救済師の儀
壮一が中学でも学校に顔を出さないでいる間に、瞳は中学を卒業した。真新しい高校の制服に身を包んだ瞳だったが、天使の翼会の方針で中学校を卒業した年齢の者は「救済師の儀」を行うことになっていた。「救済師の儀」は天使の翼会の創始者である
「宗源先生に二人きりでお会いになるんだって」
儀式の前日、瞳は緊張しているようだった。
「いつも前で喋ってるところしか見たことないけどな」
「頑張ってきてね」
瑛人と壮一は、直に自分たちも儀式を受けると思うと瞳の緊張が伝わってくるようだった。
「でも、儀式って何をするの?」
「わかんない。儀式を受けた子に聞いても教えてくれないんだ。その日が来ればわかるって」
「なんでだろうね」
そして、瞳は儀式の内容を壮一と瑛人に教える約束をした。それが二人と瞳が親しく話をした最後の機会となった。
***
儀式の翌日から、瞳は瑛人と壮一を徹底的に避けるようになった。壮一と瑛人は何故瞳が話しかけてこないのか最初は理解できなかったが、瑛人はそのうち何かを察するようになった。
「壮一、これお前が描いた絵だよな?」
瑛人に本棚の裏から瞳に褒められた絵を持ってこられて、壮一は面食らった。
「や、やめてよ今更恥ずかしい!」
「いや、これ瞳さんがとっても褒めてたじゃないか。これを元にVtuberを作って、俺たちが動かしたら瞳さん、元気になるんじゃないか?」
瑛人の提案に、壮一は驚いた。自分の描いた絵をキャラクターにして動かすなどと全く想像もしていないことだった。
「でも、そんなの俺たちにできるかな?」
「今はVtuberになれる無料のアプリがあるし、そんなに難しいことじゃないと思う」
瑛人の持っているスマホには、既にVtuber用の配信アプリがインストールされていた。
「じゃあ、やってみようか……?」
「よし、じゃあアカウントを作って、アバターを作るぞ」
こうして、瑛人と壮一は二人で少しずつVtuberを作成した。運営するのは瑛人と壮一なのでキャラクターの性別は男にして、壮一の描いたキャラクターを元にひとりの男性Vtuberが誕生した。
「こいつ、名前どうする?」
「名前はね……瞳さんのために作ったから名字は島村。それで、名前は……」
壮一はキャラクターに、自分の思いを重ねることにした。
「勉強がよく出来て、何でも知ってるからこいつはマナブ!」
「島村マナブ、か。ちょっと地味じゃないか?」
「そんなことないよ、二人で作った立派なVtuberだよ!」
二人は早速、島村マナブのアバターを使って、アプリで配信を行ってみた。思った以上に視聴者が現れず、瞳に配信URLを送りつけて「瞳さん! 見てますか!?」と何度も二人は呼びかけた。瞳は二人の呼びかけに応じなかった。
あまりにも誰にも見られなかったので、二人は「Vtuber難しい!」とゲラゲラ笑った。その後数度配信を試みてみたが、やはり反応はなかった。そのうち二人は飽きて、島村マナブのアカウントについて話をすることもなくなった。
***
それから時が経ち、壮一は中学三年生になった。そして中学を卒業した瑛人が「救済師の儀」を受ける時がやってきた。「儀式の内容、教えてやるからな」と瑛人も壮一に告げたが、結局儀式について壮一が詳しく知る機会はなかった。やはり瑛人も儀式の後は壮一と徹底的に距離を取るようになり、壮一はますます天使の家で寂しく過ごすようになった。
寂しそうな壮一に、亜紀は優しく語りかける。
「瑛人くんも大人になったのよ。救済師の儀は大切なことなのよ」
「ねえお母さん、救済師の儀って何をするの?」
「その日になればわかるのよ。お母さんも何度も立ち会ったわ」
亜紀は晴れやかな表情をしていた。以前の壮一であれば儀式に希望を抱いていただろうが、瞳に続いて瑛人まで約束を果たせていないことに壮一は儀式に対して疑問を抱いていた。
「立ち会いって、何をするの?」
「宗源先生から祝福を受けるための儀式だから、人数が必要なの。さあ、夜の奉仕活動に行かないと」
それ以上、亜紀は儀式について語らなかった。壮一はますます自分の立ち位置がわからなくなった。
***
風の噂で、瞳も瑛人も高校を辞めて天使の翼会のどこか別の施設で職員として働いているという話を壮一は聞いた。亜紀が言うには、壮一は「救済師の儀」を受ければすぐにでも翼の伝道師になれるとのことらしい。続けて「勉強なんかしても害悪ですから、このまま奉仕活動を続けましょう」と言うのがお決まりのパターンだった。
「このふざけた志望先はなんだ?」
「ふざけてません。俺は中学を卒業したら翼の伝道師になるんです」
「何だそれは? ゲームの話か何かか?」
「お話しても理解されることがないと思うので失礼します」
しかし、担任は壮一をその日は帰さなかった。担任は迎えに来た亜紀を呼び止めて、翼の伝道師には触れずに通信制高校やその他不登校児の支援施設の案内を渡した。
「どうしてあなた方はそうやって壮一に悪いことを吹き込もうとするのですか!?」
これまで何度も壮一の学外での支援について説明されてきた亜紀は、その日もそれで突っぱねられると思った。今までの教師は亜紀に怖じ気づき、壮一を腫れ物のように扱った。しかし、その時の担任は壮一と亜紀の様子を見て尋常ならざるものを感じた。
「お母さん、我々は壮一君の未来のためを思っているんです。何か壮一君の進路について思い当たるものがあるのですか?」
「進路なんて学校ごときに決められてたまるものですか!? 大体あなたたちがろくでもない洗脳を施すから日本が悪くなっているんじゃないですか!?」
すぐに亜紀の対応は担任から校長と教頭へと変わった。その後担任は「翼の伝道師」について詳しい事情の説明を壮一に求めた。このとき、担任は壮一と亜紀双方に何らかの疾患があるのではないかと疑っていた。観念した壮一により天使の翼会の概要が語られたとき、担任は驚愕した。そして壮一が不登校を強要されていたこと、さらに亜紀によって浴槽に沈められたことなどを告白したことで騒ぎは大きくなった。
様々な機関を経て、壮一は夏休み明けから亜紀の離婚した元夫の野崎達也の元へ引き取られることとなった。壮一はせめて再出発したいと、達也の元で失われた時間を取り戻そうとした。転校先でも勉強についていけなかったためほぼ保健室登校だったが、クラスに在籍して学校行事に参加できるのはありがたかった。
学習塾にも通い、壮一は少しずつ変わろうと努力した。その矢先、見覚えのあるVtuberが教室中で流行りだした。
「ねえねえ、島村マナブって知ってる?」
壮一は驚いた。かつて瑛人と戯れで作ったVtuberに翼が生えて、与太話を次々と拡散していた。瞳や瑛人が天使の翼会を裏切った自分に報復しているのでは、と夜も眠れない日々を過ごした。
そして例の配信後、壮一は塾講師から渡された名刺を頼ろうという気になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます