭の準備をせよ雨乞いの祈祷を行う、左大臣様が臨席されるゆえ左大臣様の準備も済ませ祭事場にお連れせよ」

というと晴明は、今までのが嘘だったかのように軽快に座を立ち、

「準備をしてまいりますので、式神の言うとおりに準備をなさっておくでお待ちください」とだけ言い残し、晴明は一人の式神と共に奥に下がっていった。

残された道長は、残った式神に「わしはどうすれば」と問うと式神は、

「儀式の前に、お酒と梅がゆを召し上がっていただきその後、お祓いを行い晴明様の五龍祭に参列いただきます」

「参列した方がいいのか?」

「当然です、左大臣様は参列者ではありますが、同時にお供物なのです」

「お供物?」

「左大臣様は晴明様にお命を10年差し出されましたが、それは晴明様が祈祷をする上での龍神へのある種のお供物になります」

と式神は無機質な声でいう、

それを聞くと心のうちで、道長は不安と汗が募っていくが今更遅いと

思い腹を括って「そうか」と返答すると、

意味ありげに背後をみてフッと無機質な笑みを式神は浮かべ準備を始めた。


そして、夕刻陽が沈んだ頃に

神主服を纏った晴明が祭場に神剣を持った式神と共に姿を現した

「それでは、始めまする」

「儀式は、お祓い・祝詞奏上・神剣での祝詞奏上で、雨が降るまで休み無しに行いまする」

「わかった」

「ではまず御神前に向かい二礼二拍手一拝、私にお続いてなさってください」

と晴明は、二礼二拍手一拝が行うと道長もそれに続く

そして

「かけまくも賢き伊弉諾大神つくしのひむかのたちばなのおどろのおぎはらに禊祓えたまえしときにあれませぬ祓戸の大神たち諸々の禍事罪穢れを祓えたまえ清めたまえと申すことをきこしめせと」と神社でも聞いたような祝詞を晴明は唱えると、お供えしていた榊を持ち祭祀場を清めていくと道長の前にもきて、

「左大臣様お祓いいたしますので、お頭をお下げください」と道長にいうと道長は下げる、

すると道長の上で、榊がふる音がすると道長の体が不思議と電流が走ったかのように軽くなっていく『まるで永遠に続けばいいかのような心地よさだ』と心の中で思いつつも、榊のふる音が止み、道長は頭を上げると、晴明は神前に榊を戻し式神から神剣を受け取ると

晴明は印を結び式神を解き紙に戻す。

「ここからは神剣の儀を行います、意識がなくなったり眠くなったりと何かされば身を任せていただいて結構です、雨が降るまでは私に何があっても手出しは無用です」

と神剣を持ちながら道長を見る晴明

「しかし帝の祈祷も役に立ちますな、老体には心地よい気候です」

と嘲笑いつつ神剣を抜く

そして、おもむろに神剣を掲げて祝詞をあげていく「龍神よ、厚く広く天に轟く、アマカケリクニカケリ、日の本に轟き恵みをもたらす、雷公の名をもつ青龍よ、天満宮の黒龍よ、有馬の水龍よ、住吉の白龍よ、諏訪の緑龍よ、京都の大井戸の水龍よ、雨乞いの女神の龍王よ」と晴明は祝詞を唱えながら神剣でゆったりとした演舞を行なっていくすると、祭祀場にあった篝火台が1人でに火がつき祭祀場が明るくなっていく。

ちょうどその頃都から離れた河内国のとある山の麓の家では、修験者が1人の青年のために、祈りを捧げていた。


後書き

2話目になります、思ったより長くなってしまい

想定よりは長めの短編になりそうですが、お楽しみいただけるように頑張ります、

3話目は、都での儀式と並行しつつも視点が変わりいよいよ主人公となる青年が登場します。




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生き返った陰陽師新たなる君の元へ(短編) 熊暁 翔帥 @kyureisi1214

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